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2011年1月 7日 (金)

守るものは何もない

さて、今年に入ってまた去年とは一味違った大変化の年になりそうな氣がして、今からドキドキ・ワクワクの毎日を過ごしている。

私にとって去年は、大覚醒&大浄化の年だった。

覚醒し立ての頃は、まだ不安や恐怖心が自分の自信と背中合わせにあったので、その不安や恐怖心を取り除くのに時間が必要だった。そしてブログでの内面の吐露が大変浄化の役に立った。

浄化とは。

浄化とは、まず自分の心の中に押しとどめている思いや感情や意志を外に出すことである。

そしてそれによって、どんな辛いことがあっても、苦しいことがあっても、自分一人で生きてきた訳ではなかったし、周りでも同じような思いをしている人がいたのだと知り、いかに自分がここに奇跡的に生かされてきているのかに気付き、周りのあらゆるものに心の底から感謝の念が湧いてくることである。

そうすると、自然に自然に涙が溢れ出てくる。

そう、涙は心が浄化された証なのである。

悔しい時にも涙が出てくる場合があるが、それは自ら、心をその時その時で浄化しようとする意識の表れなのである。

だから、「なんで怒られて泣くんだよ」とか、「ちょっと苛められたくらいで泣くなよ」という言葉は、本当はタブーである。

泣くだけ泣いたらなんだかよく分からないけど、すっきりしてしまい、もうどうでもいいやって思えるでしょう?

だから泣きたい人を止めてはいけない。

笑うのはいいけど、泣くのは駄目だということは1つもない。

どんどん泣きましょう。


心に押し止めてしまった思いを外に出す方法としては、芸術として表現したり、日記に思いを吐き出したり、私のようにネットで公開したり、親しい友人や家族や心の師に話したり、やり方は人それぞれである。

しかし、何を浄化したらいいか分からない人がいる。

それは、心の中に押しとどめているものが何なのかを、探そうとしていないからである。

心の中に押しとどめたまま、外に吐き出すことなく、ずっと溜め込んだままでいると、それは”氣の塊”そのものであるので、氣を滞らせた状態が続く。それをずっとそのままにしていると、身体を蝕んで、実際に病気となる。
あるいは死後、その”氣の塊”を魂のふるさとへ冥土のありがた迷惑な土産として持っていくことになる。

まずは、自分の心の状態を知ろうとすることである。

それには内観する必要がある。

何に対して不満な思い、不安な思いをしているのか。

何に対して怯えているのか。

何に対して自信が持てないのか。

表面的には、何にも悩みがなさそうに見えても、人は何かしら必ず悩みや不安を持っているものである。

本当に悟りの境地に入れば、自分を表面的に取り繕うことがなくなるからである。

少しでも取り繕う自分があるのであれば、どこかに”氣の塊”を抱えている証拠である。

それはつまり、自分の”氣の塊”が流れてしまわないように守ってしまっているという証拠なのである。

どうして、病気の原因になってしまうような、ありがた迷惑な冥土の土産になってしまうような”氣の塊”を守ろうとするのか?

それはお金を貯め込んで使わないのと同じである。

幸か不幸か、お金は冥土の土産にすらならないので、生きているうちにいかに賢く使うかが大事になる。

しかし、”氣の塊”は、完全に自分の心の浄化が済むまで自分の魂の中に抱え込み続ける。

そして幾度幾度も氣が遠くなりそうなくらいに輪廻転生を繰り返しながら、実は抱え込むものは何もなかったんだという事実を知るのである。

そう、守るものは何もない。

初めから、何もなかったのだ。

それが、「色即是空、空即是色」の心なのである。

だからもう、無駄に”氣の塊”を守るのはやめませんか?

だって、神様が既に私達を守って下さっているのだから。

創造主が創って下さったこの世界で自由に遊べばよいのである。

そう、いかに心を遊ばせ、心のままに飛び、心のままに踊り、心のままに駆けることができるか。

ただそれだけが、創造主である神様の喜びであり、私達神の子の喜びなのである。

沢山泣いて、心が透明に輝き出すと、そこに光が差し込み、今までにない至福の思いが込み上げてくることだろう。

それが、愛である。

自分が本当の愛に氣付き、本当の愛で生きられるようになると、自分の周りにも本当の愛で輝いている人達が集まってくる。

良い循環がやってくる。

全ての歯車が合って、自分の波動も周りの波動も美しい螺旋を描いて上昇する。

自分の人生が美しい螺旋を描き出したら、自分の生まれてから死にゆくまでの螺旋の描き方が球体に近付くように強くイメージして日々を過ごそう。

1本の不動の直線に均等にまとわりつく美しい螺旋をね。

1本の不動の直線とは、自分の生きる姿勢そのもの。

少しでも歪むと綺麗な球体にはならないからね。

本当に5次元の世界がすごいなって思うのは、過去の出来事も、今より先の行いによって修正できるということである。

過去では本当に感謝の氣持ちを持つことができず、不平不満だらけで過ごしてきたのに、本当の愛に氣付いてその愛に沿った行いをするようになると、過去の出来事がそのまま”本当の愛に氣付き、行動していく為の素晴らしい経験”に摩り替わっていくのである。

そして、過去の体験で得たスキルや感覚的なものが今に活かされるのである。

だから、本当の愛に氣付いた時から、それまでの経験が全て無駄なものではなかったと知るのである。

だから無駄に”氣の塊”を抱えるのはやめましょう♪

意味分かったかな?( ̄ー+ ̄)ニヤリ

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