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2011年1月31日 (月)

江原啓之氏の「祈り」の定義

2009年の終わりに江原啓之氏が出した名著『スピリチュアリズムを語る』を最近読み終えた。

江原氏の初期の傑作本である『人はなぜ生まれいかに生きるのか―新装版・自分のための「霊学」のすすめ』に次ぐお奨めの本であり、今まで柔らかい口調でスピリチュアルな姿勢で生きることの意味を初心者に語りかけてきた雰囲気からは一転し、かなりマニアックな話まで突っ込んで本音を書かれており、江原氏がテレビなどの大マスコミの前では言えなかった様々なことが赤裸々に語られている印象を受けた。

とはいえ、彼はスピリチュアルという言葉を日本に根付かせ、見えない世界や霊的世界を実はとても明るい世界なのだと説いた最初の人であり、その知名度は計り知れず、彼がもっともっと真実を語ったとしたならば、その影響は甚大で下手すれば読者がパニックになりかねない。だからその辺のところまでは敢えて目を瞑り、今の彼の立場において精一杯真実に則した内容になっている、とも感じた。

有名になればなるほど、残念ながらしがらみも沢山出てきてしまう。

例えば、江原氏はこの本の中において、西洋医学の必要性についても触れている。

受けて助かる医療なら積極的に受けるべきだと。

要するにバランスということ。

私自身、誤解されたくないので書くが、必要と思われる手術などといった外科的治療や、緊急時における一時的な薬の投与については全く否定していない。

却って、治すことができると主張するヒーラーこそ注意するべきだ、ともはっきり書いている。

しかし本当の真実を語るならば、しっかり山などで肉体的にも霊的にも修行をきっちり終えた真のヒーラーならば、病気を治すことは可能である。

その最初の人が、山で21日間の断食修行をし、靈氣療法を最初に確立した臼井甕男である。更に臼井氏と全く同じ修行をされたのは現在我が師匠以外には知らないが、どちらにせよ数える程しかいないだろう。

でも世にはばかるヒーラーの殆どは、真のヒーラーではない。

伝授されてちょっと感じることができたと思っただけで、「私が病気を治します」と豪語し、ビジネスに利用するのだから。

江原氏はそのことが言いたいのだろう。

スピリチュアルに傾倒する人の大半は、西洋医学を嫌うあまり、そういった金儲け主義のエセヒーラーに依存して、結局病気も大して良くならずに右往左往してしまうことが多いので、それを牽制する目的で、”病気を治すと言っているヒーラーこそ危険”と警告するのである。また、今の社会が、医者以外の人間が病気を治すと発言することを許していないので、現在の法律の下に生きているのなら尚更である、とも言っている。

私は無名の修行中の人間なので、当然ビジネスする立場にないし、私利私欲でヒーラーとしてのステップを踏もうとしている訳では全くないので、ここのブログにおいては治せる治せると平気で書いてしまうのだが、万一江原氏くらいの立場になったとしたら私も同じように言うだろう(もちろん今の私でさえも、ブログや修行仲間同士の会話以外では声を大にしてヒーリングで病気を治すとは言わないし言えない)。でもどんなに逆立ちしてもこの先江原氏のような超有名な立場になることはありえないので、これからもここでは”ヒーリングで病気は治せる”という真実を根底にブログを書いていく所存である。もっと言えば、「ヒーリングで自己治癒能力を高めるのに貢献する、その結果病気が治っていく、治すのは”治すんだ!”という強い意志を持つ被施術者自身である」、ということが本当の本当の真実である。


あともう1つ、江原氏は地球温暖化についても触れているのだが、地球温暖化が起きた原因は、人間の心の誤りに端を発していると説いている。それ以上のことは書いていない。

私はネットをいろいろ見ていて、やはり温暖化はしていないという結論を得たのだが、さすがに江原氏がそんなことを言ったら一般の読者はパニックになるし、影響力がありすぎてマスコミから大バッシングされるのが目に見えているので、そこまで書かないのである。

だからといって、江原氏の言い方は全く間違っていない。人間の心の誤りの結果、温暖化現象が作られたのだから。そして見事に私達は、温暖化しているから省エネのエアコンに切り替えなくちゃ、太陽光発電にしなくちゃと洗脳され、ビジネスに利用されてしまったのだから。


と、長い長い前置きはこのくらいにして、この江原氏の本の中で、特にここに引用しておきたい箇所があるのでそれを載せておきたい。

それは江原氏が語る「祈り」・「念力」の定義である。

江原氏の考えを読んで、なるほどそういう捉え方をするとより祈りの重要性が高まるなあ、と唸ってしまった。

という訳で以下転載。

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 祈りと念力は違うものですか?


 人生において、一番大事なのは「祈り」と「念力」です。
 みなさんは、毎日祈っていますか? ただ、ここでいう祈りとは、特定の宗教や偶像に向けて祈るという意味ではありません。スピリチュアリズムでは、ひとりひとりの中に「神」が内在しているととらえています。誰もが、崇高なエナジーである神の「未熟な一部分」としてこの世に生まれ、たましいを磨いている存在なのです。
 ですから、一番身近なところに、「あなた自身」という神がいる、ということ。そして、祈りとは、その「自分自身」という神を見つめること、つまり、内観するということをいうのです。自分という神を通して、自分を映しみて、自らの未熟さや磨き足りないところに気づいていくことが、祈りの実践です。
 単に、何か願い事があって、それを「かなえてください」と念じるのが祈りなのではありません。自らを省みて、”内なる神”と対話することが大切なのです。
 祈るというのは重要で、念力もそこから出てくるのです。祈り続けることができたなら答えが出てくるし、必ず必要な方向に導かれます。自分はスピリチュアルなことを頭では理解するのだけれど心のうちではまだわからない、という人もいっぱいいますが、そういう人に私がアドバイスしたいのは、「毎日祈りなさい」ということ。そして、そこで何を祈るかといったら、自分自身が生きている中でさまざまなことへの感謝、自分はどうしたら人や社会や世界平和に貢献できるかということ。そういったことを内観し、祈り続けていくと、必ず答えがやってきます。
 また、自分自身の欠点や問題点も祈りなさい、何かつまづいて悩んだら、悩んだことを祈りなさい、とも言っています。
 祈りは、日常生活の中でも自分の心を知る大きな秤になると思います。たとえば自分が、本当にこれが好きなのかわからない。あるいは自分が何をしていいかわからない。そういうときには祈り続けてみればいいのです。もし祈りが続かなければ、本当はそれをしたくないという回答なのです。本心から望むことであれば、祈り続けられたからです。
 私自身は「祈り」という言葉はあまり使わず、「内観」と言います。繰り返しになりますが、祈りは内観につながります。最初は依存心が強くて「何とかしてください」という祈りかもしれません。しかし、「何とかしてください」では、そこに行動がありません。やがて「私はどうするべきでしょうか」という祈りに気づき、祈り続ければ「こうするべきなのだろう」というアイデアが現実的に見えてきます。
 そういう導きを体験すると、誰もが確信して、人間は霊的な存在なのだな、大きな力に見守られているなということをたましいで実感するでしょう。祈ったことには必ず結論が出るからです。
 日本では「拝み屋」という言葉があるくらいで、誰かに代わりに祈ってもらおうとする傾向があります。手伝ってもらおうというのでもなく、はなから人任せで、自分は祈らなかったりするのでは、意味を成しません。自分自身と対話し、自らのなかから答えを求めないことには、真の理解はまず得られないでしょう。
 マザー・テレサも何かのたびに必ず「祈りましょう」と言っていました。何か困ったことがあっても、祈れば答えが出ます、祈って出た結果は受け入れましょう、と。それを、「必ず神様が何とかしてくださるから」と話していました。
 繰り返しになりますが、祈りとは自分自身に問いかけ、実践すること。決して、神頼みをすることでも、依存することでもありません。
 そう考えると、今の時代は、祈りというもののとらえ方が違っているのが一番の問題かもしれません。まず、自分を見つめるという祈りがない。朝から晩まで忙しくしていて、あとの時間は気絶して寝ているだけで、それでは静寂を持つ時間、自分と向き合う時間など持てないはずです。そして、祈らないから念力も生まれない。それゆえに、道が定まらずに迷ったり、思うように物事が進まないのではないかと私はみています。

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祈りは内観そのもの。ナイス発言である。

祈ることによって行動したくなってくるのは、そこに内観のプロセスを同時に踏んでいるからなのだ。

そして行動が伴うところに、念力も重なってくるので、結果を自分の思った通りにすることができるのである。

だからこそ、祈りが肝心要なのだ。

江原氏の表現はいつも分かり易くて、すっと胸に入ってくる。

やはり江原氏はホンモノのスピリチュアリストである。

さあ、今日も祈って行動に繋げよう♪

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