地球に祈りを

2011年5月16日 (月)

被災地へ向かって祈ってきました

この間の5月10日、師匠の主導で、被災地への祈りを行った。

場所は三浦海岸。

うちからはかなり距離があるが、ちょっとした小旅行だと思って楽しみながら出掛けた。

何故三浦海岸なのかというと、日本の海岸の中でも三浦海岸は”陰”のスポットなのだそうだ。

つまり、陰陽の関係でいう、”陰”にあたり、”陰”は女性的なエネルギーとも言われ、要するに、受け皿のような役割を担うところなのだそうだ。

ということは、何でもかんでも、いろんなものを受け止めてしまう場所なので、被災地から来る重苦しいエネルギーをばっちり受け止めてしまっていて、なんとなく暗い印象になってしまっているというのである。

今回は、その受け皿になってしまっている三浦海岸に赴き、その重苦しいエネルギーを払拭し、三浦海岸から被災地へ向けて光を送るべく、祈りを敢行することになった。

海岸に着くと、師匠が、この海岸の中でも祈るのにふさわしい、なるべく明るいエネルギーが充満している場所を探して下さった。

みんながその場所に集まると、今度は被災地のある方向を探し始めた。

すると、師匠が言った。

「皆さん見て下さい。今空の雲が気流になって一つの方向に流れていってます。その方向が被災地を示してくれています」

確かに雲が細かい氣の流れのようになって一つの場所へ集まっている。こんな雲もまた初めて見たと思った。

「祈りをしようと集まってくれた私達の為に、神様が教えて下さったんですね。神は良い事をしようとする人々には必ず指し示して下さるのです」

と師匠は続けた。

神様はちゃんと私達を見届けて下さっているんだな、と思って心が洗われるようだった。

その後、神事をしてから、一般の方でも簡単に祈れるように、分かり易い現代の日本語で祈りを始めた。

「被災者の方が、1日でも早く平穏な生活に戻れますように」を100回。

「被災地が、1日でも早く復興しますように」を100回。

「原発に替わる新しいエネルギーが現れますように」を100回。

これをみんなで一斉に唱えた。

唱え始めて少し経つと、雨がぱらぱらと降り出した。

少し降った後、ほどなくして止んだ。

気候は曇り空で、暑すぎず寒すぎず、雨もそれ以上降ることはなく、とてもいい環境で唱えられた。

後から師匠が言うには、あらかじめ祈り易い環境になるように神にお願いしておいて下さったとのこと。

また、祈り始めに雨が降ったのは、周辺の浜辺や海岸にいる人間を外に出す為だったという。

確かに雨が降った後は、見事に私達以外は殆どの人が去って行ったらしく、辺りはしーんとしていた。

中には邪気のある人もいるので、祈りの邪魔になってしまうのだという。

それを払拭するために、神が雨を降らせてくれたのだという。


一通りのお祈りが終わった後、みんなで手を繋いで大きな輪になり、一人一人が思い思いに声を出して、心を一つにする”音靈行”を行った。

みんながいろんな声を響かせ合い、低い声から高い声、いろんな発声によって不思議と調和の取れたハーモニーのようになり、どんどんみんなの思いが一つになっていくのを感じた。

傍から見れば、何か怪しいことをやっている人達に見えるのかも知れなかったが、真剣な氣持ちで、且つ心を清めようとする氣持ちでやっている私達にとっては、そんなことはまるで関係のないことだった。

やり終えた後は、実に清々しい氣持ちになり、達成感でいっぱいになった。

本当に、時間をかけてここに来てよかった、と思った。

師匠が言った。

「皆さんの真剣な祈りが被災地にもきっと伝わったと思います。今日はありがとうございました」

その後、昼食を摂って解散。

実は、GWに寒い中外に長時間いた日があったのがいけなかったのか、喉がいがいがしていたのだが、なんとかこじらせることなく無事に祈り切ることができた。

その後一生懸命自己ヒーリングに努めたら、それ以上酷くならずに完治できた。

良い行いをした事による神様の計らいでもあるのかも知れない、と思った。

また、案の定、懸念していた翌日の5月11日は、大きな地震が起きることもなく、穏やかな1日だった。

本当に良かった。

祈りは本当に届く。

思いは絶対に現実化する。

その意識と意志のエネルギーの凄さを敏感に感じ取って欲しい。

また、既にもうそういう時代に入っている。

どんどん思いがストレートに現実化する時代に移行している。

だからこそ、ネガティブな発想、マイナスな思考を捨てよ。

絶対に生き抜けるし、絶対に幸せになるし、絶対に愛するべき人が見つかるのだと、自分自身を信じよ。

これからは、自分自身を信じた者だけが、自分自身を至福へと導くことができるのである。

”たとえ世界中の全ての人を敵に回しても、自分自身を信じろ”

とは、私の仲間の一人に言った師匠の御言葉だそうだ。

私もこの御言葉を聞いて、目頭が熱くなった。

師匠が自分に襲ってくる大変なエネルギーを一つ一つ振り払いながら、今こうして無事に生き抜いて、私達を導いて下さっているからこそ、私達があるのだという事に、また感謝の念が湧いた。

全て繋がっているんだよ。

人と人との愛。

それがまた周囲の人に伝わって、そして愛が大きくなって、それから愛で地球が満たされて、5次元の世界が構築されていく。

私はそれだけを今見つめて生きている。

これでいいんだと思える。

だから、私はこれからも真っ直ぐに生きていこう。

合掌。

| | トラックバック (0)

2011年5月 7日 (土)

自然界の動きについていく為に

うちの師匠は、大概会う度に「時間がない」という。

「時間がない」とは一体どういうことか。

これが、私が最初の方に話した、自然界の動きのことである。

最初の記事で書いた、師匠が見た予知夢の話。

あれは、本当に起こることである。

しかし、師匠やその他本物のライトワーカー達が今懸命にお祈りして下さっている。

その懸命なお祈りによって、その時期が少しずつ先送りになっているのだという。

だからといって、起こらないと言っているのではない。

起こらなければ、地球自身のアセンションが完遂されないからである。

地球自身は今まで何度も失敗してきたアセンションを、今回は必ず成功させなければならないのである。

というのは、今回がもう、ラストチャンスだからである。

もし今度、地球自身のアセンションが達成されなければ、もう私達地球人としての未来もなければ、地球自身も火星のようなほぼ砂漠化したような眠りの星になってしまうそうだ。

だから、今回はもう、本気中の本気で、地球自身はアセンションを達成させる予定なのである。

じゃあ、何故ライトワーカー達は懸命なお祈りをして、その時期を先送りにしようとしているのか。

それは、私達地球人のアセンション能力を、できうる限り高めておく必要があるからである。

地球のアセンションが達成される時には、当然私達地球人も一緒に地球についていく程のレベルに達していなければならない。

しかし、なかなか予定通りに地球人のレベルが上がっていないのが実状なのだそうだ。

いまだにテレビなど大マスコミの洗脳報道で心が歪んでいたり、恐怖心に満ちていたり、悩みを持ち続けて解決できないままでいたり、トラウマを抱え込んでいたり、私利私欲にばかり目が向いていたり、”人並み”であることや常識的であろうとすることに囚われていたりする人々が実に多い。

今までの作られた道徳や常識の枠を、自らどんどんとっぱらい、本当の自分に目覚めていかなければならないのである。

私達がここに生まれてきたたった一つの理由は、”地球を守ること”である。

そのたった一つの、実にシンプルでピュアな思いを、様々な人工的な、エゴイスト達が作り上げた洗脳情報で見えない状態にさせられてきてしまったのが、この私達なのである。

そこから脱出できて、本当の意味で心の自由を獲得しなければ、あなたのアセンションはあり得ない。

地球は無事にアセンションを遂げたけれども、あなたはアセンションに失敗し、再びアセンションを達成するまで、また違う惑星で、同じ3次元世界に彷徨い続けなければならないのである。

つまり、3次元世界という物質世界を、別の3次元世界を映しだした惑星で体験しながら、その惑星がフォトンベルトをくぐってアセンションを遂げるのを待ち、その間に達成されなかった自分の意識の問題を解決しなければならないのである。

3次元という物質世界では、今まで地球上でも起こってきたような、戦争や原発、飢餓、貧困、病気など、様々な問題が起こる。

その苦しい体験を、再びしたいのですか?

つまり、そういうことである。

少なくとも私はもうこの3次元世界は十分味わい尽くしたので、一刻も早く愛で満たされた5次元世界へ行きたいし、絶対に行くつもりでいる。

地球が無事にアセンションを達成し、本当の5次元世界が始まったら、その究極は、思ったことがすぐに現実化されるような素晴らしい世界だという。

だから、これから起こる自然界の活発な動きを、むしろ喜ばなければならないのである。

喜ぶことができずに、怖いとか、死んでしまうのではないかとか、不安な気持ちばかりになっていると、その思いは残念ながら現実化してしまう。

一方で、地球が頑張ってアセンションを達成させようとして下さっているのだから、私もこれから起こる事全てを受け止め受け入れて、魂の浄化に努め、地球の足手まといにならぬように波動を上げて自分自身を身軽にしておこうと強く思って、それを実行に移していけば、必ずその思いは現実化するだろう。


死を選択しているのは、私達自身なのである。

生きることを選択して、その維持の為に必要なことをやっていれば、それは絶対に現実化される。

だから、これから起こることに対して、全く恐れおののく必要はないのである。

そういう、生きることを選択する人々、その思いを実行に移す人々がもっともっと増えて、予定の人数に達した時に、地球のアセンションが完遂されることが、この世界を作った神の希望なのである。

地球上に残るべき必要な人数があれば、再び地球の新しい世界を守り続けるその人類によって、地球は新しい5次元の歴史を世に刻むことができるだろう。

だからこそ、だからこそ、何度でも言うが、一刻も早く自分の役割に気付き、目覚め、実行して欲しい。

自然界の動きについていく為の最もシンプルでスピーディな道が、霊氣である。

靈氣をすることにより、私達の氣の滞りがどこにあるのかに気付き、それを解決することによって、氣の流れが改善されていくのを体感し、自分自身が心身ともに向上していくのを身をもって痛感することができるからである。

それを繰り返していくことによって、自然と”直観力”が高まっていく。

本当に必要なのは、この”直観力”なのである。

”直観力”が研ぎ澄まされていればいるほど、自然界の大きな動きにも、慌てずにうろたえずに対応することができる。

”直観力”を研ぎ澄ますには、心を浄化すること。

心の中に余計な思いを作らないこと。

重い思いは必要ない。

ただ、”愛に生きる”と決心すること。

それだけである。

師匠が見た予知夢では、2016年11月21日に地球のアセンションが起こるとある。

しかし、少しずつではあるが、師匠達の懸命なお祈りによって、その時期が先送りになっている。

今フォトンベルトが完全に地球を覆い尽くすこの時期にやっておかなければならないことは、何度でもいうが、心の浄化である。

本物のライトワーカー達と地球そのものが、あなた達の波動が上昇していくのを首を長くして待ってくれている。

それに感謝し、この今生かされている貴重な時間を無駄にすることなく、御霊磨きに努めよ。

愛に生きよ。

合掌。

| | トラックバック (0)

2011年1月31日 (月)

江原啓之氏の「祈り」の定義

2009年の終わりに江原啓之氏が出した名著『スピリチュアリズムを語る』を最近読み終えた。

江原氏の初期の傑作本である『人はなぜ生まれいかに生きるのか―新装版・自分のための「霊学」のすすめ』に次ぐお奨めの本であり、今まで柔らかい口調でスピリチュアルな姿勢で生きることの意味を初心者に語りかけてきた雰囲気からは一転し、かなりマニアックな話まで突っ込んで本音を書かれており、江原氏がテレビなどの大マスコミの前では言えなかった様々なことが赤裸々に語られている印象を受けた。

とはいえ、彼はスピリチュアルという言葉を日本に根付かせ、見えない世界や霊的世界を実はとても明るい世界なのだと説いた最初の人であり、その知名度は計り知れず、彼がもっともっと真実を語ったとしたならば、その影響は甚大で下手すれば読者がパニックになりかねない。だからその辺のところまでは敢えて目を瞑り、今の彼の立場において精一杯真実に則した内容になっている、とも感じた。

有名になればなるほど、残念ながらしがらみも沢山出てきてしまう。

例えば、江原氏はこの本の中において、西洋医学の必要性についても触れている。

受けて助かる医療なら積極的に受けるべきだと。

要するにバランスということ。

私自身、誤解されたくないので書くが、必要と思われる手術などといった外科的治療や、緊急時における一時的な薬の投与については全く否定していない。

却って、治すことができると主張するヒーラーこそ注意するべきだ、ともはっきり書いている。

しかし本当の真実を語るならば、しっかり山などで肉体的にも霊的にも修行をきっちり終えた真のヒーラーならば、病気を治すことは可能である。

その最初の人が、山で21日間の断食修行をし、靈氣療法を最初に確立した臼井甕男である。更に臼井氏と全く同じ修行をされたのは現在我が師匠以外には知らないが、どちらにせよ数える程しかいないだろう。

でも世にはばかるヒーラーの殆どは、真のヒーラーではない。

伝授されてちょっと感じることができたと思っただけで、「私が病気を治します」と豪語し、ビジネスに利用するのだから。

江原氏はそのことが言いたいのだろう。

スピリチュアルに傾倒する人の大半は、西洋医学を嫌うあまり、そういった金儲け主義のエセヒーラーに依存して、結局病気も大して良くならずに右往左往してしまうことが多いので、それを牽制する目的で、”病気を治すと言っているヒーラーこそ危険”と警告するのである。また、今の社会が、医者以外の人間が病気を治すと発言することを許していないので、現在の法律の下に生きているのなら尚更である、とも言っている。

私は無名の修行中の人間なので、当然ビジネスする立場にないし、私利私欲でヒーラーとしてのステップを踏もうとしている訳では全くないので、ここのブログにおいては治せる治せると平気で書いてしまうのだが、万一江原氏くらいの立場になったとしたら私も同じように言うだろう(もちろん今の私でさえも、ブログや修行仲間同士の会話以外では声を大にしてヒーリングで病気を治すとは言わないし言えない)。でもどんなに逆立ちしてもこの先江原氏のような超有名な立場になることはありえないので、これからもここでは”ヒーリングで病気は治せる”という真実を根底にブログを書いていく所存である。もっと言えば、「ヒーリングで自己治癒能力を高めるのに貢献する、その結果病気が治っていく、治すのは”治すんだ!”という強い意志を持つ被施術者自身である」、ということが本当の本当の真実である。


あともう1つ、江原氏は地球温暖化についても触れているのだが、地球温暖化が起きた原因は、人間の心の誤りに端を発していると説いている。それ以上のことは書いていない。

私はネットをいろいろ見ていて、やはり温暖化はしていないという結論を得たのだが、さすがに江原氏がそんなことを言ったら一般の読者はパニックになるし、影響力がありすぎてマスコミから大バッシングされるのが目に見えているので、そこまで書かないのである。

だからといって、江原氏の言い方は全く間違っていない。人間の心の誤りの結果、温暖化現象が作られたのだから。そして見事に私達は、温暖化しているから省エネのエアコンに切り替えなくちゃ、太陽光発電にしなくちゃと洗脳され、ビジネスに利用されてしまったのだから。


と、長い長い前置きはこのくらいにして、この江原氏の本の中で、特にここに引用しておきたい箇所があるのでそれを載せておきたい。

それは江原氏が語る「祈り」・「念力」の定義である。

江原氏の考えを読んで、なるほどそういう捉え方をするとより祈りの重要性が高まるなあ、と唸ってしまった。

という訳で以下転載。

----------------------------------------------

 祈りと念力は違うものですか?


 人生において、一番大事なのは「祈り」と「念力」です。
 みなさんは、毎日祈っていますか? ただ、ここでいう祈りとは、特定の宗教や偶像に向けて祈るという意味ではありません。スピリチュアリズムでは、ひとりひとりの中に「神」が内在しているととらえています。誰もが、崇高なエナジーである神の「未熟な一部分」としてこの世に生まれ、たましいを磨いている存在なのです。
 ですから、一番身近なところに、「あなた自身」という神がいる、ということ。そして、祈りとは、その「自分自身」という神を見つめること、つまり、内観するということをいうのです。自分という神を通して、自分を映しみて、自らの未熟さや磨き足りないところに気づいていくことが、祈りの実践です。
 単に、何か願い事があって、それを「かなえてください」と念じるのが祈りなのではありません。自らを省みて、”内なる神”と対話することが大切なのです。
 祈るというのは重要で、念力もそこから出てくるのです。祈り続けることができたなら答えが出てくるし、必ず必要な方向に導かれます。自分はスピリチュアルなことを頭では理解するのだけれど心のうちではまだわからない、という人もいっぱいいますが、そういう人に私がアドバイスしたいのは、「毎日祈りなさい」ということ。そして、そこで何を祈るかといったら、自分自身が生きている中でさまざまなことへの感謝、自分はどうしたら人や社会や世界平和に貢献できるかということ。そういったことを内観し、祈り続けていくと、必ず答えがやってきます。
 また、自分自身の欠点や問題点も祈りなさい、何かつまづいて悩んだら、悩んだことを祈りなさい、とも言っています。
 祈りは、日常生活の中でも自分の心を知る大きな秤になると思います。たとえば自分が、本当にこれが好きなのかわからない。あるいは自分が何をしていいかわからない。そういうときには祈り続けてみればいいのです。もし祈りが続かなければ、本当はそれをしたくないという回答なのです。本心から望むことであれば、祈り続けられたからです。
 私自身は「祈り」という言葉はあまり使わず、「内観」と言います。繰り返しになりますが、祈りは内観につながります。最初は依存心が強くて「何とかしてください」という祈りかもしれません。しかし、「何とかしてください」では、そこに行動がありません。やがて「私はどうするべきでしょうか」という祈りに気づき、祈り続ければ「こうするべきなのだろう」というアイデアが現実的に見えてきます。
 そういう導きを体験すると、誰もが確信して、人間は霊的な存在なのだな、大きな力に見守られているなということをたましいで実感するでしょう。祈ったことには必ず結論が出るからです。
 日本では「拝み屋」という言葉があるくらいで、誰かに代わりに祈ってもらおうとする傾向があります。手伝ってもらおうというのでもなく、はなから人任せで、自分は祈らなかったりするのでは、意味を成しません。自分自身と対話し、自らのなかから答えを求めないことには、真の理解はまず得られないでしょう。
 マザー・テレサも何かのたびに必ず「祈りましょう」と言っていました。何か困ったことがあっても、祈れば答えが出ます、祈って出た結果は受け入れましょう、と。それを、「必ず神様が何とかしてくださるから」と話していました。
 繰り返しになりますが、祈りとは自分自身に問いかけ、実践すること。決して、神頼みをすることでも、依存することでもありません。
 そう考えると、今の時代は、祈りというもののとらえ方が違っているのが一番の問題かもしれません。まず、自分を見つめるという祈りがない。朝から晩まで忙しくしていて、あとの時間は気絶して寝ているだけで、それでは静寂を持つ時間、自分と向き合う時間など持てないはずです。そして、祈らないから念力も生まれない。それゆえに、道が定まらずに迷ったり、思うように物事が進まないのではないかと私はみています。

------------------------------------------------

祈りは内観そのもの。ナイス発言である。

祈ることによって行動したくなってくるのは、そこに内観のプロセスを同時に踏んでいるからなのだ。

そして行動が伴うところに、念力も重なってくるので、結果を自分の思った通りにすることができるのである。

だからこそ、祈りが肝心要なのだ。

江原氏の表現はいつも分かり易くて、すっと胸に入ってくる。

やはり江原氏はホンモノのスピリチュアリストである。

さあ、今日も祈って行動に繋げよう♪

| | トラックバック (0)

2011年1月16日 (日)

祈りで湖が綺麗になった実例

あああ、関東でも遂に雪が降ってしまったね。

急激に寒くなったしね。

もう分かる人には分かる。

温暖化はしていないと。


ところで、前から書こうと思いながら書かずにいた話を載せておきたい。

水の波動を最初に発見した江本勝氏が、2001年に出された水の波動の写真集『水からの伝言vol.2』で興味深いワークについて述べている。

簡単に言えば、祈りで湖が綺麗になってしまった、というのである。

ここで基本をおさえておきたいのは、水は波動を転写する役割を持っている、ということである。

私達の唱えた言靈や思い描いたイメージは、そのまま水が受け止めてしまう。私達の思いの鏡なのである。

水がそうであるということは、水が蒸発して気体になった空気(氣)もまた同じである。もちろん氷も。

分かり易く言うと、ポジティブな言葉を投げかけると、水の波動は美しい結晶を作るが、ネガティブな言葉をかけると水の波動は歪み、シンメトリーは崩れ、結晶の形もねじまがってしまう。興味のある方は是非江本勝氏の本や写真集を見て欲しい。

だから”水(氣・氷)”がこの世界においてどんなに重要な存在なのか、ようく心得る必要がある。

以下転載。

---------------------------------------------

『水からの伝言・1』に私は、1997年10月に群馬県の藤原ダムで行った加持祈祷による水の浄化を紹介いたしました。その実験の結果に深く感銘し、同じことを琵琶湖で行いたいと考えました。
 1997年7月25日、朝4時30分、350名の人が集まり、琵琶湖に向かって言葉をささげました。当時97歳だった『大断言』の塩谷信男先生も、ごいっしょに祈ってくださいました。この結果、私たちは世間があっと驚くような、すごい成果を得ることになったのです。その成果とは・・・・・・?
 その日から1ヶ月と2日たった8月27日、地元の有力新聞社である京都新聞社がびっくりし、とても喜びました。今年は琵琶湖の水に対する苦情が減った、水藻の分布状態もよくなり、水の悪臭がなくなったというのです。

 2000年の9月25日にサンマーク出版より発刊された「自在力2」でその著者、塩谷信男先生は次のように述べられています。

 わが国最大の湖で、関西地方の水瓶でもある滋賀県の琵琶湖も例にもれず、汚染がひどく、水は汚れて悪臭を放ち、かつての美しい湖岸やヨシの群落などはもうほとんど見られなくなったといいます。かわりに毎年夏になると。コカナダモという外来の水草が異常繁殖して湖面を覆い、これが腐って近辺に悪臭をまき散らすので、県が大がかりな刈り取り作業を行うことが、もう二十年以上も続いているといいます。
 ところが昨年(平成十一年)の夏だけは、どういうわけかこの水草がほとんど発生せず、例年なら役所に殺到する悪臭への苦情も、まったく寄せられなかった。その原因の見当がつかないので、関係者はみんな首をひねっていると新聞に報じられていました。
 いわば突然、「有が無になる」現象が琵琶湖の水面に起こったわけですが、この”奇跡”も、わたしは思いの力で説明できると考えています。というのも、それを起こした張本人のひとりが、ほかならぬこのわたしだからです。
 この年、波動の研究をしている人たちが中心になって、琵琶湖の水をきれいにしようという催し事が開かれました。琵琶湖の水がきれいになれば、日本中の水が浄化されるという古くからの言い伝えがあり、波動や言靈の力でそれを実践しようという集まりです。そこにわたしも呼ばれて、湖畔のホテルまで出向き、正心調息法に関する講演を行いました。
 そして翌日の未明、琵琶湖の湖岸に三百余人の参加者が集合し、わたしをまん中にして湖面に向かうと、昇りくる朝日を正面から浴びながら、「大断言」を唱えたのです。

「宇宙の無限の力が凝り凝って、真(まこと)の大和(だいわ)のみ世が生り成った」

とわたしが先導するかたちで、全員がこの大断言の言葉を十回唱和しました。
 大断言とは文字どおり、宇宙に満ちる無限のエネルギーを活用することによって、世界平和を実現する力強い言葉。それを既成のこととして強くいいきる断言の言葉です。
 これを発することで、宇宙無限力が吹きこまれた言靈のパワーが周囲の事物に広がり、浸透して、世界の平和をはじめ多くの願望達成や幸福が人びとにもたらされる。そのもっとも力強い想念の言葉であり、また、もっとも強力に想念の実現を後押しする言葉のことです。
 その唱和がすむと、すぐにその場を失礼して、老齢のわたしはホテルへ帰りました。それが昨年の七月のこと。そして、「琵琶湖で毎夏、湖面を覆うほど異常繁茂する外来藻『コカナダモ』が、今年は、ほとんど湖面に姿を現さない。例年、悪臭に対して滋賀県などに寄せられる苦情も今年はまったくなく、県による刈り取り量もごくわずかだ」(京都新聞平成十一年八月二十七日付)と報道されたのは、それから一か月後の八月末のことでした。
 しかし、それは不思議現象でもなければ原因のないことでもない。大断言に込めて発したわたしたちの想念が無臭のもとであす水草の発生を抑え、湖水をきれいに変えたのです。万物の調和と安定を願うわたしたちの思い、それが大断言によって草や水にはっきり伝わり、その性質を変え、自然の汚れを浄化してしまった ― 多くの人は気づかないが、そこには明瞭な因果関係が存在しているのです。
 このように人の心だけではなく、この世界に存在するすべての生命あるもの、あるいは水のような自然界の物質もふくめた万物現象は、わたしたち人間の思いに感応するものなのです。その想念を受け入れて、状態や性質を変えていくものなのです。

塩谷信男著「自在力2」より

-------------------------------------------

祈りの力がどれだけ物凄い力を秘めていて、どれだけ美しい地球を取り戻すのに貢献するのか、これを読めば一目瞭然だと思う。

汚い地球にしたのは、逆に言えば、物質に依存した文明である以前に、私達のイメージの足りなさ、思いの足りなさにあるということは言うまでもない。

ということは、イメージ力、思い力を高めれば、一気に地球の本来の美しさを甦らせることができることになる。

これは全く希望的観測でもなければ誇大妄想でもない。

信じて断言せよ。

私達は既に幸福であると。

| | トラックバック (0)

2010年11月21日 (日)

祈りこそ科学

祈りの力は絶大である。

祈りとは、迷信でも自己満足でもない。

祈りとは、極めて科学的な行為である。

もちろん、何に対して祈るのか、何のために祈るのか、で祈りの波動も変わる。

しかし、基本的に、祈りとは、愛そのものである。

つまり、おなじみ祈りとは、自然そのものである。

祈りも、自分の利益だけの為、小我な思いの為に祈れば、それなりの波動になる。

しかし、高く強い意志で、大我な思いで、世の為人の為、そして地球の為に祈れば、それはとてつもない高い波動になる。

思いの力は馬鹿にはできない。

見えないからといって、ゾンザイにすればする程、あなたそのものは自己満足の塊になる。

もう一度言うが、祈りは自己満足ではない。

分かり易い例を挙げると、歌うことは、ただの自己満足ではない。

もし平和を祈る歌を一人の人間が歌ったら、周りの人間の心を動かすことができるだろう。

ジョン・レノンは歌うことによって、周りの人間の心を動かし、平和運動を大きく動かした偉人である。

しかし、ただ不平不満を連ねた歌詞を歌ったら、同じ不平不満を持った人々が同調するだけで、それ以上の建設的な視界は開けずに終わるだろう。

それが自己満足である。

私自身もいろんな曲を作ったけれど、やはり最終的に人の心に響くのは、歌にどれだけ”愛”が込められているのか、つまり”自然な思考”が込められているのか、更に言えばそれはつまり、”直観”が込められているのか、にかかっているのだなあとよくよく分かった。

ジョン・レノンは、『イマジン』で、平和とはこういうものだよ、そしてそれを皆がイメージすれば本当に平和になるんだよと説いた。完全に”直観”でできた歌である。そしてその歌は物凄いエネルギーで人々を凌駕した。

それだけ凄いパワーを持っているので、この平和運動を封じ込めなければならないと危ぶんだ連中が、ジョン・レノンの息の根を止めたのだ。

連中は怖いのである。目に見える便利・快適なもので囲まれた世界が幸福であると洗脳した物質社会を作り上げ、金さえあれば人を支配できる状態を崩されるのが、怖くて怖くてたまらないのである。

世界平和を思って歌うこと、それは自己満足ではない。

それと同じで、祈りの力は絶大なのである。

人の前で歌うのとは違う。でも一人でひっそり祈ることができる。

一人でもできる。どこででもできる。いつでもできる。

それが、祈りである。

世界平和を強くイメージする。世界平和を思う言霊を唱える。

それを繰り返すと、自然と世界平和に基いた行動をしたくなる。

また、行動できない状態にあったとしても、祈りはエネルギーそのものであるから、祈った人の思いをキャッチした同じ波動の人間が、どこかでその思いを具現化する為に動き出すきっかけを与える。

どの場所にいても、祈りのエネルギーは、同じ思いの人を追いかける。

そしてどんな場所にいても、祈りのエネルギーは同じ思いの人へ即通じる。

だから、もし貴方が実際に行動できない状態にあったとしても、とにかく祈ることだ。

そして実際に誰かがその思いのままに行動すれば、世界平和へ向けたビジョンが具現化する。

それを繰り返せば、周りの人間がそれに呼応して、そのビジョンは更に大きく具現化する。

平和活動がどんどん大きくなって、世間を凌駕し、いつしか本当に世界は平和に満ち満ちた輝きあふれる景色を取り戻す事ができる。


ブログで前述した通り、人間そのものは電気体である。

乾電池が沢山あると、沢山のエネルギーを生むのと同じで、人間も平和を思う人々が沢山集まれば、本当に平和をもたらすことができる。

とってもシンプルなこと。

だからこそ、祈りは物凄く科学的な行為なのである。

人間はただの動く物体で、死んだらそれでお終いだから、生きているうちにどれだけ得な思いをするかが幸せの秘訣だと説いたのが、自分だけの利益しか考えない連中のやる事なのである。

残念ながら、自分だけの利益しか考えない連中が現在世界を支配しているのだから、世界平和なんて絶対にやって来ない。

そういった連中が集まると、平気で戦争を自由と平和を勝ち得る為の一つの手段だと説いて、大量殺戮をし、自然を破壊し、所詮平和とは程遠い世界が作られる。

戦争でお金儲けして、更にお金で人を支配し、お金を持っている人だけが好きなものを買いあさり、自由に行動できる世界を作り上げてしまった。それはお金のない人にとっては地獄の世界でしかない。


電気にもプラスとマイナスがあるように、プラスのイメージが膨らめば膨らむほどプラスの世界、マイナスのイメージが膨らめば膨らむほど、マイナスの世界ができあがる。

今正に、マイナスの世界絶頂期なのである。

でも、これに危機感を覚えた人々が、どんな立場の人であれ、世界平和を強くイメージすることにより、一挙にプラスの世界に転じることも、全く夢の話ではないのである。

どんな立場の人間か、どこに住む人間か、は、エネルギーの世界では全く関係がない。

どんな人でも、世界を平和にする力を持っている。

そして、私達は、世界を平和にする為に、生まれてきたのである。

| | トラックバック (0)

2010年7月 6日 (火)

お経の達人だった祖母

結構時間が経ってしまったのだが、この間、父方の祖母の49日の法要があり、孫の私は旦那に子供を預けて出向いた。

その前に、師匠から、あなたの旧姓の先祖で草団子が好きな方がいるからお墓参りの時に持って行きなさいと言われ、その通りにした。
父に聞くと、おばあちゃんももちろん、うちの家は皆草団子とか草餅とかは大好きだよとのこと。

それはさておき、無事お寺でお坊さんによるお念仏と焼香が終わると、長い間お寺の至近距離に住んできた祖母と付き合いのあったそのお坊さんは、しみじみと語り始めた。

「○○さんとは長いお付き合いをして参りましたが、その昔、近所で人が亡くなると、だれ彼にかかわらず決まってお念仏を唱えにやってくるおばさんの群れがありました。そして○○さんもその群れの中にいました。近年では、他人の死の為にお念仏を唱えに来てくれるおばさん達を見かけることはなくなってしまいました。○○さんが、その最後の一人でした。お念仏は、私一人だけ一生懸命唱えても亡くなった方の成仏の助けとはなりません。親族の方や関わってきた周辺の方がしっかり唱えてこそ亡くなった方は成仏の道を歩んでいけるのであります。お墓で手を合わせる時も、しっかりとお念仏を唱えて頂きたいと思います」

なんだかとっても素晴らしい話を聞いた氣がした。

そして祖母がそんなに素晴らしい人だったんだと改めて思った。

私はうちの母が再婚で、自分が中学の時からの祖母しか知らない。
とにかくとある新興宗教にずーっと前から入っており、誰よりもお経を毎日欠かさず唱える、信仰心の厚い祖母だという印象は持っていた。
私も勝手に入信させられて、一泊二日の学生部の修行みたいなのに行ったこともあったけど(同じクラスでも数人同じ宗教に入っていてその子達と行ったのでプチ旅行みたいで楽しかった)、人を導けとかそういう強制は一切なかったので、自分自身はそんなに重荷にならなかった。ただもちろん、本当はお導きを沢山する程先祖は救われるし家族の絆も深まるという考え方が根底にあったので(どこの新興宗教もそうだと思うが)、その考え方に違和感があり、深く関わらないようにはしていた。

その新興宗教については敢えて目を瞑るにしても、祖母のその姿勢については評価するべきなのだと思った。

今回は、私の旧姓の家のお墓を守って下さっている浄土宗のそのお坊さんの話がとても胸に響くのだった。

私は亡くなった祖母やご先祖様はもちろん、地球全体に対しても祈りを続けます。

南無阿弥陀仏でも、南無妙法蓮華経でも、なんでもいいのです。

祈り続けることが大事なのです。

それが、自分の死に様を決めるのでしょう。

祖母の死に顔は本当にいい顔をしていました。

沢山の親族に見守られて、きっとスキップしながら成仏の道を駆けていくでしょう。

ありがたや、ありがたや。

| | トラックバック (0)

2010年4月21日 (水)

ひふみ祝詞

私の普段の祈りは、前述した通り、般若心経を唱えることだが、気分転換に、別の言靈を使いたい時に見つけたのが、”ひふみ祝詞”である。

ひふみ、よいむなや、こともちろらね、

しきる、 ゆゐつわぬ、そをたはくめか、

うおえ 、にさりへて、のますあせゑほれーけー。

これは、ひらがな四十七音に”ん”を加えてできた祝詞である。

ゐ=い、ゑ=え となる。

これを123回唱えると心の病が解消し、47回唱えながら食べて噛むと身体の病が治ると「日月神示」に書かれているという。

「日月神示」とは、昭和19年の6月に、岡本天明が麻賀多神社の境内の末社天之日車久神社に参拝した時に突如異変が起き、それから自分の意思に反して文字のようなものを書かされるようになったという。この自動書記されたものが日月神示とかひふみ神示と呼ばれている。

123回はまだ唱えたことはありません(;´▽`A``

最近は般若心経を唱えたいだけ唱えた後に、最後に3回くらい”締め”でひふみ祝詞を唱えると、なんだか気持ちが良いと思う。ひふみ祝詞の方が歌うように唱えられて、音の構成も流れるようで唱えやすく、心に染み入ってくる。

ひふみ祝詞について詳しいことは、以下のサイトをご参照。

船井幸雄.comより、船井幸雄のいま知らせたいこと

アルクトゥルスの光速前進(急展開バージョン)より


「日月神示」は中矢伸一氏が解説してくれた本をようやく読み始めたところである。

読みたい本が沢山ありすぎて、どうも後回しになってしまった。

でもかなり楽しみな本である。

読み終えたらブログにも書きたいと思う。


祈りの心、誇り高き日本人の持てる心として、大切にしていこう。

私達は皆、神の遣いである。

| | トラックバック (0)

2010年2月27日 (土)

チリ大地震で日本への津波警戒

----------------------------------------------
28日午後に津波到達か=日本の太平洋沿岸-最大1メートルと予想・気象庁
2月27日19時12分配信 時事通信

 チリ中部沿岸で起きた大地震で、気象庁の関田康雄地震津波監視課長が27日夜、記者会見し、日本に津波が到達するとすれば、28日午後1時すぎ以降との見通しを明らかにした。地震の規模から大津波は考えられず、大きい場合でも、津波警報の発表基準である高さ1メートル程度と予想される。同庁は28日午前11時ごろまでに、必要に応じて津波警報・注意報を発表する。
 関田課長は「津波警報が出た場合、海岸付近の住民は速やかに高台へ避難していただきたい。注意報の場合は、海中での作業をやめていただきたい」と話した。 

----------------------------------------------

遂にこんな話が来たか、といったところです。

とりあえず明日の午後1時頃、日本の太平洋側に1m程の津波を予測したとあるが、あくまで予測なので警戒心は緩めない方がよい。

そして今後も大きな地震が来る度に、津波の心配があるという事を肝に命じておくべきだろう。

しかし最近大きな地震がありすぎ。

フォトン・ベルトの影響?

それとも地震兵器なるものによるもの?

どちらが原因でもなく、通常の状態で自然発生しただけ?

それとも人間が地球の環境を破壊していることによるもの?

とにかく今地球がおかしなことになっているのは言わずもがな、である。

いろいろ各自で情報を取り出して精査してみて下さい。

| | トラックバック (0)

2010年2月21日 (日)

世界最強の天皇陛下!!

http://www.youtube.com/watch?v=lsOFxj9To-o&feature=related

上記のyou tubeは凄い!

天皇がいかに凄いのかを簡潔に解説してくれている。

あ~、紀子さまに男の子が生まれたのは本当に奇跡だ。
凄いことだ。

やっぱり、男系で継承されなくては血が途絶えるのならば男の子が生まれる事は絶対条件だろう。

天皇は、国民のために日々祭祀を行い、時には肉を絶ち、水ごいをするなど、体力的にも気を遣うような事をやっておられるそうです。

日本の”愛”に満ち満ちた神道の文化、仏教の叡智、そしてその二つが何の違和感もなく何の争いもなく日本に存在し続ける事を奇跡に思う。

日本人である事を誇りに思う。

東京が何故今の今まで何の災いもなく無事であるのか分かりますか?

天皇のお陰です。

新潟や大阪では大きな地震が起こってしまい、大変でしたが、東京だけは何故か地震も今のところなく、守られています。

天皇だけの力では日本全体を丸ごと守るのには限界がある。

だからこそ、国民一人一人の祈りが必要なのです。

ちゃんと根拠があるのです。

祈りは必ずや天に通じます。

自分の思いが目の前の相手になんとなく分かってしまう事があるでしょう?

それだけ思いの力は即通じるのです。

それは日本国を守ろうという思いがそのまま神に通じる事に同じです。

全く自然な話です。

その自然であたり前の事を国民は忘れてきたのです。

天皇に任せっきりにしてきてしまったのです。

地震も実は人為的なものであるようです。

地震兵器と気象兵器

新潟地震とHAARPとの関係

ミャンマーのサイクロンと中国の地震はHAARPによる人為操作だった証拠発見!

どんなに人為的な地震であれ、祈りの力が東京に地震を起こすのを制御していると考えられます。

そしてそれ以上に、天皇が持つ権威です。

天皇が持つ財産です。

東京を襲うのは、最後の切り札という考えもあるのではないかと考えます。

もう天皇だけに祈りをお任せするのはやめましょう。

一人一人が、未来の平和を思い描いて、新しい真(まこと)の時代に希望を持って、日々祈りましょう。

そうすれば、天皇のご負担も減ります。


希望は国民が作り出すものです。

| | トラックバック (0)

2010年1月10日 (日)

祈り方は形じゃない

地球に祈って祈って言うけど、どう祈るのかと言われると、具体的な答えはない。

私の場合は、とにかく限られた時間で、祈りたいだけ祈る。

師匠が作ってくれた、地球の波動が入ったカードを両手に挟んで、般若心経を唱えたいだけ唱える。

その時、できるだけ地球が光に包まれている状態をイメージする。

これはあくまで私が今やっているやり方。

気が変わって、違う祈り方にすることも十分ありえる。

うちには神棚がある訳ではないので、とりあえず太陽のある方向に向かって祈っている。

でもとにかく祈りは形ではない。

どれだけ心を込めたか、に尽きる。

私自身、今魂の大浄化が始まっており、次から次へといろんな選択を迫られている。

なので、どうしても雑念が入ってしまうのだが、その雑念もなるべく受け流せばよい。

般若心経がどうも、という場合は、いつも使っている言霊でよい。

「地球さん、いつもどうもありがとうございます」

「地球人類が平和でありますように」

「これからも地球を支え続けます」

など、自分が祈りやすいフレーズを使えばいい。

祈りの時間が取れない人は、ご飯を食べる時に手を合わせた時に、地球の事もイメージしたり、常日頃から、全てにおいて感謝の気持ちを忘れずに過ごす事が最も大事だと思う。

とにかく心の底から、地球を思う気持ちが芽生えれば、自然と人生の価値観も変わってくると思う。

価値観を変えることは、決して恐怖でも億劫なものでもない。

寧ろ、今までのしがらみから開放されて、がんじがらめになっていた心はどんどん軽くなり、楽になってくる。

皆が本当の幸せとは何かに気付いたら、地球の浄化は早い。

地球を守るのは、目の前のあなたです。

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧