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2011年1月29日 (土)

介護の仕事の近況

今年に入ってから、仕事上ではいろんな事があった。

訪問介護で入っていた利用者さんが既に2名亡くなった。

一人は担当していないので存じ上げないのだが、もう一人は主に私が担当していた方で、亡くなったと責任者から電話が入った時にはすごくびっくりした。

私が最後に訪問に行ったのは、亡くなる3日前。

まるで亡くなるような兆しを見せなかった。

ただしかし、ようく考えると、普段よりも様子が違っていたかも知れない。

とにかくやたらと食べ物を欲しがっていて、いつもよりテンションが高いように感じた。

元々食欲はあって、「お嫁さんはおにぎり1つしか置いてってくれないからもうお腹が空いているのよ。なんか探してきて~」と毎回言われ、冷蔵庫から探しては持っていったのだが、その日は殊にお腹が空いたと騒ぎ、食パン1枚焼いて中華まんも持っていったのにもかかわらず、これじゃ足りないわよと半べそかかれてしまった。

他にいつも冷蔵庫にあるチョコレートと飲むヨーグルトを渡したのだが、これらはまだヘルパーが帰った後ゆっくり食べるから他に何かないのかと私を引きとめ、結局部屋にある仏壇のお供え物になっていたりんごを見つけて、「あれが食べたい。なんだったら自分で剥くからナイフここに置いてって」と懇願された。

ナイフを傍に置いていって何かあったら危ないのでそんなことはできない。だからと言って勝手にお供え物になっているりんごを剥いてしまっていいものか分からなかったので、最初は断ったものの、あまりに騒ぐので根負けして、もう時間になっていたのだが、急いで剥いて渡して帰ったのだった。

もしあの時りんごを剥かずに無理矢理説得して帰ってたら、亡くなったと聞いて後悔したかも知れない。

だからりんごを剥いて置いていってあげて良かった、と思った。

確かにこのお婆さんは、転んでしまって歩けなくなってからというもの、ベッドに寝かされてそのまま痩せ細り、死にたい死にたいといつも私にこぼしていた。

その一方で、私が来ると息子やお嫁さんの悪口を言い、でも家族には私達ヘルパーの悪口を言っているらしく、私もやれやれという気持ちで、でも訪問に行った時はできるだけの事をしてあげなくちゃと気持ちを切り替えて対応してきた。

しかし亡くなったと聞くと、やはりどこか寂しい気持ちになった。

だけど、しっかり成仏して天国に昇って欲しいと思った。


冬は亡くなる方が多いのだという。

やはり寒さが祟るのだろう。

そうなると、もう1人、大丈夫かなあという利用者さんがいて、あの方もいつどうなるか分からないな・・・、といや~な予感がよぎった。

その方は私も結構訪問に行っていたので、その方まで・・・、となると一気に収入も減ってしまう。

そうなったら、二重保育を始めたら赤字になっちゃうかも知れないな・・・、とぼんやり思った。


その予感は、当たらずとも遠からずだった。

訪問する予定の日に責任者からの電話で、「入院になったみたい」とのこと。

予感的中!と思って思わす他のスタッフにメール。

と思ったらまた電話が来て、「退院したから予定通り訪問入って」だって!(・oノ)ノエ?

どうも話によると、病名はついたけど入院する程のものではない事や、そこの病院が満床だったという理由もあって、入院させたくてもさせられなかったのだという。

じゃあと思って行ってみると、なんと、全然歩けない状態になってるじゃないの?!

今まで歩けていたのに、身体中がちっがちで足が麻痺しちゃっているみたい。

丁度責任者もかけつけてくれて、状況を察して利用者さんをオブって車から部屋まで運んでくれた。

もちろんそれまでも身体は大分かちこちで、足先手先がまだら模様になって震えていた。

要するにそんな状態になってしまったから入院させようと思ったものの、入院させてもらえず帰ってきたということらしい。それで運転してきた旦那さんが、車から降ろすのをやって欲しいと私をよこしたのだった。

でも、正直言ってこれは2人で介助しないと無理だ。

責任者も実際を見てそう感じたらしく、殆ど最後まで私についててくれて、トイレ介助をした後帰っていった。

でも旦那さんとしては、まだ何とかなるし、復活すると思っている様子。

その後訪問内容が変わり、朝・昼・晩のトイレ介助を旦那さんと手伝ってやるという話をもらった。

もちろん全部私が入る訳ではないが、翌々日の朝、私が訪問に入ると、旦那さんは電話で少々興奮して話していた。後で聞くとうちのケアマネと言い合いしていたとのこと。

2人で介助するという話だったので、旦那さんが電話を切るのを待っていた。

そうしたら、旦那さんがこちらへ来るなり、「ちょっと、1人でもやってくれる? こっちは朝ごはんも作らなくちゃいけないんだから!」といきなり叱られた。

「いや、お父さんが手伝ってくれるって聞いたので・・・」と言うと、旦那さんはおもむろに利用者の奥さんを後ろから引っ張り上げ、私も前から支えて、なんとかトイレまで連れていった。

電話でいろいろ介護内容で条件が合わず、いらいらしていたので、私に思わずそう言ってしまったのだろう。

分かってはいても、しんどかった。

トイレの中で泣いた。

奥さんが優しく私を見つめていた。

しかしお父さんもふと我に返ったのか、奥さんの着替えを持ってきて私に渡す時、「また終わったら呼んで下さい」と言ってくれた。

そこで素直に従えばいいのだが、ちょっと悔しかった私は、1人でできるのかどうか試してみようと思った。

そしたら、少し動かした後は足の動作が多少良くなったみたいで、私が前から奥さんを抱えて、奥さんに私の肩に手をかけてもらい、そして私は奥さんの腰をしっかり掴んで私が後ろ歩きで介助するようにすればなんとか大丈夫だった。

できないと思ったら正直にお父さんを呼ぶつもりだったのが下手にできてしまったものだから、まずかったかなと思い、介助が終わった後に責任者に電話して事のあらましを全部話した。するとやはり2人介助で約束している筈だから、絶対にお父さんに手伝ってもらわないと駄目だからと言われてしまった。

やっぱりそうだよねえ・・・(ノ_-。)

1人で無理してやって、万一の事があったら責任取れない。

で、責任者がまたお父さんにちゃんと話しておくと言ってくれた。

実は朝の後、すぐにお昼の介助が待っていたから。

私からもちゃんと言わなくちゃと思い、意を決してお昼の介助に訪問すると、お父さんは態度が一転し、一緒に手伝う氣満々モードになっていた( Д) ゚ ゚ エ?

私からも、2人介助でないと私自身が怒られてしまうのでととりあえず話し、お昼はつつがなく終了した。

後で聞くと、責任者が直接会ってちゃんと話してくれたのだという。


正直、この利用者さんも、こうなったらもう厳しいのではないかと思った。

今までの経験上、悪くはなっても良くなった利用者さんを見たことがなかったのだから。


ところが!

その2日後は、うちのデイサービスにやってくるというので、どうなるのか心配しながら出勤したところ、今までと同じように歩けるようになっているではないか!

おそらくそれまでの通院で点滴などをしてもらった結果、一時的に復活したのだろう。

でも確かに歩行は両手をこちらが持つことによって大丈夫にはなったものの、言葉が以前よりも更に出なくなり、食事ももう自ら箸を持って口に持っていく動作をしなくなってしまった。こちらが介助すればちゃんと食べてくれるのだが。

相変わらず手先足先は冷え切っているようでまだらもようになっていて、手は震えていた。

私の直観では、また近いうち歩行も困難になると思った。

しかしお父さんは、ほれみたことか、復活したぞと喜んでいることだろう。

でも、それは申し訳ないけど希望的観測に過ぎない。

くも膜下出血で倒れた後、無事退院したものの、それから段々に認知が進み、身体が硬直し始めていった奥さん。

明らかに薬漬けで身体が冷え、頭も冷えで思考能力が低下していった証拠である。

お父さんは明らかに西洋医学に傾倒している方で、何かあればすぐ薬、病院と、東洋医学の話をする隙間もない方なので、私は今の立場上何も言えず、ただただ見守るのが精一杯である。


今年入って初っ端からドタバタな仕事の展開であるものの、今の私はもう、これすらも楽しんでしまえとという心境である。

泣いても必ず後に笑いがくる。

いつもそれを信じて仕事に臨む。

ただただそれだけである。

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