潜在意識の独り言

2012年8月 4日 (土)

透明とは何か

透明とは何か。

透明とは、全ての色を統合した色。

透明とは、全てを許した後の色。

透明とは、あらゆる喜怒哀楽を味わい尽くした後に現れる色。

心を透明にするには、いろんな氣持ちを味わい尽くして、その全ての感情を許し、そして統合することである。

私にはまだ許せない感情が残っていたのだろう。

しかし、その許せない感情も、今徐々に許せるようになっていると感じている。

謙虚であることは必要だ。

しかし、謙虚さは、度を越すと下心になる。

怒りを持つことさえ必要だ。

ただ、怒りも度を越せば憎しみになる。

悲しみも苦しみも味わうことが必要だ。

要は、バランスをどう取るかということだ。

全ての感情・感覚・色彩がバランスよく統合された時、初めて無心になれる。

統合するとは、ポジティブになるということである。

ポジティブに全てをバランスよく体験し切った時に、初めて無我の境地に入れるのだ。

度を越した感覚を持ってしまった、これ以上いくと戻れなくなると感じた時に、別の感情が湧いてくるのを止めないことだ。

別の感情が湧いてくるのは、それは心のバランスを取ろうとしているのである。

だから止めてはいけないのだ。

あまりに謙虚になり過ぎて、相手が自分を見下すような態度を取ると感じた時に、私はいつも自然に怒りの感情が湧いてくる。

その感情はバランスを取る為なのだ。

そしてその感情に任せておくと、いつの間にか相手がそれを察知して、見下すことを止めるのである。

だから、感情の自然な流れを、どうか止めないで欲しい。

そして、止めない状態で、今の自分をよく内観して欲しい。

どうして自分は今この感情を抱いているのだろうかと。

心が取ろうとしているバランスを、どうかどうか止めないで下さい。

そして全ての感情を抑えつけず、また一つの感情に固執せず、感情の変化を静かに見守れる自分を常に心の中心に置いて過ごして下さい。

泣いてもいい、苦しんでもいい。

ただその行為がどこから来るのか、どうしてそうなったのか、いつも心の中心で見守って下さい。

それをやり切ったと感じた時に、自分の心が清々しく透明になっていくのである。

心の中心と心の外側が同化されて”真心”になるのである。

それまでの全ての出来事が、作り事でない、心の底から生まれた”ありがとう”の出来事に生まれ変わるのである。


正直、今の自分はまだまだ苦しい状況にあると言わざるを得ない。

しかし、これも聖なる山を登っている途中の一場面に過ぎないのだと感じている。

山は登れば登るほど、疲れが出る。苦しくなってくる。

でもその一方で、一歩ずつ山頂に向かっているのだと確信すれば、頑張ろうという氣持ちも湧いてくる。

ただただ目の前にある山道をひたすら歩き続けるだけ。

聖なる山という名の神様は、ちゃんとスタートとゴールを用意して下さっているのだ。

信じて歩き続ければ、必ずやゴールに辿り着けるのである。

私は今、聖なる山という神様を登っているという確信がある。

選択は間違っていないという確信がある。

だから後は、信じて歩き続けるだけ。

バランスを取りながら、全ての感情・感覚・色彩を味わって許しながら…。

心が透明になる頃には、感謝の氣持ちで景色が滲んで見えなくなる程の涙で、山頂を濡らすだろう。

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2012年7月 4日 (水)

悟るとは信じ切ること

悟るってなんだろう?

悟るまでの過程には、必ず苦しみもがく心の起伏がある。そして、その過程を経なければ、絶対に悟ることはできない。

私は師匠によく言われる。

「神を信じ切りなさい」と。

確かに私は今まで神様を信じてきた。

しかし、信じ切れていたかは部分部分でしかなかったのかも知れない。

信じ切るとは一体どういうことかと考えた時に、

そうか、悟ることなんだ、と思った。

悟った時の感覚は、とてもまっさらで清々しくて、腑に落ちて、つまり無心の状態に同義である。

本当に苦しい感情を味わい尽くした後に、

やりきったんだからこれでいいんだ、結果がどうであったかにかかわらず、私は本当にこのあるがままの姿で神に認められているのだ、という”空”で満たされた感覚がやってくる。

それが、信じ切ることなのだ、と思った。

そう、”結果”はどうだっていいのだ。結果に捉われているうちは神を信じ切ったとはお世辞にも言えないのである。

それはつまり、もがき苦しむ感覚は結果を氣にしてこそ表れてくる感覚だからである。

最初から”目に見える結果”という呪縛があるからこそ、人は苦しむのだから。

そして苦しんでいるうちは、まだ”神様を信じている”というレベルにしか過ぎない。


悟りとは、人生の中においてあらゆる局面で表されていくものである。決して聖者が修行して得た時の感覚だけのものではない。

日常的にも悟りの感覚はいくらでも味わうことができる。

掃除をやり切った時。

一つのアートを完成させた時。

人間関係で悩み抜いた後。

病気を克服した時。

本を読破した時。

締切のぎりぎりの時間まで仕事を夢中でやった時。

久々に大ゲンカをした後。

そして死ぬ覚悟が決まった時…。

いつどんな場面においても、悟ろうとしているのか?

つまり信じ切ろうとして行っているのか?

私が勉強しているのは、つまりそのことであった。

ただ本を読み終えたのでは悟ったとはいえない。

ただ掃除をし終えたのでは悟ったとはいえない。

本をちゃんと読んでちゃんと理解できたと思えた時、初めて悟れるのだ。

床を納得がいくまでぴかぴかにして、これ以上キレイにできないと思えるくらい掃除したと思えた時に、初めて悟れるのだ。

今勉強している靈氣道は、正にこのことであった。


私には”信じる”を超えた”信じ切る”氣持ちが今こそ必要な時だと分かった。

そして今、苦しくてもがいている自分をようやっと超え始めたという感覚がある。

人は自分自身の人生を歩むことに関しては、どうしたって、予めプログラムしておいたプロセスを体験を通してしか実感できないようにできている。

だから、直観ではこうなるとは感じていても、実際に体験をしてもがき苦しまなければ直観の通りであったと実感できないし、絶対に次のステップに行くことはできないのである。

今の私の苦しみは、それをしっかり体感して知り尽くす為に必要な過程だったとよくよく分かった。

今回の悟りは私にとって大きな意味をもたらしたと思う。

今は今のこの自分を愛そう。自分をしっかり愛でる時期にきたのだ。

そしたらまた何かが変わっていくのだろう。

もちろん、また苦しまなければならない時期が訪れるだろうということもよくよく感じている。

でもその苦しみはおそらく今味わっている苦しみとはまた違う種類のものになるのだろう。

もし同じ種類の苦しみが訪れるのだとしたら、その苦しみは少なくとも今回の苦しみよりは穏やかになるだろう。

既に一度体験したのだから。

こうして少しずつ苦しみが穏やかになっていき、最終的にはいつでも無心の状態でいられるようになればこそ、それは聖者が修行した後の所謂”悟りの境地”に行きつくことができるのだと思う。

信じ切る為にはもがき苦しむプロセスを踏まなければならない。

しかし信じ切れた道には必ず光が差し込むのである。

その道こそ神が指し示す道なのである。


小さなことからコツコツと悟っていく。

それが”行”なのである。

合掌。

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2012年4月26日 (木)

小沢一郎万歳!!!

遂に小沢一郎が無罪を勝ち取った。

はっきり言って、無罪なのは当然の事実。

しかし、本当に些細な誰でもやるような記入ミスを大きな問題に仕立てあげ、裁判沙汰にまでして、秘書等3人までも巻き込んで、本当にこの世を手中に収めたい輩のやる事は露骨である。

でもそれも空回りに終わった。

神の力はいよいよ大きくなって、真実を見るものにだけ光を与えていく。

神の岩戸開きはもう間もなくである。

これから日本の政界も大きな改革が起こるだろう。

本当に国を良くする力があるのは、小沢一郎その人である。

ただ、露骨な連中は悔しさ余って何をしでかすか分からないから、これからこそ、本気で小沢一郎を守っていかなければならない。高裁への控訴という事も十分ありえる。

私も事がなかなか進まずにやきもきし、静観しざるを得なかったけれど、政界にもうっすらと光が差し込んでいく様を見せて頂き、また希望が湧いてきた。

これからは日本の時代である。

日本が世界の中心となって、地球を動かしていく。

いや、地球と波長を合わせていく、という方が正しい。

そして日本にお世話になってきたアジア諸国、そして表面上はライバルのようにさせられてきた社会主義諸国が日本の味方になって、世界中を席巻していくだろう。

まだまだ小沢一郎絡みの押し問答は表面上続くかもしれない。

しかし、それも新しい時代とのタイミングを図っての戦略であるということだ。もう氣にするに値しない。

一度無罪判決が出た以上、まだ小沢が悪いと思っている人々が少しでも目覚め、新しい時代についていけるように祈るばかりである。


ちゃんと地球の声を聞いていますか?

ちゃんと自分の心を観ていますか?

この二つは全く同じ意味ですよ。

合掌

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2012年1月 4日 (水)

2012年が始まりましたね

マヤ歴が終わりを迎えるとされている今年。

しかし実は既にもう終わっている、という説もある。

詳しくはこちらのブログに詳しい。

確かにフォトン・ベルトのことを考えたら、もう地球は既にフォトン・ベルトという光の帯の中に殆どすっぽり覆われていることには違いないのだから、その辺の細かいところにこだわる必要もないということになる。

その意味で言えば、もう3次元的な今までの物質至上主義的な価値観念を既に離れ、もっともっと愛に満たされた5次元世界に意識を切り替えていなければならない、ということである。


私自身は、度々ぼやいてきた通り、このブログは正に私の心の浄化の為に書いてきたのだ、と言える。

だから正直な話、自分のブログを読み直してみると、このブログを書き始めた頃の私はまだ恐怖心が抜けていなかったし、また、その恐怖心から抜け出したいからこそ、このブログ空間に思いの丈をぶちまけてきたのだと改めて実感している。

そして今の感覚とブログ書き始めの時の感覚は既に大きく様変わりしている。

それも記事の書き方や内容を遡って行けば、他の読者から見ても一目瞭然だろう。

もちろん、最初の頃の知識ではまだ不十分だった点もいくつかある。これは認める。

今の方がより知識が増えて、逆にこのブログ空間にすら書けないと感じたコアな真実に触れる機会を与えられ、困っているほどである。

残念ながら、このネット上に飛び交っている無数の情報でも網羅し切れていない話もある。

そしてそれらの情報の殆どが、私自身がその内容について書く立場には絶対にないだろう、という話である。

だから、新たに分かったそういったコアな話については、残念ではあるが公開を控えている。

という訳で、このブログに書いてある、マスコミが絶対に流さない話の数々は、あくまでもネットから拾い上げて、自分が直観的に正しいと感じた情報を集めている、という事をご理解頂ければと思う。


さて今年1年は、私自身は更に更に心をシンプルにしていきたいと思う。

今までこれらの記事を書きながら、どんどん洗練されて確信を得た思いとは、


自由


この一言に尽きる。

自由こそ"無償の愛"なのである。

何の規制もなく、こだわりもなく、しがらみもなく、自分の心のままに動ける世界。

そんな世界に生きることができたならば、どうして人の氣持ちが分からない人間になるだろうか。

どうして自然の摂理を壊そうなどと思うだろうか。

どうして怒りや苦しみや悲しみの感情が湧くだろうか。

どうして病気になどなるだろうか。

完全なる自然のみの世界を今一度想像してみよう。

自然のみの世界で生きることはとても大変だ、と考える人は、それも残念ながらマスコミの洗脳をくらっていると言わざるを得ない。

農業をしなければ食糧が得られない?

そんなことはない。

山では今でも山菜が自生して食べ放題である。

きのこや雑草類も、ちゃんとそれらの性質を見極める能力さえ高めれば、それが食べても大丈夫なものか分かるようになるので食べ放題になる。

魚を獲る行為も、直観と運動能力を鍛えればすぐに難しくなくなるだろう。

更に言えば、イメージしただけで食べ物が目の前に現れる世界がこれからやってくる、とは師匠の弁。

それに本当は靈氣の能力を磨いて、常に自然世界の氣と自分が一体化できるようになれば、食べ物がなくても生きていくことが可能になるのである。


この3次元世界が完全に終わりを迎えて、突然にして、愛に満ちた自由な完全自然世界で暮らすことになったとしても、すぐにその環境に適応できるように、今から直観力と身体を鍛えなさいよ、というのが私が今一番言いたいことである。

もちろん、まずは生き残って地球人としての役割をしっかり果たす決意をして下さいね。

話はそこからです。


その時がいつになるのか。

そりゃ目覚めている人がまだまだ少ない今、なるべく遅い方がいいのですが…。

逆に目覚めている人が少なすぎて、その時期を遅らせることがなかなか難しい状態にあるのも事実だそうです…。


2012年のマヤ歴が終わるとされている12月21日(23日説もあり)は、もし何か大きな出来事があるとしたら、それは世界の支配層の仕業になるのではないか、と私は見ている。

もしくは何も起きないで済むか……。

でも今の今まで、これだけ沢山の恐怖心を煽るような演出をしてきた輩達だから、何かを起こそうと計画している、という風に覚悟はしておいた方が良さそうである。

それが尻切れトンボに終わるか、それとも見事に支配層達の目論見が成功して、世界統一のリーダーを出現させてNWOの世界に導かれてしまうか…。

どうなっていくかは、目覚めた人の数の多さで決まるだろう。

この世界のからくりに目覚めつつある人達は大分増えてきたのがありがたいのだが、じゃあどうするか、という具体的な行動を起こす人達が残念ながらまだ少ない。

具体的な行動を起こせなければ目覚めたことにはなりません。

そして現在の秩序を見直す為の政治的な活動や地域活性へ向けた活動を起こす方が増えてくれたのはもちろんありがたい。

ただそれ以上に、もっと見えない世界に目を向けてくれる人間が必要なのだ。

見えない世界(魂の世界及び自然エネルギーの世界)を浄化・調整し、宇宙の法則について心から理解する事が本当に必要だと思ってそれを実行してくれる人達がまだまだ少なすぎる事がとても惜しいのである。

本当は、この見えない世界について覚醒してくれる人が増えてくれることが、地球にとっても宇宙にとっても急務なのである。

そして、一番直接的でエネルギー源となる”祈り”を捧げてくれる人達を地球は欲しているのである。

それだけはもう間違いがない。


地球の行く末を想像すれば、もう祈らずにはいられまい。

江戸時代以前は当たり前に”祈り”を実践していた日本人よ、今こそ覚醒せよ。

地球は、最も神について知り得ている日本人の覚醒を心待ちにしているのだから…。

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2010年12月30日 (木)

激動の足音が聞こえる

皆さん、とうとうこの2010年というある意味転換期の年も終わりを迎えようとしています。

皆さんにとってどんな年になりましたか?

私は、前述した通り、この1年は本当に自分自身の心・魂・肉体の全てが激変した年だったと思います。そして、自分の心をしっかりと見つめながら、自分にやってくる様々な出来事の意味を噛み締めながら生きてきたつもりです。

お陰様で魂の浄化は確実に進みました。

そして来年は、更なる心の浄化の年になっていくと思います。

自分という魂の下にやってきた波が、自分をどこへ運んでくれるのか、それを感じる事が本当に大事です。

ボヤボヤしているとその波はすぐに去っていってしまいます。

次の波を待つ時には、周囲の魂はどんどん次の段階へ進んでいます。

もう怯んでいる時間はありません。

だからといって、自分を急かしたり、無理な事をしろ、と言っているのではありません。

自分の前にやってきた波にしっかり乗れ、そのチャンスを逃すな、と言っているのです。

それが”直観を働かせる”という事です。

正直、私は、今回この大きな波に乗ったことによって、目眩がするような変化を味わい、今でも尚少々頭が混乱している気分です。

そして来年は、自分自身も更なる変化を経験することになると思います。

それは表面的なもの、というよりも、内面的なものの方が大きいかも知れません。

内面的な激変の後、そのまま表面的な事柄が変化し始めるという感じがしています。

私の場合、キーワードは”我が子”にあると思っています。

これから益々言葉が増えて、幼稚園にも通い出し、この地球上に生まれる前の出来事などを少しずつ話してくれるかも知れません。

実際、どこまで本気かは分かりませんが、我が子にちょっと質問してみました。

私「あなたは一体、どこから来たの?」

我が子「お星様!」

私「そうなんだ~。あなたはどこのお星様から来たのかな?」

我が子「太陽!」

私「へ~!太陽から来たの~。じゃあ太陽人だね♪」

我が子「・・・太陽人!」

どこの星から来たのか聞いたら、間髪入れずに「太陽!」と答えたのがすごく印象的でした。

まだ3歳になったばかりなので、どれくらい本気で言っているのかは定かではないけれど、やはりこの子はクリスタルチルドレンではないかなあ、とは前から思っています。

クリスタルチルドレンについては、こちらのサイトから転載させて頂くので是非参照して下さい。

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クリスタルチルドレン


インディゴチルドレンが築いた新しい変化の後を追って、まるでそのインディゴたちが障害物を取り除き、スムーズに到着できるようにカーペットを敷き、受け入れ態勢を整えた後に訪れたような・・・・そんなソウルグループが到着しました。
静かに、そしてインディゴチルドレンたちに手を引かれて、見守られながらそのカーペットの上を歩いて到着した子供達。

それが『クリスタルチルドレン』です。

パステルの色合の中に、美しく多色に輝くオパールのような魂の色を放つ子供たちがやってきました。

1992年から1994年を、インディゴとクリスタルの境目として、その後、数多くのクリスタルチルドレンたちが到着し始めましたが、インディゴチルドレンのパイオニアグループと同じく、それよりも前に到着していたクリスタルたちも存在しました。
インディゴのパイオニアのように、一足先に到着したクリスタルたちは、地球の状態を感じ取り、夢の中から故郷にメッセージを送りました。
その後、準備ができ始めた地球へ数多くのクリスタルたちが到着するようになりました。

戦士のような気質を持つインディゴとは逆に、穏やかな性格を持ち、愛の光を届けるクリスタルたち。
その優しい瞳は、全てを見通すような、まるで心のスキャンをしているような洞察力を持ち、クリスタルの子供達と目が合うと、あまりにも綺麗な瞳から、目が離せなくなるような、引き寄せられる不思議な魅力に気がつきます。
そして抱きしめたくなるような、誰もがクリスタルに会うと、その愛らしさにしばらくの間、釘付けになります。

争い、傷つけ合うことが、私たちのここにいる本来の目的ではないことを知っているクリスタルたちは、幼稚園、そして学校で暴力を受けたり、いじめられても、仕返しをしません。
なぜそういうことをしてくるのか、理解に苦しみます。
心を開いて、仲間に話そうとします。優しい思いやりと、協力的なクリスタルたちは、霊的に悲しみや動揺を感じると、その人に優しい声をかけたり、行動で思いやりを示したり、抱きしめてあげたり・・・・と、その時にその人、状態が即座に癒される思いやりをいろんな愛で表現します。

“許す”愛を知っているクリスタルチルドレンは、人を攻めません。
クリスタルに接する人は、誰もが寛大な愛に包まれるような感じを体験します。

吸い込まれるような瞳で、目を通して会話をするクリスタルたちは、言葉を話し出す時期が遅いことがあり、4歳ぐらいまで話さないこともあります。全て周りの会話を理解しながらも、言葉を使わず、ジェスチャーで意思を伝えたりもします。また怖いもの知らずのような冒険好きで、優れた運動能力を見せて、ハラハラさせられることもあります。

目に見えない友達(妖精や天使)とも会話をします。
自然を愛し、動物にも思いやりを持ち、木、草花と会話をしたり、動物たちが何を伝えているのか、会話の内容を教えてくれることもあります・・・。
舞い落ちる枯れ葉を見ても動揺するくらい、自然と一体となった優しい心をもっています。
またスピリットの話、自分がどこからやって来たのか、そして天使の話やスピリットガイドの話、また前世の記憶などを話し、その鮮明な記憶の描写に、驚かされることもあるでしょう・・・・。
敏感なクリスタルたちは、添加物、汚染物に敏感で、アレルギーなどで悩まされていることも少なくありません。
オーガニックを好み、幼少期から、肉類などをあまり好みません。
そして菜食やフレッシュなジュースなど、自然なままの食事、飲み物を好みます。
クリスタルが既に純粋な高い次元の状態で生まれてきている証のようです。

クリスタルや石に関しても、とても興味を示します。
またその石の意味や使い方などを、既に知っていることもあります。
時には石が持つメッセージを伝えてくれたりすることもあるでしょう。
小さなヒーラーたちは、自分の癒しの力に、心の中に揺るぎ無い信頼と自信を持っています。
いろんな形でヒーリングをするクリスタルたちは、歌を通してメッセージを伝えてきたり、音楽、アートなどから愛を表現し、癒しの光を送ります。

こうしたスピリチュアルな子供達が、高次元の愛を伝えに到着する中、従来の子供達と変わった様子に、その内面からの表現を理解されずに自閉症と診断されたり、聴覚に問題があるのでは・・・と誤診されることもあります。
クリスタルチルドレンの到着が増える中、ここ数年、自閉症と判断される子供の数が急激に増えたのも、偶然ではありません・・・。

霊的なクリスタルたちは、そんな自分たちを守って、理解してくれる親を選んでやってきているようです・・・。
またクリスタルの到着で、霊的な目覚めを感じ、新しい成長のステップを踏む親たちもいます。中には親が霊的でなくとも、その子供を囲む家族(祖父母など)が、その子を導き、守ることもあります。
クリスタルの持つ光は、この地球に住む私たちが真実を見る目、そして魂の持つ本来の目的を思い出し、正直に生きてゆくことを選択することへ、我々を導いてくれるでしょう。
インディゴが私たちに柔軟性、そして新しい変化を受け入れる準備を整え、クリスタルたちは、地球を次の次元へ導くために必要なメッセージを発信する、愛の光の存在として、毎日沢山のメッセージを私たちに与えてくれる子供達です。

クリスタルチルドレンは、エネルギーの流れに敏感に反応します。
世の中の状況、地球の状態を、繊細なアンテナで察知する彼らは、悲しいニュースが世界を取り巻いたり、または身の回りの環境状態が不安定であったりすると、それを敏感に吸収し、不安からとても落ち込んだり、そわそわと落ち着きがなくなったりします。
そんな状態を察知したら、不安な気持ちに耳を傾けてあげ、理解を示した会話と対応で、気持ちを落ち着けてあげましょう。
物事がうまくいっていないのにも関わらず、何でもないふりをして振舞う事は、インディゴ、そして特にクリスタルチルドレンにはできないことです。
平和のためにやって来たクリスタルには、そういった“装い”はできません・・・・。

冒険好き、そして怖い物知らずに思えるクリスタル・・・のびのびと穏やかで、時間に追われる様子がない落ち着いたクリスタルたち・・・
彼らは私たちの将来がどうなるのかを、いろんな愛の行動で伝えてくれるメッセンジャー。
まさにこの地球の将来を見せてくれる鏡のような存在です。

スピリチュアルな見方を受け入れる心の扉が開きつつある中、こうした子供達の様子を否定するより、むしろ受け入れ、理解し、クリスタルの持つサイキック能力を見守ってあげようとすることができるようになってきた私たち・・・・。
持って生まれた霊的能力を失うことなく成長し続けることができるように、クリスタルたちを見守りましょう。
そしてこれからも安心して、彼らが持って生まれた光を継続して輝かせ、地球を導く光の先導者となることを祈ります・・・。
私たちは、こうしたクリスタルチルドレンたちが、サイキック能力を失わず、高い波動とつながり、地球を光で覆ってゆくことへの手助けができるように、彼らを支え、よき理解者になれるといいですね。

毎日の行動、発言、振る舞いから、クリスタルは我々に“愛”を送り続けます。

そして、我々にできる事は、子供たちが光を失わないように守ってあげること。

クリスタルに続く、新しい子供達たちが到着し始めています・・・。
過去生を持たない、まさに“愛”そのものの子供達・・・それは、レインボーチルドレンと呼ばれています。
地球が平和に向かい、愛のオーラで包まれる方向へ進んでいる“証”のように到着し続ける、新しい子供達です。

光の存在のクリスタルたちの子どもたちを守れるように、そしてよりポジティブに、高い波動とつながって進めるように。
また、次の新しい子供達を地球に迎えるための準備をするクリスタルチルドレンを見守り、導いてゆけるように、光の子供達を、守り続けてゆきたいですね。

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実際、我が子は生の卵と生の牛乳を与えると湿疹が出てしまいます。

また、果物やジュースは大好きです。ジュースは普通のアンパンマンのジュースですが(^-^;

意外にお肉をそんなに食べません。魚は好きですが。

歌うのや踊るのが好きです。

でもかなりマイペースで、時々私を困らせます。

言葉が遅いです。

などなど。

ちなみに私はインディゴチルドレンだと思っています。

反面教師の親を持ち、どんなに説教されても、最終的には言う事を聞くしかないと分かっていても、必ず反抗してました。

今は丸くなる場面と、自分を出す場面での棲み分けができるようになったので、柔軟になったけど(^-^;


さて、自分自身がこの地球上で何を体現しにやってきたのか、ようく内観して下さい。

そして、自分自身に起こる波が、そのまま周りのあらゆる人達に起こる波と連動していること、更には、世界的な動きと密接に繋がっている事をしっかり意識して下さい。

来年からは激動の年になると思いますので、しっかり足を地につけて、周りの雑音に振り回されず、自分の軸がブレないようにしながら、真実の情報だけを自分の中に取り入れられるように、そしてその中身を実践できるようにしていって下さい。

そして、本当の愛を見つけて下さい。

そうすれば、それがそのまま自分のアセンションになります。

それでは、よいお年をお迎え下さいね♪

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2010年12月18日 (土)

もうすぐ今年も終わりますが、気付きはありましたか?

12月に入って、またいろいろと心境に微妙な変化がおきたことだけでなく、単純に年末なのでいろいろやる事があって忙しくなったのも手伝って、ブログの更新が思うようにできなかった。

本当に時間の経つのは早くてボヤボヤしていると本当に何にも気付くことなく1年も終わってしまう。

それくらい宇宙レベルで、覚醒への導きが加速化している証拠だと感じている。

この私も、この1年本当にいろんなことが起きて、それに対処していくごとに、自分自身がどんどん開けていくのを感じた貴重な年だった。

明らかに1年前の私とは心境がまるで違う。

覚醒し立ての1年前は、自信と不安(恐怖)が背中合わせにある状態だっただけでなく、あまりにもいろんな事を一挙に知りすぎて(事実だと確信して)頭も心も魂もヒートアップした状態だった。

それらを解放する手段としてブログを解説させて頂いた。

お陰様で、私の心にも大分穏やかな風が吹くようになり、また、世界的に見ても、平和へ向けた動きは少しづつでも確実に開拓されていっているのを実感した。

もちろん表面だけを見ていたのでは何も気付けない。

大マスコミが放つ情報を鵜呑みにしていたら、恐怖心や将来の不安から解放されることはありえない。

それでも、水面下で着々と頑張ってくれている平和論者が思った以上に沢山いる事も知ることができ、いよいよこの動きを大きなものにすべく、個々の私達庶民も第三の目を活性化させて”まやかしごと”を見抜いていかなければならないし、更には意思表示をし続けていかなければならない。


ただ、私が言いたいのは、それだけにはとどまらない。

平和的な政治を運営していく為の仕組みを整えるということは、あくまでもこれから始まる新しい時代においてのスタートラインでしかないということ。

私が目指しているのは、それ以上のこと。

見えない世界、見えない部分にある真の科学を真摯な心で追究し、真摯な心で活用し、第5次元の世界を構築していくことである。

これをしていくことこそが、本当の新しい時代に適った私達の平和活動なのである。

どの星々も、そしてどの星に住む生命体も、私達地球人の動きを見守ってくれている。

常にコンタクトを取ろうとしてくれているし、実際にコンタクトして、地球外生命体が私達に覚醒するよう促し続けていることを伝え続けるチャネラーさんも沢山存在している。

とにかく、私達の存在は、そしてこの地球という惑星の存在は、それよりももっと大きな世界である、他の星々や他の太陽系、更には他の銀河の存在なくしてはありえないということに気付いて欲しい。

それに気付くことこそが、本当のエゴからの脱却である。

地球で起きていることだけに目を向けているのでは、これもまた、”木を見て森を見ず”である。

もっともっと大きな世界へ目を向けて欲しい。

そして、もっともっと自己の可能性を広げて欲しい。

地球より外の世界に目を向けた人から、自分は本当はもっと自由に生きられるんだという事を知るだろう。

そして、私達は肉体という服をまとった光の存在である事を知るだろう。

この1年、どれくらい気付きを得ることができましたか?

そして、どれくらい地球に感謝できましたか?

どれくらい家族を愛しましたか? 

どれくらい、心を浄化しましたか?


まだ今年もあと少しあるので、1日1日感謝して生きていきましょう。

ただ、自分が”愛”そのものだったと気付くだけでいいんだよ。

本当はね(o^-^o)


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2010年3月 3日 (水)

書かされていると思う

これまで心の感じるままに任せていろいろ書いてきたけれど、先日私の友人から言われた一言。

「普段のJunちゃんと文章の雰囲気が全然違うね。何かがのりうつってるみたい」

うん。私もそう思う( ̄Д ̄;;

私はごくごくフツーの一般庶民。

ただ人よりは精神世界にも興味があったし、それなりにいろんな書物も読みあさってきたし、今も尚いろんな書物を読みながら靈氣という目には見えない氣についての勉強をしている修行中の身。

こんな私が、いくら覚醒したとはいえ、こんな事をはっきりと書いてしまっていいのだろうか、と顕在意識では思っている。

しかし、あ、これが書きたい、と思った瞬間、既にモードは変わっている。

おそらく、私の守護霊の一人が文士(おそらく男性)で、私に今必要なメッセージを書かせているのだと思う。

ブログを書こうと思い始めた当初は、もう少し柔らかい口調で書いた方がいいかなあと思っていたのだが、いざ書き出すとどんどん男性的なやや厳しい口調になっていく。

それはおそらく、それだけ今地球の未来に危機感が募っているからに他ならない。

でも普段の私は多分その辺にいる一般女性とそうは変わらないはず(^-^;

でもこの傾向は今に始まった事ではない。

学生の頃から、自分にとって重要な事を書こうとする時は、そういう論調になっていたと回想する。

そういえば高校の時、”矛盾した社会”とかいうタイトルで作文書いたこともあったなあ。

中学の時から、この世界はなんて矛盾しまくっているんだろうと、真面目に思ってきた。

地球が破壊されていくのをよく皆平気で過ごしているものだよなあと思ってきた。

かといって自分が何か特別な事をしてきた訳ではない。

その術が分からなかったから。

矛盾した世界で生きていく事のしんどさ、そしてそのしんどさから抜け出す為にはどうしたらいいか、自分なりに考えては日記に書き綴っていた。

でも今は、どうしてこの地球上でこんなにも矛盾した世界が形成されていったのかが分かった。

そして私は、どうしてこの世界に生まれてきたのかも・・・。

子供の頃から感じてきたこの世界に対する疑問が、今殆ど全部解けたと感じた。

疑問に思う事だらけのこの社会で、素直に従順に生きろと言う方がおかしい。

これらの疑問にまともに答えてくれた大人がこれまでどれだけいただろうか。

大人が子供の質問に答えられないのに、そのまま子供が大人の思うように成長する訳がない。

でもこれからは、今の大人達がいかに子供達に真実を伝えられるか、そして真実に基づいて行動していけるかが地球の未来の鍵を担っていると思う。

なんとか非行にも走らず、親にも大きな迷惑をかけずに大人になったけれど、大人として、子供に何を伝えていけるのか、どんな未来を手渡していけるのか、その責任は大きいと思う。

「私には関係ない」という言葉はもう一切通用しない。

人間の存在は、元は一つの先祖(アダムとイブなるもの)から始まっている。

つまり、皆大きく長い目で見ていけば、一つの家族なのだ。

なんで争いごとをしなくてはならない?

なんで傷付け合わなくてはならない?

国境だって、もういらないんじゃない?

いつまで国益国益って騒がなくちゃならない?

国の尊厳なんてあるの?

鳩山総理が、「日本は日本人だけのものじゃない」って言ったのを、反日思想だとか言う人々がいるけれど、そういう人々は、外国の人々を軽蔑したいの?

外国人と日本人にどれだけの違いがあるの?

もちろん日本はアメリカから自立しなくちゃいけないと思う。

でも自立する事と、日本人が日本国だけを大事にするのは、根本的に違う。

”日本人の為の日本国を守る政治”では、小我でしかない。

日本人は確かに誇れる存在だ。

だから、だからこそ、日本人の大いなる智慧を外国の人々にも分けてあげればいいだけじゃないの?

そんな時に、あいつは在日だからとか、中国人だからとか、アメリカ人だからとか、区別して考える事になんのメリットがあるだろう?

そういう区別・差別から争いが起こるんじゃないの?

本当の平和は、区別・差別をやめ、皆を同じ目線で見つめること。

だって皆神様の申し子だもの。

あなたの心に宿った神を失望させないで欲しい。

平和に一歩でも近付く為の努力は惜しまずしよう。

一人一人の一歩が集まったら、何万歩何億歩になる。

その力の凄さを神の御前で示しましょう。

ただただその為に、私は書かされ続けよう。


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2010年1月 1日 (金)

ブログ再始動!

あけましておめでとうございます。

遂に2010年の幕開けですね。

私はこの節目を契機に、ブログを再始動させることにしました。

しかも、今までとは全く違う感覚で書きたいと思います。

自分の潜在意識(ハイアーセルフともいう)、つまり心の目が見た事、感じた事をできるだけありのままに、誰の干渉も受けず、制約も受けず、しがらみに囚われることなく、のびのびと書きたいと思ったのです。

厳密に言うと、ネットそのものは結局のところ大きな組織に管理されているので、本当に書きたい事が書けないという状況は常にあります。

以前ブログを書いていた時は、常に見えないしがらみが気になっていて、結局書きたいことが思うように書けない自分に気付き、それで嫌になってしまったというのがあります。

今度はその辺のぎりぎりの所まで、自分なりに、自分の言葉で、できるだけ思う通りに書きたい。それが希望です。

私がこのブログを書くことにしたのには、理由があります。

今、地球の運命は過渡期を迎えています。

この先の人類の行動や精神力次第で、地球の未来を天国にも地獄にも変えることができるでしょう。

それだけ今、私たちの運命も転機を迎えているのです。

もう目覚めなくてはならない。そして地球に毎日、深い感謝を捧げなくてはならない。

今日本や世界に現実に起きている出来事を列挙してみてもそれは容易に想像できると思います。

自分だけは、自分さえよければ、自分の家族さえよければ、の時間はもう既に終わったのです。

なんて偉そうな事言ってるけど、そんな私も、ごく最近、地球の状況について深い気付きを得て、そしてやっとこさ目覚めたのです。

これから少しずつ、いろんな思いを書いていけたらいいなと思っています。

完全不定期更新です。

私が書いたものに関するご判断は、各個人に委ねられています。

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