靈氣

2011年8月11日 (木)

遠隔ヒーリングモニタリング

この間、近所の親友にお願いして、遠隔ヒーリングのモニターになってもらった。

例えば家族の写真などを使って、ちょっと氣をかざしてみると、自分自身はその写真に対してびりびりと感じたりするのだが、実際に相手には何か感じられるものがあるのかが知りたかったのである。

傍にいる旦那だといまいち鈍感そうなので、少し離れている近所の、スピリチュアルな話に理解のある親友にお願いするのが一番良かった。

結果的には、遠隔ヒーリングの効果は、自分が思っていた以上にある、ということだった。

これは師匠が良く言うように、遠隔はちゃんと相手の許可を取ってからにしなさいというのは、尤もなことだと自覚した。


今回のモニタリングは、親友の全身が写っている写真を使って行った。

写真はできるだけ最近のものをお願いしたけれど、実は、結構昔の写真を使ったとしても、そこから出ている波動は現在の状態なのである。後から氣付いたことだが、おそらく前世の写真でも、出ている波動は現在のものに違いない。

親友の写真は結構若い頃の写真だった。今でも若いけどネ(必死にフォロー中w)

お互いの子どもが寝静まった頃、連絡を取り合い、親友にはリラックスできるように、横になってもらうように伝えた。

手のひらで余裕で覆えてしまうくらいの全身の写真だったので、細かい所までは把握できないかも、と思いながら、遠隔開始。

約40分行う。

全身びりびりと感じる中でも、なんとなく、頭部と、腰から下辺りが特にびりびりと痛く感じるかなあと思った。

でもそんなに強い痛みではなかったので、日常的な疲れが出ているのかなあと思いながら、手を右から左に変えたり、両手を使ってみたりしながら続けると、そのうち段々びりびり感がなくなり、暖かい感じになってきた。

でも、更に集中すると、奥から何か出てきそうな感じがしたので、ぐっと集中してみると、終了10分前くらいから急に重い痛みが出てきた。

親友の心の奥底にあるものが出てきたのかも知れない、と思った。その時は手首の方までびりびりがきた。

途中、睡魔が遅い、集中力が落ちたせいか、段々痛みはなくなってきたものの、もし集中力が落ちなければ、もっと痛くなっていたかも知れない。

そして終了時間がやってきた。

施術者の私が感じたことを早速親友にメールする。

すると、後から親友からメールが来て、こう書いてあった。要約すると、

「ヒーリング開始の時は、何となく首から胸辺りがぽかぽかしたような。子供がぐずったのでおっぱいをあげ、横になった途端に、左手中指にある湿疹が突然うずき、かゆくなった。途中うとうとしてたら再び子供がぐずったのでまた授乳し、その後は左足の裏が全体的にむずむずして痒くなった。そこで終わった」

とのこと。湿疹が痒くなったのは、湿疹の中にたまっている毒素が外に出ようとしていたからだろう、と説明した。

また、左足の裏が痒くなったのも、氣が足から出ている証拠であると伝えた。おそらく痒みを感じたのが左足の方だったのは、霊的(心理的)な氣の滞りがあってそれが流れ出たのだろうと思う。


しかし、それ以上に驚いたのは、翌日の親友からきたメールの内容だった。

「聞いて聞いて! 左手中指に湿疹があったハズだったのに、何故か消えてるよ?! それと、ヒーリングの間に2回子供におっぱいあげて、ヒーリング終了後突然泣き出したので、見ると子供の首回りと胸からお股にかけて赤い湿疹が出て痒がってたよ。最初は心配だったけど、もしかしてヒーリングの好転反応かな?! 1時間してから落ち着いたけど、朝はまだ湿疹は残っていたよ」


へええ、結構遠隔って、効果あるのねΣ(・ω・ノ)ノ!


左手中指の湿疹が消えたのは、湿疹の毒素が外に出切ってしまったからだろう。

子供に湿疹が出てしまったのは、おそらく、親友の体内にたまっていた毒素がおっぱいから出ていき、それを子供が飲んだので、子供に毒素が移って一時的に湿疹が出たのではないかと思った。

そう考えると、どんなに離れた相手にヒーリングをしようと、効果には全く関係なく、ちゃんと施術者が集中した分
だけ氣を流すことができているのだな、と感じた。

今度遠隔のモニターをお願いする時は、なるべく子供がおっぱいを欲しがらない時がいいかも…。

今回は湿疹が出ただけで済んだみたいだから良かったけれど、母親の毒素とはいえ、それを母乳を通して飲んだ時に、もしかしたら発熱したりもするかも知れないし、子供の具合を悪くしてまで施術するのは矛盾していると思うのでね(^^;

以上、私の初遠隔モニタリング体験でした。

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2011年5月27日 (金)

”コントロールしない”こと

私にとってこの1年は、以前にも書いたように、大変化の年である。子供を幼稚園に入れたことで、自分自身の生活も一転し、新しい氣持ちで今までの氣付きをベースに、毅然と前進していく年である。

しかし、そうと思っていながらできていない事が一点あることにまた氣付いてしまった。

それは、自分の思い通りにしようとするあまり、そこに思考が入っていた、ということである。それはつまり、思い通りにしようと思って周囲をコントロールしようと躍起になることである。

私が勉強を続けている靈氣の奥義は、正に、”自然に”ということである。

つまり、靈氣で相手を動かしたり転がしたりなどという勉強をしているのだが、そこに思考や念が入っていると、却って相手を思うように動かしたり転がしたりすることが困難になるのだ。

だから、靈氣を使って相手を自分の思う通りに動かしたり転がしたいのであれば、そこに思考や念を入れないということになる。

つまり、全ては直観であり、言い換えれば”タイミング”なのだ、ということである。

この靈氣の奥義に則した在り方は、本当に自分が思った通りの生き方をしていこうと思うのならば、思考や念を捨てる、ということである。

今、自分が靈氣の勉強をしてきて、それがせっかく板についてきたところなのに、それを生活に上手く活かせていないではないか、ということに氣付いて、また反省したところである。


本当に自分の今の思いを現実化したいと思った時に、じゃあ具体的にどうすればよいのか。

まず、こうしたい、ああしたい、こうなりたい、ああなりたい、という自分を強くイメージする。

その後、それを現実化する為に必要だと心が思った事を行う。

行っていくうちに、必ず岐路に立たされる時が来ると思うので、そこで、今度はこっちに行こう、こうしてみよう、と心が感じた事を新たに行う。

その都度その都度、直観が全てである。

軌道修正がやってくる時が来るのも、またタイミングであり、自分にとって必要な試練である。

しかし、以前にも書いた通り、乗り越えられない試練は絶対にやってこない。

乗り越えようと思う前に諦めたら、その時点で至福に辿り着くことは不可能である。

とにかくなるべく立ち往生する時間をかけずに、機会を得た時にえんやとばかりその波に乗っていくことが、一番無理なくスムーズに思いを現実化するポイントである。

仮にもし、どんなに努力しても、必要な事を全てやってみても、思いを現実化することができないのであれば、その思いは、神様の意向に反したものであったと考えればいいだけのこと。

私達は、創造主のてのひらの上で遊ばせてもらっている”光=エネルギー体”なのだ。

創造主である神の思った事を現実化させる為に、今ここに生かされているのである。

神は、この地上が愛でいっぱいになることをお望みである。

それは、神が愛そのものだから。

愛とは、以前にもしつこく書いてきたように、自然そのものである。

だから、目の前にやってきた試練を、或いは自分がこうしたいと強く思った事を、自然に自然にクリアしていけば、どんどん愛に近付いて、最後には完全に”愛=自然”に返ることができるのである。


もしあなたが今、窮地に立たされていたり、大きな悩みを抱えていたりするのであれば、まず考えることをやめることである。考えることをやめて、私はこうなりたいんだ、ああなりたいんだ、と強く思った後に、すっかり心を空っぽにすれば、その中に宇宙からのメッセージが降りてくる。そのメッセージを受け取ることそのものが、直観である。
そして、その直観に従って実践していけば、その試練を乗り越えることができる。

その直観は、直接心にメッセージが降りる場合もあれば、ふと何気なく見た周辺の広告物や、空や、時計や、人や、新聞や、テレビや、或いは睡眠中の夢の中などに降りてくる場合もある。それを見逃さないでしっかり捉えようとする氣持ちを持てるようにすることが、直観力を鍛えることそのものである。そんなの氣のせいだ、と思ったらそれで終わりである。とにかく神様はあらゆる空間にメッセージを散りばめておいて下さっている。それをどれだけ掴まえて、それをどれだけ実行に移したか、が私達のライフワークの全てなのである。


”コントロールする”ということは具体的に言えばどういうことか。
例えば相手をコントロールしようとした場合、そのコントロールが仮に成功したとすると、今度は自分が相手にコントロールされる時が必ずやってきてしまうのである。
それはつまり、念である。お互いに念のキャッチボールをしているに過ぎないのである。
念のキャッチボールをしているとしたら、そのキャッチボールはどんどんお互いを苦しめる。
コントロールしようとする思いには、必ず私利私欲が混じっているからである。

純粋な氣持ちの中には、コントロールしてやろうというようなエゴは微塵も入っていない。

ただただ純粋に、心がそう思っているのである。

その純粋な思いを成就したければ、相手や周囲のあらゆる物を、コントロールしようとすることは絶対にない。

もし、純粋な思いの中にも、焦りや不安が募って、思わずコントロールしてしまうような感覚を持ってしまったら、また、その感覚が自分を苦しめていると感じたならば、一度その感覚を捨てるしかない。素に戻ることである。それは、言い換えれば、執着を捨てるということに同じである。

執着して良い事は一つもない。執着すればする程、相手もしくは対象物に逃げられる。


例えば、純粋に、一人のアーティストを好きだと思って、その人の作品に親しんでいた場合には、ふと何気なく振り向いたところに、そのアーティストの情報が載っている広告を見つけたり、或いは偶然テレビに映っているのを発見したりするものである。もし純粋に、そのアーティストに会いたいと思っていたら、きっと会うことができるだろう。

少し前に、とある番組で、私の隠れファンである須藤元気が、

「○○(外国の有名俳優)の大ファンで、イギリス行ったら何故か絶対に会えるって思ったんですよ。そして実際にイギリスに行ったら本当に道端でばったりと会うことができたんです。でももっとびっくりしたのは○○の方だったみたいで、○○に『お前が昨晩夢に出てきたんだよ!!』と言われたんです」

と言っているのを介護の職場のテレビで偶然見て、これも私にとって必要なメッセージとして見せられたのだな、と思った。

もし、須藤元気のように、”何故か○○に絶対会えると感じる”と言えるほどの強い思いが現れなければ、きっとあなたは○○に会うことはないだろう。それは、須藤元気と○○の波動が同じだったから強い思いが湧いて会えたのである。もっと言えば、須藤元気が事前に○○に会うという信号をキャッチしていたということである。そして○○も須藤元気を夢で見ることによって相手の波動をキャッチしていたのである。

言い換えれば、”強い思いが湧く”ということは、それだけ相手の強い思いや波動をキャッチしているという事に同じである。

何故だか知らないけど、とにかくあの人と連絡が取りたくなってきた、と思った時は、実際に相手もあなたと連絡が取りたいと思っていることに同じなのである。

これを恋愛に活かすなら、相手の事が何故だかとても氣になる、とか、好きだと思える、とか思った時は、実際に相手もあなたの事を意識しているのである。

でもそれを、自分の一方的な思いに過ぎない、と深く遠慮してしまったら、それ以上の進展はありえず、そこで終わってしまう。

ただ、思いと言葉がうらはらなのは3次元世界に洗脳されている人にはよくある事なので、じゃあ両想いな筈だと思って実際に告白したらふられてしまったという事もよくある話ではある。
Σ(;・∀・)

思わず恋愛のことまで書いてしまったが、これにはまだいろいろ書けることもあるので、氣が向いたら書きたいと思う(*´σー`)

今回は、ちょっと間延びした内容になってしまったが、私の言わんとすることは、分かってもらえただろうか・・・。


”コントロールしない”こと。

執着しないこと。

考えないこと。

不安にならないこと。

焦らないこと。

これが靈氣の奥義であり、至福への鍵である。

自然に返れ。全ての感覚を自然にせよ。

全てが自然なのである。

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2011年3月20日 (日)

被災地へ向けて遠隔ヒーリングをする

さて、昨日は靈氣の師匠が、被災地の土地と亡くなられた方々、及び避難生活を送っておられる被災者の方々に向けた遠隔ヒーリングの方法を伝授して下さると聞き、これは何が何でも行きたいという氣持ちにかられ、電車が不安定な中、大目に時間を見積もって東京へ足を運んだ。

思ったよりも電車はスムーズで、かなり余裕を持って目的地へ着いた。

昼食をまだ摂っていなかったので、近くのお店に入るも、風邪の症状がまだあることや、地震が起きたことへの無意識的な不安があるのか、食欲は湧かず、頼んだものの半分は残してしまった。

予定の時間近くになって、師匠にお会いしたら、いろいろ聞きたいことが湧いてきて、まず放射能の話を聞いた。

師匠の話によれば、放射能は確かに200km圏内は注意をしておいた方がいいが、地球は西から東に向かって自転をしているので、つまり放射能は基本的に太平洋側に流れていっているはずだとのこと。

なるほど自転の影響を考えるべきだったんだね。

アメリカの方まで飛んでいくのかと聞いたら、師匠は笑って、「そこまで流れていくうちに四方八方に放射能が分散されていくからアメリカまで到達するということはほとんどないだろう」と仰った。

いろいろと勉強になった。

後から戦後直後に広島に生まれ育った義父に話を聞いても、原爆の方がよほど放射能の濃度が高いはずなのに、原爆の近くに住んでいた人たちはそれでもピンピン今も生きていられるのだから、それ程大袈裟になることもないだろうとのこと。

ちなみに、師匠の話によれば、原爆投下当日に”麻の服”を着ていた人は、それ以外の服を着ていた人に比べてもとても元気でいられた、つまり被爆の影響をあまり受けずにいられたという統計が実際にあるのだそうだ。

どうして政府はそういうことを教えないのだろうね。そりゃ、アメリカの支配下にあった日本だから、言える訳もないか。

ちなみに、まだ風邪の症状が抜けてないで少し頭の回転が鈍っていたらしい私は、師匠の”麻を着ていると被爆しにくい”という文句を思い切り取り違えて、”朝起きていると被爆しにくい”と勘違いしてしまい、すさかず「じゃあ早起きしていた方がいいんですか?」と、すっとぼけた質問を浴びせたら、それまで緊迫していた周囲が笑いの渦に囲まれた。師匠に、「あんた面白いねえ」と感心される始末・・・。こうやって私は嫌でも”真面目で知的な女性”という印象から脱落し、”天然ボケ”のレッテルを貼られていくのだ・・・(;´Д⊂


その後で、いよいよ遠隔ヒーリングの伝授。

伝授後、日本地図を活用して、実際に遠隔ヒーリングを試みた。

まずは自分が氣になったところの被災地の土地のヒーリング。

私は宮城の気仙沼辺りから福島のいわき辺りまでの土地が氣になった。

この氣になる場所は人によって違う。

実を言えば岩手の方も氣になったが、今回は宮城以南をやってみた。

最初からなんとなく痛い感じが手のひらに伝わってきた。土地に関してはそれ以上の特別な感じは受けなかった。

次に、被災地で亡くなられた方々の御霊(みたま)に対するヒーリング。

これに関しては、突然の災害や事故などで亡くなられた魂は、自分が死んだことにさえ気付けずに、彷徨っていることがとても多いのだという。しかも肉体を離れた魂は色彩感覚がなくなっている為、景色が白黒にしか見えず、更には生きている人々に声をかけても当然気付いてもらえないので、正に闇の中で孤独に放浪していることが多いのだという。

なので、ヒーリングする者は、その魂の孤独な思いに同調しないようにと師匠は忠告した。魂の孤独さはとても強烈なので、こちらが少しでも油断して、可哀そうなどと思ったり、ネガティブな氣持ちになると、すぐに引っ張られてしまうという。なので現時点での私たちのレベルでは、せいぜいヒーリングしても10分がいいところで、それ以上無理してやることのないようにと師匠は付け加えたのだった。

そして実践。

私は同じく宮城以南をヒーリング。少しずつ少しずつ、手のひらに痛みが増してくるのが分かった。亡くなられた方々の御霊がどんどん私のエネルギーに呼応して、助けを求めてきているような感覚を覚えた。その手のひらの痛みがかなりピークになってきたところで、10分経過したらしく、終了となる。

もちろん、その痛みが静まるまでヒーリングしたいという思いはあったが、やはり私たちの現時点のレベルではそれ以上はやってはならないのである。

そして最後は、被災者(無事に助かりつつも避難生活を強いられている方々)に対するヒーリング。

被災者に対しては20分くらいやらせて頂いた。

私は被災者に対しては岩手の方が氣になったので、岩手の津波の被害に遭われた方々に対してエネルギーを送ってみた。

これはとても分かり易かった。

最初からなんとなく手のひらに痛みが感じられた。同時にびりびりとしびれる感覚もあった。痛みの方がが少しずつ少しずつ増していくのが分かり、そのベクトルと同じくらいの氣持ちで、”絶対にあなた方は大丈夫。奇跡的に生かされていることに感謝して、まずはしっかり救護してもらい、その後でしっかりと地域再生への意志を強く持って生き抜いていって下さい”というような文句を心の中で唱え続けた。すると、後半に入ってから痛みが徐々に減っていき、最後にはびりびりとしたしびれた感覚だけが残り、そこで丁度よく終了となった。

これは明らかに被災者の方々が反応してくれたのだと思った。

逆に、それだけ被災者の方々が強い意志を持って生き抜こうと頑張っておられる証拠だと思った。

私の方が却って勇気をもらった氣がした。

ありがたかった。


こうして一通りやり方を教授して頂き、時間になった。

帰る前に、師匠にもう一つ聞いた。

「今後、これくらいの、あるいはこれ以上の地震が起こる可能性はあるのでしょうか?」と。

師匠は神妙な顔をして答えた。

「これからは益々地球の地殻変動が活発になっていくからねえ。そういう事を既に知っている知識人たちは、既にその被害の被らないだろうと思われる場所へ家を買って生活しているというパターンもあるそうだね」

今はこれ以上は書くのを控えることにする。

とにかく、こんな地震で驚いているようではこの先命がいくつあっても足りない、というようなお話を聞いてしまった。


要するに、2012年末に、いよいよ地球が完全にフォトンベルトという光の帯にすっぽり覆われると、その先は地球そのものの活動が活発化していき、今までの地震兵器を使ったと思われるような突発的な人工地震すらちっぽけで人間のちょっとした悪戯に見えるくらいの大変大きな動きが出てくる、ということ。

まあどういう動きになっていくかは、実は既にブログのどこかに書いているのだけど。


自然の動きには私たちは適わない。

だからこそ、自然の動きを敏感にキャッチし、私たち人間が自然と共存共栄し続けることができる為にどのように動いていったらいいのか、ということを神からのメッセージとして常に受け取れるようにするためにこそ、常に心を浄化してクリアにしておく必要があるのだ。

その為にこそ、祈りなさい。

祈りながら内観し、その中で自分がやるべき事を見つけてどんどん実行していきなさい。

それによってのみ、私たちは自然の一部として、自然と行動を共にできるのだから。

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2011年2月12日 (土)

おばあちゃん達にヒーリング☆彡

久々の更新である。

というのも、実はリビングで使っていたノートパソコンが遂に壊れた(;д;)

10年も前に買った古いパソコンで、もう壊れていると思い込んでいたのが使ってみたら使えてしまったので、リビングに置いて使ってきたのだが、そのパソコンももう力尽きたようだ。

なので普段滅多に上がらない2階の旦那の部屋にあるデスクトップのパソコンを久々に開いた。

私は今年に入ったらなんだか随分と落ち着いてしまったので、どんなに忙しい最中でもブログを更新していた去年のようにはいかなくなってしまったが、これも私の想定内である。

ずっとあのペースで書き続けることはないだろうと思っていた。

でも本当は、まだまだ書きたいことは沢山ある。

だけど今書きたいのは本の内容に感化されたものがかなり多いので、ここに引用するのも大変でちょっと時間がかかるので、ひとまず幼稚園入園時の裁縫すべきものを一通り片付けてからゆっくり書けたらと思っている。

特に政治に関しては、やはり自分の直観通りだと思えてきたので、もう多少の事件や出来事に一喜一憂することはなくなってきた。

とにかく時期を待とう。必ず真実が明かされる時が来る。

もし真実が明かされなければ、それこそ人類が滅ぶ時だから。

愛に近付いた人がどれだけいるかで今後の私達の運命は決まる。


それはさておき、今年に入ってから、いよいよ職場で2週に1~2回、ヒーリングをさせてもらえることになった。

スタッフも少数なので、スタッフが急に休むなどして足りなくなれば、ヒーリングをしている余裕はないのだが、それでも利用者さん達に、氣になるところを部分的に短い時間でヒーリングするのはちょこちょこやってあげている。

うちはおばあちゃんが殆どで、おじいさんは極少数なのだが、うち一人、手を当てることによって身体がポカポカしてくるんですよ~と簡単に説明したら、受けてみたいと言ってくれたので、ベッドに寝かせて、多少パーキンソン病の感じのある両足をヒーリングしてあげた。

そしたら、随分氣持ちが良くなったと喜んでくれた。暖かくなっていくのが分かったと言ってくれた。

正直、男性は頭の固い人が多く、見えない世界を受け入れたがらない方が多いので不安だったのだが、このおじいさんに関しては何の心配もいらなかった。

もう一人の女性の利用者さんには、頭から腸までヒーリングしてあげた。胸の上の辺りがじりじりしたので、

「過去に何か思い残したことを引きずっているみたいだね」

と問いかけたら、「うん、そうかも知れない」と答えた。胸の上辺りは特にトラウマに関して氣のつまりを生じ易いところである。

胃と腸を同時にヒーリングした時は、どちらかというと腸の方が氣になった。それを伝える前に利用者さんが、

「最近ちょっと便秘なのよ~」

と言ったので、じゃあそのせいかなあと思った。

この日より前に、同じ利用者さん(軽度のパーキンソン病の方)に両足をヒーリングしてあげた時は、左足側全体が痛く感じたので指摘すると、

「そうなのよ。左足の方がちょっと重たい感じなのよ」

とのこと。転び易いのは正に左足側の方なのだという。

その利用者さんは、冬は電気あんかを使っているというので、できることなら電気あんかから湯たんぽに変えた方がよいと指摘した。ブログでも前述したように、人工の交流電気は歪んだ電磁波を出していて、人間自身に帯びている電気帯を破壊してしまう。それが結局は冷えにつながっていくのだ。


また、私が訪問介護で入っているあるおばあちゃんにも少し時間を引き延ばしてヒーリングさせてもらっているのだが、そのおばあちゃんは薬の副作用のせいか、最近手がしびれるようになってきたという。そのせいで、ボタンをしめるのや、箸を持つのがちょっとしんどくなってきているのだという。

以前に手先だけヒーリングしてあげた時は、あまりよく分からなかったと言われたので、今回は肩から腕、腕から手先と順を追ってヒーリングしてあげたら、特にしびれを感じている右手の方がびりびり感じたとのこと。被施術者が足先や手先にびりびりとしたものを感じる時は、明らかに氣が流れて反応している証拠である。

本当はもっとたっぷり時間を取ってヒーリングしてあげたかったが、仕事の合間に、介護のついでにやってあげているので、その辺は致し方なかった。それでもそれだけの反応があった事には内心ほっとした。

またそのおばあちゃんは、一度転んだことにより腰を痛め、それが原因で片足が歩きづらくなり、杖かシルバーカーを使用しなくてはいけない状態だった。何度か足をヒーリングしてあげた時は、足が軽くなったと喜んでもらった。

しかしやはり湿布があると、湿布を貼ってしまうのである。

湿布があると、その上からヒーリングしてもおそらく効果は半減するだろう。

本当は湿布は貼って欲しくはないのだが、更に言えば本当は薬の副作用から逃れる為には薬を常用して欲しくないのはやまやまだが、流石にそこまでは私が言うことはできない。そこが私にとっては腑に落ちないところである。

だからあくまでもヒーリングによって身体を暖めて身体を軽くする、リラクゼーション効果を与える、ということにとどまらざるを得ない。

でも今は修行中の身なのだから、出すぎたことをせず、それで利用者さん達が身体が暖まったと喜んでくれれば、私にとってはもう充分過ぎるほど良い勉強をさせてもらっているのだと考えるようにした。

これまで、おばあちゃん達にヒーリングをしてきて氣付いたことは、意外と高齢者の方は、仕事もリタイアし、育児からも手が離れているせいなのか、氣の流れが良いと思ったことだった。

それを考えると、明らかに若い世代の方々の方が疲れていると感じた。

一人の子持ちのスタッフに、「きっと貴方の方が疲れているよ」と言ったら、「うん、私もそう思う」と答えた(^-^;


今後、益々ヒーリングをやらせてもらって自信をつけていきたい。

まだまだ、始まったばかりである。

本当に、今年はワクワクしている。

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2010年12月25日 (土)

水疱瘡もヒーリングで早く治す

先日、私の子供が久々に病気をもらってきた。

まあ細かい話をすれば、実際には、それまでもちょこちょこっと親子で風邪はもらっていたが、不思議と熱を出すことがほぼなかったので、仕事を休んだり親に預けたりということにはならなくて、仕事も順調に続けていくことができた。

しかし先日、遂に我が子が生まれて初めて代表的な子供の伝染病に罹った。

それが、最近保育所で流行り始めていた水疱瘡である。

水疱瘡は、熱が出て発疹が全身に広がるが、全ての発疹がかさぶたになったらもう保育所に通わせて大丈夫とのことだった。

とりあえず診断を仰ぐ為に小児科へ行く。

そして当然のように抗ウイルス薬と高熱時の解熱剤と発疹に塗る外用薬をもらった。

その時は結構熱もあって38度7分だった。

しかし我が子は元気に遊んでいた。

とりあえず寝ている時や、抱っこしている時などに、ヒーリングしてあげた。

もちろん薬は今回一つまみも与えなかった。

すると発症してから3日目にはピークを超えた様子で、4日目にはもうほぼ全ての発疹がかさぶたになった。

熱もすぐ下がった。

一応今回は診察後職場に電話して、丸5日間休みを頂いたのだが、最後の1日くらい出た方がいいかなあ、と思ったくらいだった。

でも、自分も一緒に休養する意味でも、今回はありがたくしっかり5日間お休みさせてもらうことにしたのだった。

お陰様で、その合間に年賀状を全部書き上げることができた(笑)

発症して5日目からは普通に子供を連れて買い物にも出掛けた。

まだ顔がぶつぶつ目立つけどね・・・(^-^;

今年のクリスマスはぶつぶつクリスマスだけど、まあそれもいい想い出♪


さて、最近ホメオパシーも敢えて取り入れないようにして、なるたけヒーリングだけで病気に対処するようにしているのだが、由井寅子女史の著書『ホメオパシー的予防』には水疱瘡に関する興味深い話があったので、ここに引用させて頂く。

なんでも、帯状疱疹という病気は、水疱瘡に罹りきらなかった人がなる病気だ、という話である。

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現代医療や薬剤などによって免疫が低下している人が水疱瘡にかかった場合、あるいは症状を抑圧した場合、見かけ上治ったあとも、ウイルスは体の神経節に潜伏することになります。そして過労などで免疫が落ちると、ウイルスが活性化し、胸や背中、顔などの神経にそって、痛みを伴う発疹や水ぶくれができます。これを「帯状疱疹」といいます。その水疱液から免疫のない子供にウイルスが感染すると、水疱瘡になります。

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また、水疱瘡の予防接種をすることが、成人後に起こる帯状疱疹に繋がっている事も話している。以下引用。

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 英国公衆衛生検査サービス(PHLS)は、子どものときに水疱瘡の予防接種を受けると、成人後に帯状疱疹を発症する確立が高くなる可能性があるという研究結果を発表しています。これは、かかりきることのない予防接種によって体内に水痘帯状疱疹ウイルスが埋め込まれた、一種の遅発性ウイルス感染症で有ることを意味しているように思います。
 子どものときに、水痘帯状疱疹ウイルスに感染しても水疱瘡として急性症状を発症することができない状況や、発症しても発疹を薬剤で抑圧され、水痘帯状疱疹ウイルスが体内にとどまる状況のなかでも同じことが生じているように思います。
 特に、高齢になってから帯状疱疹を発症した場合などに、合併症で死亡する危険性が高くなりますので、くれぐれも水疱瘡の予防接種はしないことをおすすめします。

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何度でも言うけど、伝染病は、一度罹ったら、最後まで罹りきらせるのが正解である。

下手に薬で抑圧してはならない。

そして以前にも言った通り、予防接種は怖い。

実際に水疱瘡に罹った時、症状が軽く済んでしまうので、やっぱり予防接種しておいて良かった、と思うかもしれないが、軽く済んでしまうということは、症状を出し切れていないことに等しいのである。つまり、後々帯状疱疹として再び身体を襲う可能性が高くなるということである。

さて、我が子は次はどの伝染病をもらってくるのやら・・・。

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2010年12月24日 (金)

ヒーリングの場を頂く

今年の2月から介護の仕事を再び始めて、もうすぐ1年が経つ。

今の職場は、所長の自宅の一室をデイサービスとして利用しているような、本当に家庭的な雰囲気で少数制の和やかなところである。

そんな場所なので、私も時間にとかく急かされることなく自分のペースを崩されずにできて、生真面目で完璧にやろうとしてしまう自分にはこの緩さが心地良くて合っていると思う(笑)

デイサービスの手伝いの他には訪問介護も何件か受け持っているのだが、これまた誰かに指示されたり誰かの監視の下でやる訳ではないので(利用者さんの家族がいることはあるが)、自分のやり方を全うできてストレスが殆どない。
最初は訪問介護はどうなるかとヒヤヒヤしたものだが、周りが大変だ大変だと言う程のものではないかなあと思った。
もちろん、やる利用者さんの人柄や、身体がどれくらい不自由でどれくらい認知症が進んでいるのかにもよるのだが・・・。
つまり、私はラッキーだということだろう。

そんな中、所長が介護経営に関する資料を見ながら、「介護施設でマッサージとかやっても構わないんだって」というので、私と仲のいいもう一人のスタッフが、「じゃあJunさんの整体のお友達に声かけてみようよ」と提案した。もちろん私も賛成だったので、早速整体の友達に声をかけてみた。

しかし、私の友達と所長の希望や条件が全然合わずにボツになってしまう。

せっかく同世代のスタッフが増えて楽しくなりそうだったのにね~なんてスタッフと言っていたら、所長が今度は私に、「じゃあ”手かざし”とかいうの、やってみたら?」と殆ど唐突に言ってきた。

「所長、”手かざし”って言うと宗教ぽくて怪しいですよ・・・( ̄◆ ̄;)」

「じゃあ、なんて言うの?」

「今の言い方では、”ヒーリング”が一般的です」

所長も団塊の世代の人間で、そういうスピリチュアル関連の事になると全然分からないみたいなので無理もないのだが、”手かざし”という言い方だけはその辺の怪しい団体と間違われそうなので勘弁して欲しかった(´;ω;`)ウウ・・・

確かに”手かざし”でも間違いではない。
身体に手を当てて氣を流すのがスタンダードな方法ではあるが、手を離してかざすように行っても効果は同じだからである。しかし手をかざすやり方だと自分の腕が疲れてしまうのでやらないだけである。


それはさておき、整体の国家資格のある人によるマッサージであれば介護の経営において国から補助が下りるようなのだが、ヒーリングだと下りないのである。でも私がヘルパーと同じ時給でヒーリングをやる分には人件費もかからないしいいじゃない、という訳である。

所長的には他の施設と違った事をどんどん取り入れて、それをアピールする事によってもっと利用者さんを増やしたいのである。

別に時給が変わらないことは私にとっては問題ではない。

それどころか、願ってもないチャンスである。

整体のお友達を呼ぼうと画策した結果、殆どたなぼた的に私にヒーリングする場所が与えられたのだから・・・。

いよいよというか、私にもお鉢が回ってきた、というような気分になった。

仲のいいスタッフには、最近自宅に招いて、全身ヒーリングを体験してもらった。

肝臓が氣になるけど、お酒でも飲んだ?と聞いたら、お酒は全然飲んでないというので、じゃあ何か感情的なものがくすぶっているのでは?と聞いたら、それはその通りとのこと。夫が転職して少ししたら寮に入ることになってしまい、自分に育児の負担がのしかかってきて疲れてイライラしているのだという。

また彼女は随分と右足が足の付け根から足先まで痛かったが、それは右足に重心をかけてしまう癖があると自覚していた。

実際に施設の利用者さん達にヒーリングをする事になった時、どんなものか説明できるスタッフがいないといけないので体験してもらったのだが、なるほどこういうものなのか、とやっと分かってもらえたようだった。

おばあちゃん達に、”ヒーリング”と言ってもチンプンカンプンだろうから、手を身体に当てて身体を温めて血行を良くする療法だよ、と簡潔に分かり易く表現するのが一番いいのかなあと2人で話し合った。

とりあえず来年からぼちぼちやらせて頂くのだが、やはり感じ方には個人差があり、氣の流れが滞っている人ほど感じにくい。だからできるだけ一人当たりにかける時間を長くしたいと思っていて、あとはやりながら考えていこうと思っている。


今年に入って、突然経済的に厳しくなって働くしかないと思い立ち、一番最初に電話して私を雇ってくれたこの介護施設。年末になって、なんとヒーリングまでさせてくれる話が出るとは本当に思いもしなかった。

最初、子どもが保育所に入りたての頃、何度も熱を出して仕事を休むハメになり、迷惑だから仕事を辞めた方がいいんじゃないかと本気で考えたものだったが、夏に入る頃には子供も大分調子が出てきて熱を出すことがなくなり、本当にほっとしたし、仕事も続けてきて本当に良かったと思う。

神様って本当にいるんだね。

試練すら神の贈り物。

それを乗り越えた暁には、大きなチャンスと光を与えてくれるんだね。

だから、もっと自分を出して、自分のままに、前へ進んでいこう。

自ら心のままに風穴を開けてみれば、その先が真に自分の進みたかった場所だと分かる。

全ては直観。

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2010年12月12日 (日)

スキンシップこそ病気予防なんだよ♪

私が毎度毎度自然栽培野菜を摂らせて頂いているハーモニック・トラストさん。
はたまたとても参考になるメルマガが来たので、今回は敢えて”靈氣”カテゴリーに入れて転載させて頂きます。

というのも、実は靈氣とは、つまりヒーリングという民間療法とは、原点がスキンシップにあると言っても過言ではないからです。

ヒーリングとは、手で人の身体に触れる(あるいはかざす)ことで、宇宙にあふれているエネルギー(氣=プラーナ)を、施術者の身体を媒体にして流し込む療法のことです。
それをすることによって、プラーナの取り込みがされにくい身体で病気がちだった人の細胞が活性化し、氣の流れがよくなり(それはつまり血流もよくなりリンパの流れもよくなるということ)、最終的には病気を治癒し、病気にかかりにくい身体を形成します。

ヒーリングができる状態の人というのは、他のヒーラーによる伝授という方法か、我が師匠のように山などで修行を積んで完全に靈氣を自分のものにした場合に気を人や動物・植物・鉱物に流すことができることができる人のこと。しかし、そうでなくっても、実際に人には氣はそれなりに流れているのです。
ただ、人に氣を流して病気を治すというくらいの量が流れていないというだけのことです。それは、現代的な社会に生きて、自然界とはほど遠い場所で暮していることが一番の要因です。

だから、現代的な暮らしをしている一般の人は、身体の所々にある氣の通り道であるチャクラ(穴)が小さかったり歪んでいたり、酷い人では塞がっていたりします。その結果、氣を取り込みにくくして、病気し易い身体になってしまっているのです。

それでも、”愛する人とスキンシップをする”、という行為は、それだけで、お互いの氣の流れを良くする効果があるのです。

愛する人とするからこそ、お互いを信頼し合っているので、チャクラも開き易い。その結果、氣も取り込み易くなり、細胞も活性化され、結果的に病気予防にまで繋がるという訳です(*´ェ`*)

信頼し合うということは、つまり、お互いに心を解放し合うということです。

心を解放し合う者同士のスキンシップが、どれほどエネルギッシュで愛にあふれているか、想像すれば分かると思います♪

実際に、私が訪問介護をしているとある老人夫婦がいるのですが、お爺さんが、「ある日の老人懇親会で、主催者の人が、『スキンシップをすると病気を防ぐ効果があるので、夫婦で毎日スキンシップに励んで下さい』というお話があったもんで、私もなるべく母さん(奥さんのこと)にやるようにしてるんじゃよ」とお話して下さいました。

いやあ、本当に中睦まじい夫婦だなあ、きっとここの夫婦は長生きするなあ、と思いました。

実際に、そこのお爺さんはもう90歳台だもんね~。素晴らしい!

ちなみに、ここの夫婦、薬もなるべく飲まないようにしているとのこと。

更に言えば、お爺さんはどうやら小沢一郎を応援しているらしい(笑)。

日刊ゲンダイの新聞を真剣に読んでいる日があったので(^-^;


おっと、前置きが長くなりましたが、ハーモニック・トラストさんのメルマガで、更にスキンシップの重要性に触れて欲しいと思います。

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第18回 今日のテーマは:「スキンシップ」 
伝統的?科学的?育児の自然をマジメに考える

【このメルマガで今日学べること】
●かつておんぶに抱っこは「悪」であった!?その意味とワケが分かる!
●視覚は一番優れている!味覚、嗅覚、触覚は獣的?そのイミとワケは?
●触れない・甘やかさない、自立した人間を作る?「科学的育児法」とは?
●自然は周囲を敵と考える?人としての情動を養うため、埋めるべき溝とは?
●栄養・運動・生活環境、すべてにおいて完全!それなのに子供が死んでい
 く・・・、その最大の問題点とは?

それでは本文へご案内しましょう。

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“♪母の背中で聞いた歌を道づれに・・・♪”


いきなりですいません。


今回はテーマにちなみ、『いい日旅立ち』(作詞・作曲 谷村新司)から入ってみました。


おんぶにだっこ、そして添い寝。このように日本の育児は、赤ちゃんとべったり。かわいくて、愛しい我が子だから当然そうなりますよね。


でも、


おんぶや抱っこは子供を甘やかすこと。それは自立心にあふれた人格形成のさまたげとなる。「野蛮な行為を慎むように!」、そういわれた時代があったのです。


それは一体どうしてなのでしょうか?何を根拠にそんなことがいわれたのでしょうか?


今回はスキンシップの重要性を学ぶことで、自然な育児法について考えてみたいと思います。


おんぶに抱っこ。スキンシップは、情感を形成する“カギである”といわれます。


一方、“抱きグセがつくから”といって、いき過ぎを戒める声もあります。


親子の密着したスキンシップ、“ベタベタ育児”を主流としてきた私たち。でも、欧米流の“触れない育児”が奨励された時代があったのです。それについて見ていきましょう。


鎖国から開国へ。


明治時代の日本におけるスローガンとは、ずばり!“欧米列強に負けるな!”です。強力な国家をつくる必要に迫られた政府は、自立した国民の育成を課題にしたわけなのです。


何ごともはじめが肝心。だから幼児教育に力を入れなければならない。そこで採用されたのが欧米の「科学的育児法」だったのです。それこそが正しい育児で、抱っこや添い寝は野蛮であると一刀両断されたわけです。


当時の文献はけっこう過激です。ドイツの医師クレンケは添い寝の習慣を「いやしくも開花の民たる者は為さざるわざ」としています。また医師・柴田敬斎は「おんぶは猿にも似た野蛮の陋習」とまでいっているのです。


愛情などは非合理的なしろもの。経済成長に何ひとつ貢献しない野蛮で無意味なもの。


こうして「触れない育児法」はアメリカの心理学者ワトソンによって推奨されたわけです。そこではだっこやキスが禁じられ、幼児との握手を正しいとしたのです。育児における愛情面をなるべく排除して、科学的にプログラム化していく。まさに時代の為せるワザ、育児においても「合理化・効率化」が叫ばれたというわけです。


心理学者プレスコットによると「科学的育児法」によって育った子供たちは、不安や抑うつ傾向を示し、人間関係のトラブルなどを引きこす傾向が顕著であったといわれます。
(以上、『子供の脳は肌にある』山口 創 著 光文社新書 要約)


人は本来的に、他人に対し、恐怖や不安を感じるようにできているといます。いわば他者や外界は敵、それが人としての自然であるというわけです。


でも幼少期のスキンシップを通して、恐怖を克服していくと考えられているのです。肌同士の触れあいは、人間としての情感を養うのに欠かせないことがら。子供はスキンシップを通じて、他者との協調性やコミュニケーションを習得するといくものなのです。
(以上、『皮膚感覚の不思議』 山口 創 著 講談社ブルーバックス新書 要約)


引きこもりの原因は幼少期の「スキンシップ不足」にある、そう指摘する声も少なくありません。人がいったい何であるか、そのことを垣間見るようにも思えてきます。


それにつけ思うことは、以下のことがらです。


独裁政権で悪名高いポーランドのチャウシェスクは、“産めよ・育てよ”の政策を実行した。結果、町に孤児が溢れたため、孤児収容所が作られた。


そこでは栄養も運動も科学的に管理されていました。生命に関わるような問題は一切起らないはずであるにも関わらず、子供が次々と死んでいったそうなのです。


人は栄養だけで生きるものではない、このことを物語っているようです。どんなに栄養や運動が十分であっても、愛情が極端に不足すれば、人は生きられない。だから子供にはたっぷりの愛情を注ぎ込む必要がある。それ
を指し示しているというわけです。


だからといってモノにはやはりホドがある。大きくなっても母親が子離れしないで溺愛しているようでは、異性への関心が低くなってしまう傾向も指摘されます。またスキンシップの対象が母親ばかりだと、さまざまな
問題が生じるといわれます。


「触覚」はとても大切なもの。
足りなすぎても、多すぎてもダメ、少な過ぎるのも、触れ過ぎるのもダメ。万事は偏ってはならずバランスが大切。このようなことがいえそうです。


今回は育児とスキンシップについて考えてみました。


次回もお楽しみに!

参考・引用文献
『皮膚感覚の不思議』 山口 創 著 講談社ブルーバックス新書
『子供の脳は皮膚にある』山口 創 著 光文社新書

参考文献
『感性の起源』 都甲 潔 著 中公新書

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昔はおんぶや抱っこなどが”悪”とされていた、という内容には私も驚きでした。

しかし、実は靈氣療法も、第二次世界大戦で敗戦後に、しばらく禁止になったという話を聞きました。

日本人が持っていた大和魂や、靈氣などに見られる見えない力・自然の力による病気治癒能力を奪い、資本のみで人を動かすことができるように欧米の権力者達が仕組んだ結果でしょう。

しかし今は、先に欧米で日常的に使われ始めた靈氣も、もはやその欧米から逆輸入されて、急速に広がってきています。

この扉が開かれて、実際に靈氣を体験し、効果があると知った人々が沢山出てきた今、もはやもうこの流れを止めることはできないでしょう。

確実に、見えないエネルギー的次元に着目し、それを利用し、更には自分がエネルギーそのものであった事を知る時間の流れができあがっています。

この波に乗り遅れないで下さいね。

スキンシップは愛。愛は自然。自然は光。光は神。神は宇宙。

どんどん繋げていきましょうね♪

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2010年7月21日 (水)

初断食

靈氣を高める修行の一つに、断食行がある。

私はまだ断食はしたことがなかった。

師匠に特にやれと言われたこともまだなかった。

同じく私のように勉強している別の人が、断食1週間やってみなさいと言われていたので自分も言われるかなと思ったけど、自分の場合は小さい子供がいたので、育児を通して、家族にヒーリングを沢山して、病気でも何でも治してしまえと言われたのだった。

だからもちろん、家族へのヒーリングは、なるべくやるようにしているのだけど、だからといって、断食しろと言われるまで断食しなくていいのかと言えばそうではないだろうなあとも思った。

とにかくまだ一度も挑戦したことがなかったので、とりあえず一度はどんなものだかやってみる必要があるだろうと思った。

正直、急激に暑くなり、食欲も落ちていた。
最近、無理して食べているような自分がいた。

靈氣の勉強をしていても、まだまだ完全に自信がついていない。
よくできる時と、そうでない時とムラがある氣がする。

旦那と子供に料理するのに自分だけ食べないでいるなんて、そんなのありえない!と思ってやるのを躊躇していたが、なんだかもっとやんなくちゃと思った時、その勢いで断食を決行してしまったのだった。

まあ、1日だけだけどね(;´▽`A``

訪問介護の仕事がいくつかある日だったけど、お茶だけはがぶがぶ飲んでバテないようにして仕事した。

食事をしないでいると、段々自分自身が軽くなっていくのを感じた。
食事して常に胃に何か食べ物が入っている状態は、胃を疲れさせてしまうのだという。
時には胃を休めてあげる時間が必要なのだという。
今の文明は、1日3食が基本になっているが、それだと殆ど常に胃や腸に食べ物が入った状態である。
しかも、化学物質まみれの加工食品や、農薬・化学肥料だらけの野菜、環境ホルモンに晒されている肉や魚で胃や腸を汚染してしまっている。活力あふれる食べ物は殆ど出回っていない状態。
だからこそ、断食をして、胃や腸の活動を休めると共に、体内の毒出しをする必要があるのである。

もちろん、断食をしていてしんどくないかと言われればそうではない。
朝と昼を抜いたくらいはそんなに辛くなかった。
だけど流石に晩を抜いた後はちょっと空腹感でしんどくなった。
翌朝起きた後は、もっとしんどかった。
段々精神的にも余裕がなくなってくるのである。
なるほど~、空腹感というものは、こんな感じなんだなあと実感。
満足に物が食べられなかった昔の人々(特に戦争中)は、日頃からこんな感じだったのかと思うと、いかに自分が生きている今の時代は飽食なのだろうかと改めて思った。

断食を、2日3日と続けていこうとするならば、しっかりと気合を入れて、丹田に強く意識を下ろしていかなくちゃならないのだなあということも感じた。
だからこそ、靈氣を高めるのにもってこいの修行なのだろう。

今回は、翌日も仕事があったし、周りに迷惑かけたらいけないなと思ったので、予定通り1日で終了。

朝に食べたおかゆに塩を振ったのが、こんなに美味しいとは。

もちろん最初はお腹がびっくりするので、少しずつしか食べられなかった。

でもお昼にはもう食パン1枚が食べられた。
晩は普通に食べた。

1日断食したくらいでは体重が減らなかったのは少々複雑な気持ちだった(;;;´Д`)

今の私の場合は、断食の期間を延ばすことを考えるよりも、1日断食を年に何度か定期的にできるようにする事に重きを置いた方が家族や職場にも迷惑がかからないだろう。

うん、それならできそう♪

無理はしないけど、でも、やれると思ったことはやらなくっちゃ。

とにかく立ち止まってはいけない。

これでいいという事は一つもない。

それだけを肝に銘じて、ただ自分の道を歩んで行くだけ。

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2010年7月 1日 (木)

ヒーリング体験②

ヒーリング体験②と言っても、体験会そのものは、既にこれまでもちょこちょことはやってきた。

今回面白かったのは、なんと小学時代の友人が一気に3人集まってモニターになってくれたことだった。

既に私の妊娠中に一度ヒーリングを受けてくれた友達K子がいて、その子にまたモニターになってもらう予定ではいたのだが、なかなか機会が巡ってこなかった。

そして最近久々に会ったY子ちゃん。
もう小学生二人の立派な母親である。
このY子ちゃんに、ヒーリングの勉強をしていると言ったら、意外にも食いついてきてくれた。
実は彼女は近所のママ友達に誘われた関係で、最近ヨガに通っているのだという。
ヨガをやった後のリラックス効果は実際に知っていたので、ヒーリングについても興味を持ったのは寧ろ自然なことだったのかも知れない。

Y子ちゃんにヒーリングを体験してもらうのなら、我が子をその間に見てくれる人が必要なので、2人が一気にモニターになってくれて交代で我が子の事も見てもらえたらとても助かる。
じゃあもう一人はどうしようとなった時、K子の顔が浮かんだ。

K子はY子ちゃんとは同じクラスになったことはなかったものの、顔はお互いになんとなく覚えていたという。
それで、一度私の結婚式の披露宴の時に同席にして、お互いが再会したことがあった。

よし、このメンバーで行こう!
そしてお互いに事情を説明すると、即決だった。
やったね♪

その3日後、今度は関西に自宅を持つNちゃんからメールが来た。

「今実家に戻っているので良かったらまたうちの子供と遊んで~」

とのこと。
Nちゃんにもうちと同い年の子供がいるのだった。

うむむ、丁度ヒーリング体験会の日がNちゃんも空いてるんだね・・・。
これって、もしかして、誘えってことかも?!

そして思い切って誘ってみたら、これまた即決だった。
NちゃんはそれこそK子やYちゃんに会うのは10年以上ぶりなのだ。
皆に会いたいというのが一番の動機。そしてヒーリングというのもとりあえずやってみたいとのこと。
いやあ、なんだかすごい再会になりそう♪

そして4人+2人の子供で久々の再会を果たした。

予め自分の頭の中で段取りを組んでいたので、その通りに体験会を進めた。

Y子ちゃんは、ヨガをやった後と同じような気持ちのよいリラックスした感じになったとのこと。
Nちゃんは、氣を流してもらうという事自体初めてだったけど、途中途中で私の手が熱く感じられたとのこと。
既に1度受けているK子は、以前やってもらった時よりも、より手の熱さがじんわりと感じられて氣持ちが良かったと言ってくれた。

みんな背中が疲れていた。
あれやんなくちゃ、これやんなくちゃといつも忙しなく動いて緊張感の取れない人は背中が疲れると思う。
まあ私もそうなんだけどね(^-^;
そして足もみんな疲れていた。特に足首。
なんだかんだ主婦はちょこまか動いているからねえ。
更に、特にアルコールを日常的にたしなんでいるNちゃんは、肝臓がお疲れだった。
たかが1日1杯と言えども、肝臓がアルコールを解毒するのに不必要なエネルギーを使っているのだから、できるだけ飲まない方が良い。
Y子ちゃんは、ヨガに通っているせいか、他の二人に比べると疲れがなかった。
全くないとまでは言えないが、一般の人の中では安定している方だった。
首が最近凝っているというK子は、私が手当てすると、やはり他の部位よりもより熱くヒリヒリする感じがした。
「咳が出たりする?」と聞くと、咳まではいかないが、いつもイガイガしていてエッヘンと喉を鳴らしているとのこと。
「あまり言いたいことを口に出さないでいることが多いのかな?」と聞くと、その通りだとのこと。
言いたいことはなるべく口に出して言った方がよい。
特に地球の波動が上がっている今、言いたいことや悩みやストレスを身体に溜め込んでいると、それが余計自分の身体にダイレクトに反応し、病気になりやすくなってくるのだ。

今回もとってもいい勉強ができた。
そして昔の懐かしい話にも花が咲き、とても有意義な時間になった。

3人の友人と、その間いい子して遊んでくれた子供達、本当にどうもありがとう。

感謝してまた経験となる。

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2010年6月28日 (月)

靈氣三昧修業三昧

前回のブログをアップしてからすぐに、なんと保育所から電話がかかってきた。

「お子さんが今熱が37.7℃ありまして・・・」

わおおお、きたか、これが今流行りの熱が出たり引っ込んだりする熱風邪の実態なのか・・・。

と結構ショックだった。

確かに3日前の熱はすぐにヒーリングで下がったのである。
そしてしばらくは何事もなくずっと元気だった。

ただ、平熱が普段よりはやや高いかなあ、とは思った。
でも夏の暑さのせいかも知れないとも思った。

しかししかし、ウィルスは完全に撲滅された訳ではなく、今か今かとまた体内を蠢く機会を伺っていたのだった。

そして今回また熱が上がってしまった。

といっても子供そのものは普段のように変わらず元気そうだということだったので、そのまま様子を見てもらうことにして、私は仕事に出掛けた。

遂にその日は保育所に呼ばれることなく無事に仕事を完遂できた。
昼寝している間に熱が38℃くらいまでいったものの、起きて夕方再度測ったら、37.3℃まで下がったというのである。

う~ん、流石は親孝行な我が子。と親バカぶり発揮。

翌日は念のため、旦那の親に子供を預けて仕事に行った。
しかしその日は37℃ちょいくらいで推移していた様子。
夕方はもっと熱が下がったのでもう治るのかと思ったら、夜は少し熱が上がった。

翌日は自分は仕事そのものがなかったので、子供も保育所を休ませて様子を見た。

そしてもちろんヒーリング三昧。
子供の寝ている時に、自分の睡眠時間を削ってまでヒーリングに時間を費やした。

翌日は、37℃ちょいくらいの熱が続いた。これはヒーリングしても殆ど変化はなかった。
ただいろいろ家の用事で出掛けなくてはならなかったので、子供を連れてあちこち行ったが、その間に熱は36.6℃まで下がった。

どうやら寝ている時に熱が上がって、動いている時に熱が下がるという特殊なウィルスらしい・・・。

そして熱の本番ぽいのがやってきた。
夜勝手に寝てしまったので、そのまま布団へ運び、ちょっとおでこを触ったら、結構熱くなっていた。
測るとなんと、38.5℃。
またもヒーリングしなくちゃとそのまま手当て。
よく見ると、両耳の後ろのリンパが腫れて膨らんでいた。
1時間ほどヒーリングすると、更に熱が上がったような感じになった。39.2℃までいった。
どうしよう? これ以上ヒーリングしてていいのだろうか? 好転反応(回復に至るまで一時悪化したような状態になること)だったらいいのだけど・・・・・・。
でももう自分も限界だった。眠いのだった。

これまでもそうだけど、眠い時にヒーリングしても、段々うとうとしてきてしまって集中力がなくなり、返って良くない。自分にある軸もぶれるし、下手すれば悪いものをもらってしまうかも知れない。そんな事がたまにあった。
そういう時は殆ど効果が出てないように感じた。
あまりがむしゃらにやり過ぎても自分を疲弊させてしまうだけだなあ。
もっと自分の軸を真っ直ぐにして無心でやることが確実にできれば、もっと分かり易く効果が出てくるのかも知れないなあ。
そんなことを思った。

子供の事は心配だったけど、もう諦めて自分も寝ることにした。

そして翌日。

朝起きた子供の熱を測ると、まだ熱があった。38.2℃だった。
これは観念して、もう一度病院に連れて行くしかない。
そして仕事も今日は休もう。自分も疲れてしまった。子供と大人しく過ごそうと思った。

病院では、「これだけ熱が上がったり下がったりしてるので、体温をグラフにしてきて。それから出された薬はしっかり飲みきらないと、薬を具合の悪い時だけ飲ませたのでは、病気の過程が変わってしまってこちらも判断しにくくなってしまうから。今回は耳の後ろのリンパの腫れがあって、風邪だけとも言い切れないので、とりあえずリンパの腫れを抑える抗生物質を出しますので飲んで下さい」などいろいろ言われる。

もちろん薬は殆ど飲んでいない。
一度親に預けた時に、2回入れたのみだった。
今回は抗生物質が出てしまった。抗生物質こそ飲ませたくないなあ。
ここは何としてでももう再診するはめにならないように治ってもらわなくっちゃ。

しかし、どうも病院を去る頃には熱が引けてきたようだった。おでこが熱くない。
帰宅して熱を測ったら、なんと、36.5℃まで下がっていた。

そして、それ以降はもう熱が上がる様子は全くなかった。
本当に熱が下がってしまった後は、寧ろおでこは少々冷たく感じられた。

なんとか病気を克服できたのだろうか? 殆ど自然治癒力で乗り切ったのだろうか?

翌日になると、耳の後ろのリンパの腫れが大分引けてきた。
子供も元気そうだったので、仕事のないこの日は子供を連れて買い物に出た。
しかし、今度は顔の両頬に赤い湿疹みたいなのが出ていることに気が付いた。
ようく見ると、背中にも出ていた。

うわわ、伝染性の病気じゃないよね?!
買い物から帰って、ネットで調べた。
熱が続いた後に出る湿疹は、麻疹や風疹や水疱瘡などの伝染性のものだけでなく、普通の風邪でも出ることがあると書いてあった。

しかし念のため、もう一度病院に行った。先日行った病院は休みだったので、実家近くの病院へ車を走らせた。
そこでは、伝染性のものかは原因が分からないので特定できないと言われてしまった。
そして普通に飲み薬と塗り薬を渡されて終わってしまった。
病院によっても本当に医者の対応のなんと違うことか・・・。

しかし背中の湿疹は夕方には少しずつ引けてきていた。
ここは薬を飲まずにヒーリングだけはして経過を看た。

翌日になると、背中は殆どなくなり、両頬だけちょっと残ってる状態になってきた。
耳の後ろのリンパの腫れも殆どなくなった。
そして夜には大分湿疹がなくなってきてしまった。

・・・母ちゃん、ほっとした~~~(;;;´Д`)ゝ

もう熱も全然ないし、湿疹も殆ど消えてきたし、今度こそ、今度こそ、この厄介なウィルスとおさらばできるんだねえ。あとは便が緩いのと、朝起き抜けに出る空咳がなくなれば完全完治だと思う。

とりあえず我が子よ、よくやった!!

結局1時間で完全完治なんて、まだまだひよっ子の私には高すぎる目標だったけど、全く手応えがなかった訳ではないし、いろんな学びの時間になったことは間違いなかった。
もっと何度でも靈氣を実践して、子供の病気がまた始まっても振り回されずに対応できるようになりたい。
自分のヒーリング力だけでなく、子供の自然治癒力を信じ切ってあげられるようになりたい。

ブログもやっと更新できました(^-^;

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