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2011年6月

2011年6月27日 (月)

久々に断食♪

昨日は本当に久しぶりに、1日断食をした。

最初に1日断食をした時に、定期的にやるといいのかな~なんてブログでも書いた癖に、流石に冬は食べ物がとても美味しくてできなかった(笑)

何故1日断食をまたやったのか。

なんと、同じ靈氣の勉強をしている仲間の女性が、1週間断食を達成してしまったのを知ったから。

ひゃ~~~~~!!(゚ロ゚屮)屮

これは私にとって物凄い衝撃であった。断食して最終日の日に勉強会でお会いしたのだが、正直とてもしんどそうに見えた。話を聞くと、特に食べ物が食べたくてしょうがないという衝動に襲われることは全くなく、ただただ動作が鈍くなってしんどい状態が続いたという。でも不思議と、勉強会の場所に来ると、ここは氣が満ちていて断食している事を忘れられたのだという。でも電車に乗る時などは、這うようにして歩いて辛かったそうだ。

確かに、私も最初の1日断食をした時は、介護の仕事をしながらだったというのもあり、夜は結構動作が鈍ってしんどい氣分だった。

昨日の1日断食は頭痛もあったので、途中で横になったりして、ずっと家にいることができたものだから、正直殆ど苦痛じゃなかった。予定さえ問題なければ、またゆったりした日々を送れるのなら、このまま3日断食もいけそうだった。

そうか、やはり活発に動いている中での断食になると、結構しんどくなるけど、ゆったりした状態で臨む断食なら、そのしんどさを減らすことができるのだと思った。

もちろん、断食といっても、水分だけは摂らないと脱水症状を起こしてしまうので、水分補給だけは随時行う。

興味深いことに、1週間断食した女性が、ミネラル豊富な海洋深層水を飲んだら、却って胃が荒れてしまった、と言っていた。すると、栄養補給になるから、という”思考”で海洋深層水を選んでしまったことがいけない、と師匠に言われたという。もっぱらごく普通の綺麗なお水を口に含むことが一番良いとのこと。

この女性の話を聞いて、いろいろ参考になった。

そしてまた、自分もまた断食したい、と触発されてしまった。

私は触発されて、そのタイミングでやるのが一番できると思ったから。

その女性が何故1週間断食に挑戦したのか、といえば、意識を変えたかったからだという。

師匠も、意識を変えたいのなら1週間やるのが良い、と言っていたという。

そして実際に、その女性は、最終日を迎えて、本当に身体に良いものや環境に対して敏感になったと思うし、断食後もそういう意識で毎日を過ごせるようになると思う、と話してくれた。

私は、ただただ少しでも自分にもっと自信をつけたい、という氣持ちで、今回1日断食をさせてもらった。

私の中での目標は、今のところ3日断食を達成すること、かな。

はっきり言って、介護の仕事をしながらの1週間断食は、私の中で”無理”の二文字しかまだ浮かんでこないのである。

3日断食が達成できれば、益々自分に自信がつくことだけは間違いがないだろう。

これも、やろう!と思った時がタイミング。

その時期は、そんなに遠くないかも知れない(* ̄ー ̄*)

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2011年6月26日 (日)

義母の癌が消えた!

遂にやってくれた。
結構前に、義母が癌に罹ったことを書いたのだが、その癌が最近撮ったCTスキャンで見事に消えていることを確認できたというのである。

もう一度概略を書くと、最初に胃癌になっている事を検査で知り、胃の癌については手術で摘出するという方法を選んだ義母だったが、その後抗がん剤を飲むことになり、飲み続けていたら、物凄い倦怠感に襲われ、食欲はなくなり、気持ちが沈んでいったという。そんな中、新たに癌の転移が肝臓に見つかってしまった。

流石にまた手術して肝臓を切ってどうのこうのしたくない!

そんな事を繰り返したら体力ばかり消耗して、寿命を縮めてしまう。

そう考えた義母は、手術をしないという選択をした。

そして抗がん剤も飲まないことにしたのだ。

そして、義母の友人で、いろんな代替療法に詳しい方を招いて話を伺い、「”冬虫夏草”という漢方でも、完全に生の漢方が中国から直輸入できることになったので、是非それを飲んで欲しい。それを飲んで癌が消えた人が沢山いるから」と言われ、義母は藁をも掴む気持ちで”冬虫夏草”の生の漢方を購入したのだ。

”冬虫夏草”について知らない方は、こちらのHPより引用しておくので読んで欲しい。


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冬虫夏草とは?

冬虫夏草は、キノコであり、虫ではありません。
冬虫夏草は、セミやクモなどの昆虫に寄生したキノコの総称です。これは非常に稀な自然現象であり、世界中でも約300種余りしか発見されていません。中国で漢方生薬として珍重されるのは、コウモリガの幼虫(イモムシ)から出たひとつの種を指していました。 学名をコルディセプス・シネンシスと付けられています。

 「冬虫夏草」は昆虫と菌種の結合体で、“虫”は蛾科の昆虫のこと、菌種は「冬虫夏草」菌 (Cordyceps sinensis Berk Sacc)のことです。
 夏になると、色鮮やかなたくさんの蝶が山中を飛び、花にたくさんの卵を産みます。やがて卵が幼虫に孵化し、土の中に潜り、植物の根の栄養分を吸収して大きく成長します。この時「冬虫夏草」菌がこの昆虫につくと、菌はまず昆虫の体内に侵入し、昆虫の豊富な栄養分を吸収しながら、ぐんぐんと育っていきます。昆虫が危険を感じ、必死に地面に出ようとしても、地表に着く前に菌のせいで死んでしまいます。長い冬の間に、菌は昆虫の体内で成長します。形は昆虫の形が残っていますが、中身はもう菌に変わっているのです。これが“冬虫”です。

 春の終わり頃から初夏にかけて、菌に変わった“虫”は発芽し、小さな頭(菌の子実体)が地面に出ます。この時が最も採集に適した時期です。そのまま放置するとやがてその小さい頭は草(細長い棍棒型)になります。これが“夏草”です。この奇妙な自然生態ゆえに「冬虫夏草」と呼ばれたのです。

 この様に生きた虫の体に寄生するものは、冬虫夏草にだけしか発見されておらず、その生態はまだまだ多くの謎に包まれています。
冬虫夏草は、せみ、芋虫、トンボ、蚕のサナギ、蜂等、色々な昆虫に寄生しますが、カブトムシやクワガタ・カミキリムシなどからは発見されていません。万が一発見出来たなら、それは新種の冬虫夏草でしょう。 
 また、昆虫にならどれにでも寄生するのかと言えば、そう言う訳ではありません。セミにしか寄生しないセミタケなどが存在する様に、菌の種類によって寄生する植物の種類も決まっているのです。

冬虫夏草は、中国の青海、雲南、四川、チベットからネパールの3000から4000米の高山帯に分布しています。「冬虫夏草」の種類は昆虫の種類によって色々ありますが、そのうち正統な漢方生薬として扱われるのは、学名コルディセプス・シネンシスと呼ばれるコウモリ蛾科の幼虫に寄生したもの一種類だけです。ゆえにこの種の冬虫夏草は、絶対量が少ないので幻のキノコと呼ばれ、大変に珍重されています。

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今回、義母が手にしたのは、本物中の本物の生の漢方の”冬虫夏草”だという。

実は、その辺に出回っている”冬虫夏草”は安くて3000円代で買うことができるが、その場合、実際の成分の3分の1くらいしか入っておらず、後は別の漢方とのミックスになっているのだという。ようするに、100%”冬虫夏草”の成分であることはまずないということである。
というのも、引用文にも書かれてある通り、絶対量が少なく大変貴重なものなので、いくら商品名として”冬虫夏草”と謳われていても、完全にそれのみ、という事は不可能なのだそうだ。

ところが、義母の友人は、本物だけを中国から直輸入することができた会社を知っていたのである。直輸入だから値段は他の本物の”冬虫夏草”よりも格安で提供することができる。

と言っても、1か月分毎日飲み続ける量にして15万円なので、 やっぱり高いが…。

義母はそれを2か月分思い切って購入した。

今まで自分の副業で貯めたお金を自分の為に使うと思って大フンパツしたのだ。

義母はそれを飲み続けながら、更に食事療法を行った。

まず、根菜類を中心とした野菜を煮込んだスープを毎日飲むという療法を毎日続けた。

更に、玄米を自分で炒ってから煮出した玄米茶も毎日飲み続けた。

”冬虫夏草”は、確かに効果は高いのだが、飲まなくなると、突然反作用が起きて、癌が再発する恐れも事実としてあるのだという。

なので、”冬虫夏草”を2か月飲みきった後も、上記の食事療法をしっかり続けた。

そして義母は、更に更に、凄い物を購入していた!

それは、トルマリンを練り込んだ敷布団である!

東京トルマリンというメーカーの、人間充電器という商品である。

これも義母の友人が紹介してくれた商品で、確かに値段は張るが、話を聞いても、実際に寝てみても、本当にトルマリンの微弱電流が流れて身体がぽかぽかになる優れた商品である。
人工の電気ではない、自然の微弱電流によって、人間に流れる同じ微弱電流(つまり氣である)の流れが良くなり、血行が良くなり、体内のエネルギーが循環し、内臓の凝り(冷えともいう)がなくなり、結果として癌も消えるのである。

義母は、”冬虫夏草”の生の漢方2か月分と、食事療法と、トルマリンの敷布団を使って、見事に肝臓の癌を消したのである。

”冬虫夏草”の効きの良さについては、飲み始めてから2か月以内に一度CTスキャンをしてもらったところ、癌がいきなり小さくなっていたのだというから凄い。


こうして、義母は義母のやり方で、義母の直観で、見事に自分の病気を克服してしまったのである。


結局、今回においては私の出る幕はなかったけれど、義母は自分が納得した方法で治したかったのだろうから、そしてその夢が叶ったのだから、私が口を挟むような隙は殆どなかったがそれでいいのだと思った。

ただもちろん、完治したからといって油断もしていない、用心深い義母である。

これからも食事には氣を遣いながら、トルマリンの布団も活用しながら、手堅くやっていくことだろう。

でも、もちろん再発しないと断言できるものは何もない。

もし、義母が、健康志向という枠にはまり切り、自分自身の心を見つめる作業を疎かにするのであれば、その姿勢が却って病気を作り出してしまう可能性はある。

健康になろうと思うことは、思考であり、欲なのである。

自分の心に素直になって、心の声に従って自然に振る舞える日常があって、初めて健康でいられるのである。

先に、健康になろう、という欲から入ると、それは頭で考えていることになるので、自分を不自然にコントロールしようとして、「これを飲めば病気が治る」とか、「これを食べたら糖尿病予防になる」とか、そういう謳い文句の商品に手を出して、結果として不自然な食生活を招くことになり、その反動は後から必ず出てくる。

不自然な事を続けていると、必ず無理が生じてくるのである。要するに、食べたくて食べているのではないからである。頭で考えて食べているからである。頭で考えて行った事は、非常に心身を疲れさせるのである。その時は、計画通りにやったぞ、と達成感でいっぱいになるかも知れない。しかし、それはあくまで自己満足に過ぎないのである。一時の満足の為に行った行為は、それを続けようとする気持ちがない。ということは、一度満足したらそれで終わってしまうので、続けないことによる反動が必ずくる。例えばダイエットに成功しても、その後そのダイエット法を維持しなかった為にリバウンドしてしまうということがあるが、それが正に分かり易い例である。

だから、心の声に従って、食べたいとその時思った食べ物を食べればいいのである。

例えそれが、どう考えても不健康そうな食べ物だったとしても、である。

その時は、とてもジャンキーな食べ物が食べたくなる程に、疲れていたり、イライラしていたり、感情の高ぶりがあったりするのである。

その時食べたいと直観した食べ物の種類によって、今の自分や相手の心理が分かってしまうのである。

そうやって、心の声に従って全てを選択していくと、どんどん自分をがんじがらめにしていた思考や欲のフレームがはがれおち、どんどん楽になって、どんどん自分らしくなっていくのである。

自分らしくなっていった結果、いつの間にか、食べる物が素朴になっていたり、不必要に物を購入しなくなったり、不必要に自分や周りをコントロールしようとしなくなっている自分に氣が付くのである。


義母が、今回の病気をきっかけに、自分の心まで見つめる作業が必要であるということに氣が付いてくれていればいいのだが…。

私は義母に対しても、心の問題(ストレス)が病気を作っている、とは口にしているし、義母もそれには納得してくれたのだが、どこまで義母の中でその感覚が浸透しているかは私には分からない。

ただ、今回の義母の努力には感動したし、こうして薬を飲まなくても癌が治せたという前例を私の前に示してくれた功績は大きく、義母のお蔭で、癌に対する恐怖心は全くなくなってしまったというのが本当にありがたかった。

お義母さん、私達家族の為に、癌を克服してくれて、本当にありがとう。

感謝しています。

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2011年6月14日 (火)

あなたは”空”である

最近読んでいる本で、目から鱗のようにとても納得できる話があったので、引用してみたい。

たまたま、何か氣になる本はないかなあとamazonで探していたら目に留まったのが、Manaさんという方が著した『空―舞い降りた神秘の暗号―』という本である。

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「声」

あなたは偽の自己(性格)を自分だと思い込んでいます。つまり感情や態度や行為を自分そのものだと勘違いしているのです。ですから感情のいうことに振り回され、感情のいいなりになったり、それをおさえつけようと躍起になったりしているのです。あなたは複数の人格や性格をもっています。あなたの中には悪魔もいるし、殺人鬼もいるし、聖人君子もいるし、みじめで、情けなくて、不安でいっぱいの部分もあることでしょう。つまりあなたは多重人格な存在です。しかしなぜ多重人格だと理解できるのでしょうか? それは「誰か」が耳を傾けているからです。多重人格の声を聞く「誰か」があなたの中にいるからです。彼らの訴える「声」に耳を傾けているのは誰でしょうか? その不満だらけの「声」を聞いているのは誰でしょうか? 不満を訴えてくる「声」たちを認識しているのは誰でしょうか?

その「誰か」というのが「あなた」なのです! 体の声や、苦情や、悲しみや、恐怖感が訴えてくる「声」をあなたが聞いているということは、あなたはそれらの感情とは別の存在であることが明白です。あなたがほしい現実や物事を100%叶えられなかった一番の理由は、この「声」たちを自分自身だと勘違いしていることにあるのです。この「声」を自分自身の思いだと信じ、自分自身が感じていると勘違いしているため、苦しんでいるのです。しかしこの感情的なトラウマたちの「声」は「あなた」ではありません! これらの「声」はあなたが養ってきた民たちであり、民はあなたという主人に向かって訴えているのです。「どうかわかってほしい! どうか別の現実をつくって変更してほしい!」と訴えているのです。

あなた自身は、不足や欠乏の声ではないのです。「あいつがあんなことをした」「こんなひどい目にあわされた」「自分はダメだ」「私は全然持っていない」「もっといい環境にいたらなあ」といった声は、あなた自身ではないのです。声に気づいたら、その時こそ自分を取り戻して「聞き手」であるあなたを自覚してみて下さい。声の訴えを聞いている「認識者」であり「観察者」であるという自覚をより太く強くしてください。中心に存在する観察者(認識者)が自分自身だと心から納得し、その理解が強く太くなれば、おのずと訴える「声」に対して揺れ動くことはなくなります。動じなくなるのです。「空」という観察者があなたであり、人格(=声)との区別がハッキリしていけばいくほど、あなたはパワフルになっていくのです。訴える「声」を聞いてあげれば、あなたが養っているさまざまな感情である民たちの反乱は終わります。あなたという主人に彼らは聞いてほしいだけなのです。彼らの苦悩に耳を傾け、その気持ちが理解できたとき、彼らは静かになるのです。彼らの訴える「声」は今後も不安感や不満をいってくるかもしれません。そのたびに「声」が知らなかった新しい情報、つまり「現実はいつでも自分の好きなように変更できる」という情報を「声」に与えてあげることで、人格の部分が納得して引き下がっていくことでしょう。

あなたは、性格や人格という偽の自己から「空」という創造元&観察者(認識者)に戻るべきなのです。どこまでも、そして、いついかなるときも、常に「声」を認識する側でいてください。そうでなければ、あなたは「声」を救ってあげることができないからです。きわめて感情的な「声」から切り離された位置にいればいるほど、あなたは創造の主人となり、どんな願望も達成することができるのです。あなたという「空」は「声」の主人であり、願望を発する側であり、その願望達成を観察する者(意識)であるのです。しかしこのような自分の事実を知らなければ、自分の現実状況に一喜一憂することになり、多くのエネルギーを消耗していきます。

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私自身、苦しみや悲しみに打ちのめされている自分を、どこかで俯瞰(全体を上から見ること)して、「この感情をなくすにはこうすればいいのでは?」と遠くから冷静に考えているような自分をなんとなく意識していた。

音楽を志していた時も、実はどこかで、「本当にやりたいことは音楽ではないみたい」と思っていた自分がいた。しかし、その時は、音楽を自分なりに納得するまでやり切らなければ氣が済まない自分がいたので、氣のすむまでやっていたのである。

正直に言えば、大学時代の頃から、見えない世界に対する尽きない興味があった。

だから精神世界系の本はその頃からずっと読んでいたし、オーラの写真を撮ったり、そういう話をする事のできる父とそういう催し物や講演会に行ったりすることもあった。

でも、まさか自分がそういう世界に入り込むことになろうとは、その頃は思いもしなかったのである。

自分にとっては高嶺の花というか、非現実的なものという見方を消すことができなかった。
精神世界で仕事したり、そういう事を極めたりするような人は、ごく一部の限られた人たちだけなんだと思い込んでいたのである。

でも音楽に対する限界を見て、今度は地に足を付けて現実をしっかり生きようと、環境問題に目覚めて自分のできることから始めたり、主婦になって日常生活を自立させるということに意識を向けていった。音楽は趣味で続け、それが却ってポジティブで洗練された音楽を作るきっかけになり、更にその合間に、病気をした事がきっかけで、精神世界に対する興味はより強くなっていった。

そして、今では靈氣を極めることが私にとって本当に必要なことなんだと自覚するに至ったのである。

でも、本当は既に学生の頃から知っていたのである。

自分は生まれつき、霊的成長を極めていく必要がある魂なのであると。

それが、私という「空」の声であったのだと。


元々、人格というものは存在していない。

これは、私も既に気付いていた。

人格というのは、解放し切れていない自分の感情によって作られているものなのだと。

一度、ヒーリングを極めるには「人格者になりなさい」と師匠に言われたが、それはつまり、小我によって作られた感情的な人格は捨て、大我である「空」である自分になれ、ということなのだと思った。

Manaさん的に言えば、自分の中で養ってきた民(=感情)を鎮める観察者、つまり「空」に戻りなさい、ということである。

自分は「空」なのだ、と自覚することができたならば、絶対にブレることはないのである。

それはつまり、「空」とは「愛」であり「神」であり「自然」であるからである。

要するに、言い方が変わっただけのこと。

でも、「空」と表現することには深い意味がある。もしかしたら最も分かり易い表現かも知れない。

「空」とは、その辺にある”氣”であり、つまり、”宇宙エネルギー”そのものなのである。

要するに、私達生きとし生けるものは、全て、”宇宙エネルギー”そのものだということ。

本当は、私達は見えない宇宙エネルギーなのである。

見えない宇宙エネルギーが、自分が何者かを知る為に、わざわざ人間のボディという着ぐるみを着て、地球に降り立ったのである。

人間という着ぐるみを着て物質界に降り立つと、物質文明的な思考を刷り込まれ、また人間の肉眼に入ってくる視界を通して物質的現象を三次元的に見せられて、それに対する感情や思考が沸き起こってくるのである。しかし、それらはあくまで物質文明的な感情や思考なのである。その感情や思考を制御するのが「空」である、本来の自分の役割なのである。それに氣付くことがまず第一歩であり、氣付いた後は、どうやって「空」に戻り切ることができるか、が私達の本当の生きる目的なのである。

本来の私達は、見えない宇宙エネルギーという存在だという事が分かれば、目に見えるものだけで判断するような事は起こらないし、また、周囲の物質や物事から、見えないエネルギーを読み取る力が出てくるのである。

それを極めていくと、霊視や透視まで可能になってくるのである。

それは、限られた人間に起こるものではなく、氣付いた人全員に起こるものである。

だから、精神世界ほど平等な世界はないのである。

物質世界ほど、不平等な世界はないのである。

不平等な世界に身を埋めて、自分のエゴを満たす為に、裕福で何一つ不自由のない存在を目指しますか?

それとも、平等な世界があることに氣付いて、その世界に身を置き、氣付いていない人々を一人でも多く気付かせ、平等な世界に引き入れる役目を負うことに自分の心血を注ぐと決心しますか?

今、正にその選択が問われているのである。

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2011年6月13日 (月)

ワクチンの不必要さを露呈した事件がまた発生

今しがた、ネットのニュースを見ていたら、ヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの同時接種によって乳児が死亡した事件が発生したという記事が出ていた。

以下引用。

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2011年6月13日(月)15時15分配信 時事通信 
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 熊本市は13日、ヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンを同時接種した同市の2カ月の男児が死亡したと発表した。市によると、ヒブワクチンなどの同時接種で乳幼児が死亡したのは全国8例目で、厚生労働省が4月に接種を再開してからは初の死亡事例。
 男児は今月3日に市内の医療機関でヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンの接種を受け、翌日未明に死亡した。基礎疾患はなく、接種した医師は、接種との因果関係は不明としているという。 

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親の不安や恐怖心が、子供を死に追いやった。

私から見れば、そういう風にも取れる。

残酷な言い方かも知れないけれど。

子供の、更には人間そのものに生まれつき備わっている自然治癒能力を疑った結果、薬やワクチンに頼る社会が蔓延していった。

死なずに生きている子供はもちろん沢山いる。

しかし、死ななかっただけで、薬やワクチンによって、確実に自己免疫力を低下させられているという事実をどうか知って頂きたい。

人間の生まれつき備わっている、宇宙エネルギーを受け取る能力、そのエネルギーによって生命を強靭に維持する能力に、どうかどうか気付いてほしい。

もう躊躇している時間はないのだから。

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2011年6月 3日 (金)

言葉と映像は強烈な洗脳プログラム

テレビでは政界の動きが大混迷をきたしているようだが、これも演出だということは、私の記事の殆どに納得された皆さんならお分かりだろう。小沢氏はなんだかんだ守らなくてはならない。絶対に潰してはならないのである。菅総理が矢面に立たされて辞任だなんだの言われているけど、これもまた小沢氏を守る為の必死の演出である。

なんとかアメリカの裏組織やその周辺の秘密結社に根こそぎお金を持っていかれないように、裏では必死にアジアで話し合いが行われている。いつも通りテレビを見ていたら、政界は何をやってるんだ!という怒号しかないが、実際はそうではない。これから起こる数々の人工的仕打ちに立ち向かう為におおよそのベテラン政治家達が命を削って昼夜問わず計画を練り続けているのだ。

しかしその一方で、隙あらば自分だけ助かりたい、いい思いをしたいという政治家や大企業幹部もまだいることも周知の事実である。そういう政治家達は、大概秘密結社の幹部クラスにおべっかを使って言いなりになり続けている不甲斐ない奴らである。

最近もまた沢山のケムトレイルが空中に散布されているのを見た。

と、思ったら喉がいがいがする。

訪問介護に伺ったおばあちゃんに聞いたら、私も最近いがいがするのよ、と言っていた。

職場のスタッフも、風邪引いてリンパが腫れていると言っていた。

私の友人の一人も、親子で風邪引いてると言っていた。

私は幸いにも熱が出たりかったるかったりすることはないので、仕事も休まず行けているのだが、この喉のいがいがの連鎖は氣のせいではないことは間違いがない。

まだまだ人工的な自然の驚異の演出は続くだろう。ウィルス散布も続くだろう。

でも本当の自然の驚異はこんなもんではない。小出しにして恐怖心を煽るようなことはしない。

もう、一瞬のうちに大きな変革をもたらすだろう。

それが本当の自然の力である。


ところで、言葉や映像の怖さを今一度書いておきたい。

言葉で、こうなんだよ、ああなんだよ、と言い切ることをしたら、それが影響力のある大メディアから響いてきたら、受け身の人間は、そうなんだ、とそのまま鵜呑みにしてしまうのは確実であろう。

それが更に映像という、言葉とビジョンのコラボレーションになったら、それはもう強烈な洗脳プログラムである。

無意識的になんとなく日々を生きている人間は、その情報をそのまま信じ切ってしまうだろう。

そしてその情報に振り回されて一生を終えるのである。

朝バナナダイエットが流行ったことがあったが、流行こそ無意味なものはない。

それは、”流れ行く”ものだからである。

つまり普遍的でない、真実ではない、ということである。

流行とは、利益を上げる為に仕掛け人がマスコミを使って扇動しているれっきとしたビジネスである。

成功している人が沢山いますよ~、と嘘の話を流して信じ込ませる作戦なのである。

そういう流行りのものにいつまでも捉われていたら、絶対にダイエットは成功しないだろう。

ネットでも同じである。正直言って、膨大すぎる情報量の中から、真実の情報をピックアップしてくるのは一筋縄ではいかない。しかし、ネットには真実の情報も混じっている。それはこの世を牛耳っている権力者達が発信する情報だけで埋め尽くされてはいないからである。一般庶民の生の声や、裏組織に関わったキーマンの情報を見ることもできる。それがネットの強みである。

でも、本当に真実を知りたければ、自分の心の芯(中心或いは軸ともいう)を感じることが一番である。

心の芯がしっかりしてさえいれば、この情報はなんだかうさんくさい、とか、この情報は私にとって有意義な内容だ、とかを嗅ぎ分けることができる。

また実際起きた出来事に対しては、一番最初に自分は何を思ったのか、が真実となる。

まず一番最初に直観したこと、それが全てなのである。

言葉は一面的なものでしかなく、その言葉の表面だけを受け止めたら、それが既に洗脳なのである。

もしその洗脳を解きたかったら、言葉にまとわりつく氣を読み解くことである。

本当は、言葉にならない部分にこそ、真実が存在しているからである。

あの人は、ああ言ってたけど、実際にはきっとこう思っていたんだろう、と最初に直観したことがあれば、それが真実である。

もちろん、それを後から相手に問い質しても、よほど氣を許していない限りYESとは言わないだろう。

言えないから別の言葉で表現したのである。

だから、言葉をそのまんま鵜呑みにする癖がついている人は、洗脳されやすいのである。

洗脳されやすい人は、振り回されやすく、自分自身を見失ってしまいやすい人である。

そうなってしまうと、もう自分のやりたい事が見つからないどころか、自分のやりたい事を勘違いしてしまう。

本当はやりたくもない事を、やりたい、と思ってしまうのである。

私も昔はそうだった。

本当はやりたくもないのに、社会保険労務士になりたいと思ってあくせく勉強したことがあった。

何か資格を取ってステータスを得れば、道が開けるのではないか、と勘違いしていたのである。

また、あらゆる周囲からの洗脳情報で、何か資格を取って未来に備えなければ将来が不安だ、と思いこまされていたのである。

でも本当は、作り上げられた常識の枠に囚われの身になって、もがいていただけであった。

本当にやりたい事は、その常識の枠の中で縮こまって小さく生きていくことではなかった、と氣付いたのである。

裏組織に関わっている大企業・大組織がスポンサーとなって垂れ流しにするテレビやその他マスメディアを使った言葉と映像の強烈な洗脳プログラム(不安や恐怖を煽るようなネガティブキャンペーンや、購買させる為だけのインチキ商品の情報)から早く解かれ、自分が今感じていることをそのまま受け止めて自分を認め切る生き方に一刻も早くシフトしていって欲しい。


言葉が愛から離れた時、それは強烈な洗脳となる。

但し、言葉と愛が一体になる時、それは強烈な祈りとなる。

ありがとう。

愛しています。

感謝します。

心の底から出た言葉は、洗脳を解くプログラムとなる。

それが、祈りの力。

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