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2011年6月14日 (火)

あなたは”空”である

最近読んでいる本で、目から鱗のようにとても納得できる話があったので、引用してみたい。

たまたま、何か氣になる本はないかなあとamazonで探していたら目に留まったのが、Manaさんという方が著した『空―舞い降りた神秘の暗号―』という本である。

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「声」

あなたは偽の自己(性格)を自分だと思い込んでいます。つまり感情や態度や行為を自分そのものだと勘違いしているのです。ですから感情のいうことに振り回され、感情のいいなりになったり、それをおさえつけようと躍起になったりしているのです。あなたは複数の人格や性格をもっています。あなたの中には悪魔もいるし、殺人鬼もいるし、聖人君子もいるし、みじめで、情けなくて、不安でいっぱいの部分もあることでしょう。つまりあなたは多重人格な存在です。しかしなぜ多重人格だと理解できるのでしょうか? それは「誰か」が耳を傾けているからです。多重人格の声を聞く「誰か」があなたの中にいるからです。彼らの訴える「声」に耳を傾けているのは誰でしょうか? その不満だらけの「声」を聞いているのは誰でしょうか? 不満を訴えてくる「声」たちを認識しているのは誰でしょうか?

その「誰か」というのが「あなた」なのです! 体の声や、苦情や、悲しみや、恐怖感が訴えてくる「声」をあなたが聞いているということは、あなたはそれらの感情とは別の存在であることが明白です。あなたがほしい現実や物事を100%叶えられなかった一番の理由は、この「声」たちを自分自身だと勘違いしていることにあるのです。この「声」を自分自身の思いだと信じ、自分自身が感じていると勘違いしているため、苦しんでいるのです。しかしこの感情的なトラウマたちの「声」は「あなた」ではありません! これらの「声」はあなたが養ってきた民たちであり、民はあなたという主人に向かって訴えているのです。「どうかわかってほしい! どうか別の現実をつくって変更してほしい!」と訴えているのです。

あなた自身は、不足や欠乏の声ではないのです。「あいつがあんなことをした」「こんなひどい目にあわされた」「自分はダメだ」「私は全然持っていない」「もっといい環境にいたらなあ」といった声は、あなた自身ではないのです。声に気づいたら、その時こそ自分を取り戻して「聞き手」であるあなたを自覚してみて下さい。声の訴えを聞いている「認識者」であり「観察者」であるという自覚をより太く強くしてください。中心に存在する観察者(認識者)が自分自身だと心から納得し、その理解が強く太くなれば、おのずと訴える「声」に対して揺れ動くことはなくなります。動じなくなるのです。「空」という観察者があなたであり、人格(=声)との区別がハッキリしていけばいくほど、あなたはパワフルになっていくのです。訴える「声」を聞いてあげれば、あなたが養っているさまざまな感情である民たちの反乱は終わります。あなたという主人に彼らは聞いてほしいだけなのです。彼らの苦悩に耳を傾け、その気持ちが理解できたとき、彼らは静かになるのです。彼らの訴える「声」は今後も不安感や不満をいってくるかもしれません。そのたびに「声」が知らなかった新しい情報、つまり「現実はいつでも自分の好きなように変更できる」という情報を「声」に与えてあげることで、人格の部分が納得して引き下がっていくことでしょう。

あなたは、性格や人格という偽の自己から「空」という創造元&観察者(認識者)に戻るべきなのです。どこまでも、そして、いついかなるときも、常に「声」を認識する側でいてください。そうでなければ、あなたは「声」を救ってあげることができないからです。きわめて感情的な「声」から切り離された位置にいればいるほど、あなたは創造の主人となり、どんな願望も達成することができるのです。あなたという「空」は「声」の主人であり、願望を発する側であり、その願望達成を観察する者(意識)であるのです。しかしこのような自分の事実を知らなければ、自分の現実状況に一喜一憂することになり、多くのエネルギーを消耗していきます。

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私自身、苦しみや悲しみに打ちのめされている自分を、どこかで俯瞰(全体を上から見ること)して、「この感情をなくすにはこうすればいいのでは?」と遠くから冷静に考えているような自分をなんとなく意識していた。

音楽を志していた時も、実はどこかで、「本当にやりたいことは音楽ではないみたい」と思っていた自分がいた。しかし、その時は、音楽を自分なりに納得するまでやり切らなければ氣が済まない自分がいたので、氣のすむまでやっていたのである。

正直に言えば、大学時代の頃から、見えない世界に対する尽きない興味があった。

だから精神世界系の本はその頃からずっと読んでいたし、オーラの写真を撮ったり、そういう話をする事のできる父とそういう催し物や講演会に行ったりすることもあった。

でも、まさか自分がそういう世界に入り込むことになろうとは、その頃は思いもしなかったのである。

自分にとっては高嶺の花というか、非現実的なものという見方を消すことができなかった。
精神世界で仕事したり、そういう事を極めたりするような人は、ごく一部の限られた人たちだけなんだと思い込んでいたのである。

でも音楽に対する限界を見て、今度は地に足を付けて現実をしっかり生きようと、環境問題に目覚めて自分のできることから始めたり、主婦になって日常生活を自立させるということに意識を向けていった。音楽は趣味で続け、それが却ってポジティブで洗練された音楽を作るきっかけになり、更にその合間に、病気をした事がきっかけで、精神世界に対する興味はより強くなっていった。

そして、今では靈氣を極めることが私にとって本当に必要なことなんだと自覚するに至ったのである。

でも、本当は既に学生の頃から知っていたのである。

自分は生まれつき、霊的成長を極めていく必要がある魂なのであると。

それが、私という「空」の声であったのだと。


元々、人格というものは存在していない。

これは、私も既に気付いていた。

人格というのは、解放し切れていない自分の感情によって作られているものなのだと。

一度、ヒーリングを極めるには「人格者になりなさい」と師匠に言われたが、それはつまり、小我によって作られた感情的な人格は捨て、大我である「空」である自分になれ、ということなのだと思った。

Manaさん的に言えば、自分の中で養ってきた民(=感情)を鎮める観察者、つまり「空」に戻りなさい、ということである。

自分は「空」なのだ、と自覚することができたならば、絶対にブレることはないのである。

それはつまり、「空」とは「愛」であり「神」であり「自然」であるからである。

要するに、言い方が変わっただけのこと。

でも、「空」と表現することには深い意味がある。もしかしたら最も分かり易い表現かも知れない。

「空」とは、その辺にある”氣”であり、つまり、”宇宙エネルギー”そのものなのである。

要するに、私達生きとし生けるものは、全て、”宇宙エネルギー”そのものだということ。

本当は、私達は見えない宇宙エネルギーなのである。

見えない宇宙エネルギーが、自分が何者かを知る為に、わざわざ人間のボディという着ぐるみを着て、地球に降り立ったのである。

人間という着ぐるみを着て物質界に降り立つと、物質文明的な思考を刷り込まれ、また人間の肉眼に入ってくる視界を通して物質的現象を三次元的に見せられて、それに対する感情や思考が沸き起こってくるのである。しかし、それらはあくまで物質文明的な感情や思考なのである。その感情や思考を制御するのが「空」である、本来の自分の役割なのである。それに氣付くことがまず第一歩であり、氣付いた後は、どうやって「空」に戻り切ることができるか、が私達の本当の生きる目的なのである。

本来の私達は、見えない宇宙エネルギーという存在だという事が分かれば、目に見えるものだけで判断するような事は起こらないし、また、周囲の物質や物事から、見えないエネルギーを読み取る力が出てくるのである。

それを極めていくと、霊視や透視まで可能になってくるのである。

それは、限られた人間に起こるものではなく、氣付いた人全員に起こるものである。

だから、精神世界ほど平等な世界はないのである。

物質世界ほど、不平等な世界はないのである。

不平等な世界に身を埋めて、自分のエゴを満たす為に、裕福で何一つ不自由のない存在を目指しますか?

それとも、平等な世界があることに氣付いて、その世界に身を置き、氣付いていない人々を一人でも多く気付かせ、平等な世界に引き入れる役目を負うことに自分の心血を注ぐと決心しますか?

今、正にその選択が問われているのである。

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