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2011年1月

2011年1月31日 (月)

江原啓之氏の「祈り」の定義

2009年の終わりに江原啓之氏が出した名著『スピリチュアリズムを語る』を最近読み終えた。

江原氏の初期の傑作本である『人はなぜ生まれいかに生きるのか―新装版・自分のための「霊学」のすすめ』に次ぐお奨めの本であり、今まで柔らかい口調でスピリチュアルな姿勢で生きることの意味を初心者に語りかけてきた雰囲気からは一転し、かなりマニアックな話まで突っ込んで本音を書かれており、江原氏がテレビなどの大マスコミの前では言えなかった様々なことが赤裸々に語られている印象を受けた。

とはいえ、彼はスピリチュアルという言葉を日本に根付かせ、見えない世界や霊的世界を実はとても明るい世界なのだと説いた最初の人であり、その知名度は計り知れず、彼がもっともっと真実を語ったとしたならば、その影響は甚大で下手すれば読者がパニックになりかねない。だからその辺のところまでは敢えて目を瞑り、今の彼の立場において精一杯真実に則した内容になっている、とも感じた。

有名になればなるほど、残念ながらしがらみも沢山出てきてしまう。

例えば、江原氏はこの本の中において、西洋医学の必要性についても触れている。

受けて助かる医療なら積極的に受けるべきだと。

要するにバランスということ。

私自身、誤解されたくないので書くが、必要と思われる手術などといった外科的治療や、緊急時における一時的な薬の投与については全く否定していない。

却って、治すことができると主張するヒーラーこそ注意するべきだ、ともはっきり書いている。

しかし本当の真実を語るならば、しっかり山などで肉体的にも霊的にも修行をきっちり終えた真のヒーラーならば、病気を治すことは可能である。

その最初の人が、山で21日間の断食修行をし、靈氣療法を最初に確立した臼井甕男である。更に臼井氏と全く同じ修行をされたのは現在我が師匠以外には知らないが、どちらにせよ数える程しかいないだろう。

でも世にはばかるヒーラーの殆どは、真のヒーラーではない。

伝授されてちょっと感じることができたと思っただけで、「私が病気を治します」と豪語し、ビジネスに利用するのだから。

江原氏はそのことが言いたいのだろう。

スピリチュアルに傾倒する人の大半は、西洋医学を嫌うあまり、そういった金儲け主義のエセヒーラーに依存して、結局病気も大して良くならずに右往左往してしまうことが多いので、それを牽制する目的で、”病気を治すと言っているヒーラーこそ危険”と警告するのである。また、今の社会が、医者以外の人間が病気を治すと発言することを許していないので、現在の法律の下に生きているのなら尚更である、とも言っている。

私は無名の修行中の人間なので、当然ビジネスする立場にないし、私利私欲でヒーラーとしてのステップを踏もうとしている訳では全くないので、ここのブログにおいては治せる治せると平気で書いてしまうのだが、万一江原氏くらいの立場になったとしたら私も同じように言うだろう(もちろん今の私でさえも、ブログや修行仲間同士の会話以外では声を大にしてヒーリングで病気を治すとは言わないし言えない)。でもどんなに逆立ちしてもこの先江原氏のような超有名な立場になることはありえないので、これからもここでは”ヒーリングで病気は治せる”という真実を根底にブログを書いていく所存である。もっと言えば、「ヒーリングで自己治癒能力を高めるのに貢献する、その結果病気が治っていく、治すのは”治すんだ!”という強い意志を持つ被施術者自身である」、ということが本当の本当の真実である。


あともう1つ、江原氏は地球温暖化についても触れているのだが、地球温暖化が起きた原因は、人間の心の誤りに端を発していると説いている。それ以上のことは書いていない。

私はネットをいろいろ見ていて、やはり温暖化はしていないという結論を得たのだが、さすがに江原氏がそんなことを言ったら一般の読者はパニックになるし、影響力がありすぎてマスコミから大バッシングされるのが目に見えているので、そこまで書かないのである。

だからといって、江原氏の言い方は全く間違っていない。人間の心の誤りの結果、温暖化現象が作られたのだから。そして見事に私達は、温暖化しているから省エネのエアコンに切り替えなくちゃ、太陽光発電にしなくちゃと洗脳され、ビジネスに利用されてしまったのだから。


と、長い長い前置きはこのくらいにして、この江原氏の本の中で、特にここに引用しておきたい箇所があるのでそれを載せておきたい。

それは江原氏が語る「祈り」・「念力」の定義である。

江原氏の考えを読んで、なるほどそういう捉え方をするとより祈りの重要性が高まるなあ、と唸ってしまった。

という訳で以下転載。

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 祈りと念力は違うものですか?


 人生において、一番大事なのは「祈り」と「念力」です。
 みなさんは、毎日祈っていますか? ただ、ここでいう祈りとは、特定の宗教や偶像に向けて祈るという意味ではありません。スピリチュアリズムでは、ひとりひとりの中に「神」が内在しているととらえています。誰もが、崇高なエナジーである神の「未熟な一部分」としてこの世に生まれ、たましいを磨いている存在なのです。
 ですから、一番身近なところに、「あなた自身」という神がいる、ということ。そして、祈りとは、その「自分自身」という神を見つめること、つまり、内観するということをいうのです。自分という神を通して、自分を映しみて、自らの未熟さや磨き足りないところに気づいていくことが、祈りの実践です。
 単に、何か願い事があって、それを「かなえてください」と念じるのが祈りなのではありません。自らを省みて、”内なる神”と対話することが大切なのです。
 祈るというのは重要で、念力もそこから出てくるのです。祈り続けることができたなら答えが出てくるし、必ず必要な方向に導かれます。自分はスピリチュアルなことを頭では理解するのだけれど心のうちではまだわからない、という人もいっぱいいますが、そういう人に私がアドバイスしたいのは、「毎日祈りなさい」ということ。そして、そこで何を祈るかといったら、自分自身が生きている中でさまざまなことへの感謝、自分はどうしたら人や社会や世界平和に貢献できるかということ。そういったことを内観し、祈り続けていくと、必ず答えがやってきます。
 また、自分自身の欠点や問題点も祈りなさい、何かつまづいて悩んだら、悩んだことを祈りなさい、とも言っています。
 祈りは、日常生活の中でも自分の心を知る大きな秤になると思います。たとえば自分が、本当にこれが好きなのかわからない。あるいは自分が何をしていいかわからない。そういうときには祈り続けてみればいいのです。もし祈りが続かなければ、本当はそれをしたくないという回答なのです。本心から望むことであれば、祈り続けられたからです。
 私自身は「祈り」という言葉はあまり使わず、「内観」と言います。繰り返しになりますが、祈りは内観につながります。最初は依存心が強くて「何とかしてください」という祈りかもしれません。しかし、「何とかしてください」では、そこに行動がありません。やがて「私はどうするべきでしょうか」という祈りに気づき、祈り続ければ「こうするべきなのだろう」というアイデアが現実的に見えてきます。
 そういう導きを体験すると、誰もが確信して、人間は霊的な存在なのだな、大きな力に見守られているなということをたましいで実感するでしょう。祈ったことには必ず結論が出るからです。
 日本では「拝み屋」という言葉があるくらいで、誰かに代わりに祈ってもらおうとする傾向があります。手伝ってもらおうというのでもなく、はなから人任せで、自分は祈らなかったりするのでは、意味を成しません。自分自身と対話し、自らのなかから答えを求めないことには、真の理解はまず得られないでしょう。
 マザー・テレサも何かのたびに必ず「祈りましょう」と言っていました。何か困ったことがあっても、祈れば答えが出ます、祈って出た結果は受け入れましょう、と。それを、「必ず神様が何とかしてくださるから」と話していました。
 繰り返しになりますが、祈りとは自分自身に問いかけ、実践すること。決して、神頼みをすることでも、依存することでもありません。
 そう考えると、今の時代は、祈りというもののとらえ方が違っているのが一番の問題かもしれません。まず、自分を見つめるという祈りがない。朝から晩まで忙しくしていて、あとの時間は気絶して寝ているだけで、それでは静寂を持つ時間、自分と向き合う時間など持てないはずです。そして、祈らないから念力も生まれない。それゆえに、道が定まらずに迷ったり、思うように物事が進まないのではないかと私はみています。

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祈りは内観そのもの。ナイス発言である。

祈ることによって行動したくなってくるのは、そこに内観のプロセスを同時に踏んでいるからなのだ。

そして行動が伴うところに、念力も重なってくるので、結果を自分の思った通りにすることができるのである。

だからこそ、祈りが肝心要なのだ。

江原氏の表現はいつも分かり易くて、すっと胸に入ってくる。

やはり江原氏はホンモノのスピリチュアリストである。

さあ、今日も祈って行動に繋げよう♪

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2011年1月29日 (土)

介護の仕事の近況

今年に入ってから、仕事上ではいろんな事があった。

訪問介護で入っていた利用者さんが既に2名亡くなった。

一人は担当していないので存じ上げないのだが、もう一人は主に私が担当していた方で、亡くなったと責任者から電話が入った時にはすごくびっくりした。

私が最後に訪問に行ったのは、亡くなる3日前。

まるで亡くなるような兆しを見せなかった。

ただしかし、ようく考えると、普段よりも様子が違っていたかも知れない。

とにかくやたらと食べ物を欲しがっていて、いつもよりテンションが高いように感じた。

元々食欲はあって、「お嫁さんはおにぎり1つしか置いてってくれないからもうお腹が空いているのよ。なんか探してきて~」と毎回言われ、冷蔵庫から探しては持っていったのだが、その日は殊にお腹が空いたと騒ぎ、食パン1枚焼いて中華まんも持っていったのにもかかわらず、これじゃ足りないわよと半べそかかれてしまった。

他にいつも冷蔵庫にあるチョコレートと飲むヨーグルトを渡したのだが、これらはまだヘルパーが帰った後ゆっくり食べるから他に何かないのかと私を引きとめ、結局部屋にある仏壇のお供え物になっていたりんごを見つけて、「あれが食べたい。なんだったら自分で剥くからナイフここに置いてって」と懇願された。

ナイフを傍に置いていって何かあったら危ないのでそんなことはできない。だからと言って勝手にお供え物になっているりんごを剥いてしまっていいものか分からなかったので、最初は断ったものの、あまりに騒ぐので根負けして、もう時間になっていたのだが、急いで剥いて渡して帰ったのだった。

もしあの時りんごを剥かずに無理矢理説得して帰ってたら、亡くなったと聞いて後悔したかも知れない。

だからりんごを剥いて置いていってあげて良かった、と思った。

確かにこのお婆さんは、転んでしまって歩けなくなってからというもの、ベッドに寝かされてそのまま痩せ細り、死にたい死にたいといつも私にこぼしていた。

その一方で、私が来ると息子やお嫁さんの悪口を言い、でも家族には私達ヘルパーの悪口を言っているらしく、私もやれやれという気持ちで、でも訪問に行った時はできるだけの事をしてあげなくちゃと気持ちを切り替えて対応してきた。

しかし亡くなったと聞くと、やはりどこか寂しい気持ちになった。

だけど、しっかり成仏して天国に昇って欲しいと思った。


冬は亡くなる方が多いのだという。

やはり寒さが祟るのだろう。

そうなると、もう1人、大丈夫かなあという利用者さんがいて、あの方もいつどうなるか分からないな・・・、といや~な予感がよぎった。

その方は私も結構訪問に行っていたので、その方まで・・・、となると一気に収入も減ってしまう。

そうなったら、二重保育を始めたら赤字になっちゃうかも知れないな・・・、とぼんやり思った。


その予感は、当たらずとも遠からずだった。

訪問する予定の日に責任者からの電話で、「入院になったみたい」とのこと。

予感的中!と思って思わす他のスタッフにメール。

と思ったらまた電話が来て、「退院したから予定通り訪問入って」だって!(・oノ)ノエ?

どうも話によると、病名はついたけど入院する程のものではない事や、そこの病院が満床だったという理由もあって、入院させたくてもさせられなかったのだという。

じゃあと思って行ってみると、なんと、全然歩けない状態になってるじゃないの?!

今まで歩けていたのに、身体中がちっがちで足が麻痺しちゃっているみたい。

丁度責任者もかけつけてくれて、状況を察して利用者さんをオブって車から部屋まで運んでくれた。

もちろんそれまでも身体は大分かちこちで、足先手先がまだら模様になって震えていた。

要するにそんな状態になってしまったから入院させようと思ったものの、入院させてもらえず帰ってきたということらしい。それで運転してきた旦那さんが、車から降ろすのをやって欲しいと私をよこしたのだった。

でも、正直言ってこれは2人で介助しないと無理だ。

責任者も実際を見てそう感じたらしく、殆ど最後まで私についててくれて、トイレ介助をした後帰っていった。

でも旦那さんとしては、まだ何とかなるし、復活すると思っている様子。

その後訪問内容が変わり、朝・昼・晩のトイレ介助を旦那さんと手伝ってやるという話をもらった。

もちろん全部私が入る訳ではないが、翌々日の朝、私が訪問に入ると、旦那さんは電話で少々興奮して話していた。後で聞くとうちのケアマネと言い合いしていたとのこと。

2人で介助するという話だったので、旦那さんが電話を切るのを待っていた。

そうしたら、旦那さんがこちらへ来るなり、「ちょっと、1人でもやってくれる? こっちは朝ごはんも作らなくちゃいけないんだから!」といきなり叱られた。

「いや、お父さんが手伝ってくれるって聞いたので・・・」と言うと、旦那さんはおもむろに利用者の奥さんを後ろから引っ張り上げ、私も前から支えて、なんとかトイレまで連れていった。

電話でいろいろ介護内容で条件が合わず、いらいらしていたので、私に思わずそう言ってしまったのだろう。

分かってはいても、しんどかった。

トイレの中で泣いた。

奥さんが優しく私を見つめていた。

しかしお父さんもふと我に返ったのか、奥さんの着替えを持ってきて私に渡す時、「また終わったら呼んで下さい」と言ってくれた。

そこで素直に従えばいいのだが、ちょっと悔しかった私は、1人でできるのかどうか試してみようと思った。

そしたら、少し動かした後は足の動作が多少良くなったみたいで、私が前から奥さんを抱えて、奥さんに私の肩に手をかけてもらい、そして私は奥さんの腰をしっかり掴んで私が後ろ歩きで介助するようにすればなんとか大丈夫だった。

できないと思ったら正直にお父さんを呼ぶつもりだったのが下手にできてしまったものだから、まずかったかなと思い、介助が終わった後に責任者に電話して事のあらましを全部話した。するとやはり2人介助で約束している筈だから、絶対にお父さんに手伝ってもらわないと駄目だからと言われてしまった。

やっぱりそうだよねえ・・・(ノ_-。)

1人で無理してやって、万一の事があったら責任取れない。

で、責任者がまたお父さんにちゃんと話しておくと言ってくれた。

実は朝の後、すぐにお昼の介助が待っていたから。

私からもちゃんと言わなくちゃと思い、意を決してお昼の介助に訪問すると、お父さんは態度が一転し、一緒に手伝う氣満々モードになっていた( Д) ゚ ゚ エ?

私からも、2人介助でないと私自身が怒られてしまうのでととりあえず話し、お昼はつつがなく終了した。

後で聞くと、責任者が直接会ってちゃんと話してくれたのだという。


正直、この利用者さんも、こうなったらもう厳しいのではないかと思った。

今までの経験上、悪くはなっても良くなった利用者さんを見たことがなかったのだから。


ところが!

その2日後は、うちのデイサービスにやってくるというので、どうなるのか心配しながら出勤したところ、今までと同じように歩けるようになっているではないか!

おそらくそれまでの通院で点滴などをしてもらった結果、一時的に復活したのだろう。

でも確かに歩行は両手をこちらが持つことによって大丈夫にはなったものの、言葉が以前よりも更に出なくなり、食事ももう自ら箸を持って口に持っていく動作をしなくなってしまった。こちらが介助すればちゃんと食べてくれるのだが。

相変わらず手先足先は冷え切っているようでまだらもようになっていて、手は震えていた。

私の直観では、また近いうち歩行も困難になると思った。

しかしお父さんは、ほれみたことか、復活したぞと喜んでいることだろう。

でも、それは申し訳ないけど希望的観測に過ぎない。

くも膜下出血で倒れた後、無事退院したものの、それから段々に認知が進み、身体が硬直し始めていった奥さん。

明らかに薬漬けで身体が冷え、頭も冷えで思考能力が低下していった証拠である。

お父さんは明らかに西洋医学に傾倒している方で、何かあればすぐ薬、病院と、東洋医学の話をする隙間もない方なので、私は今の立場上何も言えず、ただただ見守るのが精一杯である。


今年入って初っ端からドタバタな仕事の展開であるものの、今の私はもう、これすらも楽しんでしまえとという心境である。

泣いても必ず後に笑いがくる。

いつもそれを信じて仕事に臨む。

ただただそれだけである。

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2011年1月21日 (金)

自然がいっぱいの幼稚園♪

最近ブログの更新が弱弱しくなってしまったのだが、ちゃんと理由があって、今少しずつ、幼稚園入園から使うリュックサックの手作りを始めているところである。

なんてったって、裁縫だけは殆どやってこなかったので、とりあえず無駄な失敗だけはしたくないと、とーっても簡単な幼稚園側からのリュックの作り方の紙を穴があくほど睨みながら、材料を買いに行き、やっとこさミシンを動かし始めたところなのである。

しかし、やっぱりミシンを動かしているときっと我が子は好奇な顔をして近寄ってくるのは目に見えている。なので仕事をしている私は、仕事の空き時間や、朝早く起きるなどして、子供のいない時間帯を狙って少しずつ作っていくしかない。

こんな手作りリュックサックを作らせるような幼稚園はどんなところか、というと、とにかく昭和の匂いのする風景が特徴的な、自然に囲まれたぬくもりのある幼稚園である。

まさか、旦那の実家のある町中に、こんな素晴らしい、私にとって理想的な幼稚園があったのかというくらい、超自然派である。

団地ができた際に、沢山の子供が生まれ、幼稚園が足りなくなってしまったので、団地に住む家族を中心に通ってもらうべく、父母の力でできたそうな。庭にはヤギや鶏などがおり、奥には畑もあり、飼育はもちろん、野菜を育てるのも種を蒔くところから子供達にやらせる。

完全に遊び中心で、朝から昼間帰宅する時まで思いっきり遊ぶ。竹馬もやるし雑巾縫いもやる。遊びの能力と共に生活力を養わせてくれる幼稚園。

更に食事は発酵玄米のご飯に、殆ど肉なしのおかず。もちろん牛乳も卵も出ない。

牛乳と卵にアレルギーのある我が子にとってはとても安心できる食事内容。

ただしかし、残念ながら給食は週2回しかないので(^-^;、それ以外の日はお弁当を作らなければならない。
もちろんなるべく肉は入れないで、野菜を大きめに切って薄味にし、ごはんにはふりかけも何もかけないで下さいとのこと。すごい、徹底している。

また、おやつの時間は、お菓子が出る訳がない(笑)。

にんじんの酢漬けだの、きゅうりに塩をかけたものだの、たまに果物が出ればラッキーというような、本当にシブい内容Σ(;・∀・)
これらも、子供達が育てて収穫した野菜や果物で賄われるという。

園ができた当初からそうだった訳でなないみたいだけど、父母の要望を取り入れながら、ある時から食事にも氣を遣うようになり、今のスタイルができあがっていったのだと思われる。

この町に引っ越すと決めた時から幼稚園はここにしようと決めていた。

しかし、やむなく仕事をしなければならない状況になり、今は子供を保育所に預けて働いているのだが、やはりお国事業の保育所では、通り一遍の内容で物足りないし、食事は肉も牛乳も卵も普通に出るし、おやつも普通にお菓子が出るので、そういう味を覚えたらもう、家に帰ったってそういうのが食べたくなるに決まっている。

私もそこまで徹底して取り組めないので、普通にお菓子やジュースはあげてしまっているのだが、これから幼稚園に入るに当たって、せめてその時間だけは美味しいものに氣を捕われずに、素朴な食事と、あとは遊びにしっかり集中することができたら、今後の子供の人生を形成するのに良い影響をもたらすはずだと思っている。

早期教育という言葉に乗っかって、いたずらに勉強するように仕向けると、しっかり自分の心のままに遊ぶという時間が減り、本来の集中力が養われない。
遊びに集中することを覚えれば、小学校へ上がったら自然と勉強にも集中して取り組めるのだという。
また下手にいろいろ覚えさせると、小学校に上がると、既に知っている内容が出るので、却って授業を聞かなくなってしまうのだという。

早期教育がいかにも大事だ、というようなセールストークに踊らされることはない。

もちろん、英語を幼児期に覚えると上達が早いというような文句も聞かない方がよい。

大体、母国語である日本語をまだまともに話せないうちから英語を覚えさせるという神経が私には分からない。

絶対に母国語が大事である。英語は二の次。家族の事情で海外に暮らすことがあるならともかく、しばらく日本にいる人間に、なんで英語を詰め込ませなければならないのか、甚だ疑問である。

つまりは親がどこにアンテナを張っているのか、である。

利益主義の塾や通信講座の話に踊らされるとしたならば、親も結局利益主義の枠から出ることができず、同じ穴のムジナであり、子供の心を見ていないということである。これでは子供が可哀想である。

子供が自ら、ピアノ習いたいとか、スイミングに行きたいとか言い出すのならいいのだけど、親の勝手な思いだけで、あれをさせよう、これをさせようと躍起になるのは、親のエゴであり見栄でしかない。

とか言いながら、私も保育所に預けるまでは、やたら来るちゃれ○じの広告に負け、そんなにお金がかからないからやってみるかと思い、教材を取ってみたが、元々成長が遅めだった我が子には、そのおもちゃの遊び方が全然理解できず、1歳児頃に来たおもちゃを3歳になった今になって得意げに遊んでいるのだから腑に落ちない。

結局そんなものである。

という訳で、私の思いをちゃんと叶えてくれる理想的な幼稚園に、今年は子供を通わせ、しかし仕事も引き続き続けるので、幼稚園の後は託児所にバスで送迎してもらい、いわゆる二重保育をして年少を乗り切りたいと思う。
年中からは幼稚園で延長保育してくれるので、とにかくそれまでの辛抱である。

こんな幼稚園に巡り合ったのも、きっと必然だと感じている。

前に住んでいた町では絶対に見つけられない幼稚園だから。

私も子供と一緒に、この幼稚園で成長できたらいいなと思う。

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2011年1月16日 (日)

祈りで湖が綺麗になった実例

あああ、関東でも遂に雪が降ってしまったね。

急激に寒くなったしね。

もう分かる人には分かる。

温暖化はしていないと。


ところで、前から書こうと思いながら書かずにいた話を載せておきたい。

水の波動を最初に発見した江本勝氏が、2001年に出された水の波動の写真集『水からの伝言vol.2』で興味深いワークについて述べている。

簡単に言えば、祈りで湖が綺麗になってしまった、というのである。

ここで基本をおさえておきたいのは、水は波動を転写する役割を持っている、ということである。

私達の唱えた言靈や思い描いたイメージは、そのまま水が受け止めてしまう。私達の思いの鏡なのである。

水がそうであるということは、水が蒸発して気体になった空気(氣)もまた同じである。もちろん氷も。

分かり易く言うと、ポジティブな言葉を投げかけると、水の波動は美しい結晶を作るが、ネガティブな言葉をかけると水の波動は歪み、シンメトリーは崩れ、結晶の形もねじまがってしまう。興味のある方は是非江本勝氏の本や写真集を見て欲しい。

だから”水(氣・氷)”がこの世界においてどんなに重要な存在なのか、ようく心得る必要がある。

以下転載。

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『水からの伝言・1』に私は、1997年10月に群馬県の藤原ダムで行った加持祈祷による水の浄化を紹介いたしました。その実験の結果に深く感銘し、同じことを琵琶湖で行いたいと考えました。
 1997年7月25日、朝4時30分、350名の人が集まり、琵琶湖に向かって言葉をささげました。当時97歳だった『大断言』の塩谷信男先生も、ごいっしょに祈ってくださいました。この結果、私たちは世間があっと驚くような、すごい成果を得ることになったのです。その成果とは・・・・・・?
 その日から1ヶ月と2日たった8月27日、地元の有力新聞社である京都新聞社がびっくりし、とても喜びました。今年は琵琶湖の水に対する苦情が減った、水藻の分布状態もよくなり、水の悪臭がなくなったというのです。

 2000年の9月25日にサンマーク出版より発刊された「自在力2」でその著者、塩谷信男先生は次のように述べられています。

 わが国最大の湖で、関西地方の水瓶でもある滋賀県の琵琶湖も例にもれず、汚染がひどく、水は汚れて悪臭を放ち、かつての美しい湖岸やヨシの群落などはもうほとんど見られなくなったといいます。かわりに毎年夏になると。コカナダモという外来の水草が異常繁殖して湖面を覆い、これが腐って近辺に悪臭をまき散らすので、県が大がかりな刈り取り作業を行うことが、もう二十年以上も続いているといいます。
 ところが昨年(平成十一年)の夏だけは、どういうわけかこの水草がほとんど発生せず、例年なら役所に殺到する悪臭への苦情も、まったく寄せられなかった。その原因の見当がつかないので、関係者はみんな首をひねっていると新聞に報じられていました。
 いわば突然、「有が無になる」現象が琵琶湖の水面に起こったわけですが、この”奇跡”も、わたしは思いの力で説明できると考えています。というのも、それを起こした張本人のひとりが、ほかならぬこのわたしだからです。
 この年、波動の研究をしている人たちが中心になって、琵琶湖の水をきれいにしようという催し事が開かれました。琵琶湖の水がきれいになれば、日本中の水が浄化されるという古くからの言い伝えがあり、波動や言靈の力でそれを実践しようという集まりです。そこにわたしも呼ばれて、湖畔のホテルまで出向き、正心調息法に関する講演を行いました。
 そして翌日の未明、琵琶湖の湖岸に三百余人の参加者が集合し、わたしをまん中にして湖面に向かうと、昇りくる朝日を正面から浴びながら、「大断言」を唱えたのです。

「宇宙の無限の力が凝り凝って、真(まこと)の大和(だいわ)のみ世が生り成った」

とわたしが先導するかたちで、全員がこの大断言の言葉を十回唱和しました。
 大断言とは文字どおり、宇宙に満ちる無限のエネルギーを活用することによって、世界平和を実現する力強い言葉。それを既成のこととして強くいいきる断言の言葉です。
 これを発することで、宇宙無限力が吹きこまれた言靈のパワーが周囲の事物に広がり、浸透して、世界の平和をはじめ多くの願望達成や幸福が人びとにもたらされる。そのもっとも力強い想念の言葉であり、また、もっとも強力に想念の実現を後押しする言葉のことです。
 その唱和がすむと、すぐにその場を失礼して、老齢のわたしはホテルへ帰りました。それが昨年の七月のこと。そして、「琵琶湖で毎夏、湖面を覆うほど異常繁茂する外来藻『コカナダモ』が、今年は、ほとんど湖面に姿を現さない。例年、悪臭に対して滋賀県などに寄せられる苦情も今年はまったくなく、県による刈り取り量もごくわずかだ」(京都新聞平成十一年八月二十七日付)と報道されたのは、それから一か月後の八月末のことでした。
 しかし、それは不思議現象でもなければ原因のないことでもない。大断言に込めて発したわたしたちの想念が無臭のもとであす水草の発生を抑え、湖水をきれいに変えたのです。万物の調和と安定を願うわたしたちの思い、それが大断言によって草や水にはっきり伝わり、その性質を変え、自然の汚れを浄化してしまった ― 多くの人は気づかないが、そこには明瞭な因果関係が存在しているのです。
 このように人の心だけではなく、この世界に存在するすべての生命あるもの、あるいは水のような自然界の物質もふくめた万物現象は、わたしたち人間の思いに感応するものなのです。その想念を受け入れて、状態や性質を変えていくものなのです。

塩谷信男著「自在力2」より

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祈りの力がどれだけ物凄い力を秘めていて、どれだけ美しい地球を取り戻すのに貢献するのか、これを読めば一目瞭然だと思う。

汚い地球にしたのは、逆に言えば、物質に依存した文明である以前に、私達のイメージの足りなさ、思いの足りなさにあるということは言うまでもない。

ということは、イメージ力、思い力を高めれば、一気に地球の本来の美しさを甦らせることができることになる。

これは全く希望的観測でもなければ誇大妄想でもない。

信じて断言せよ。

私達は既に幸福であると。

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2011年1月 7日 (金)

守るものは何もない

さて、今年に入ってまた去年とは一味違った大変化の年になりそうな氣がして、今からドキドキ・ワクワクの毎日を過ごしている。

私にとって去年は、大覚醒&大浄化の年だった。

覚醒し立ての頃は、まだ不安や恐怖心が自分の自信と背中合わせにあったので、その不安や恐怖心を取り除くのに時間が必要だった。そしてブログでの内面の吐露が大変浄化の役に立った。

浄化とは。

浄化とは、まず自分の心の中に押しとどめている思いや感情や意志を外に出すことである。

そしてそれによって、どんな辛いことがあっても、苦しいことがあっても、自分一人で生きてきた訳ではなかったし、周りでも同じような思いをしている人がいたのだと知り、いかに自分がここに奇跡的に生かされてきているのかに気付き、周りのあらゆるものに心の底から感謝の念が湧いてくることである。

そうすると、自然に自然に涙が溢れ出てくる。

そう、涙は心が浄化された証なのである。

悔しい時にも涙が出てくる場合があるが、それは自ら、心をその時その時で浄化しようとする意識の表れなのである。

だから、「なんで怒られて泣くんだよ」とか、「ちょっと苛められたくらいで泣くなよ」という言葉は、本当はタブーである。

泣くだけ泣いたらなんだかよく分からないけど、すっきりしてしまい、もうどうでもいいやって思えるでしょう?

だから泣きたい人を止めてはいけない。

笑うのはいいけど、泣くのは駄目だということは1つもない。

どんどん泣きましょう。


心に押し止めてしまった思いを外に出す方法としては、芸術として表現したり、日記に思いを吐き出したり、私のようにネットで公開したり、親しい友人や家族や心の師に話したり、やり方は人それぞれである。

しかし、何を浄化したらいいか分からない人がいる。

それは、心の中に押しとどめているものが何なのかを、探そうとしていないからである。

心の中に押しとどめたまま、外に吐き出すことなく、ずっと溜め込んだままでいると、それは”氣の塊”そのものであるので、氣を滞らせた状態が続く。それをずっとそのままにしていると、身体を蝕んで、実際に病気となる。
あるいは死後、その”氣の塊”を魂のふるさとへ冥土のありがた迷惑な土産として持っていくことになる。

まずは、自分の心の状態を知ろうとすることである。

それには内観する必要がある。

何に対して不満な思い、不安な思いをしているのか。

何に対して怯えているのか。

何に対して自信が持てないのか。

表面的には、何にも悩みがなさそうに見えても、人は何かしら必ず悩みや不安を持っているものである。

本当に悟りの境地に入れば、自分を表面的に取り繕うことがなくなるからである。

少しでも取り繕う自分があるのであれば、どこかに”氣の塊”を抱えている証拠である。

それはつまり、自分の”氣の塊”が流れてしまわないように守ってしまっているという証拠なのである。

どうして、病気の原因になってしまうような、ありがた迷惑な冥土の土産になってしまうような”氣の塊”を守ろうとするのか?

それはお金を貯め込んで使わないのと同じである。

幸か不幸か、お金は冥土の土産にすらならないので、生きているうちにいかに賢く使うかが大事になる。

しかし、”氣の塊”は、完全に自分の心の浄化が済むまで自分の魂の中に抱え込み続ける。

そして幾度幾度も氣が遠くなりそうなくらいに輪廻転生を繰り返しながら、実は抱え込むものは何もなかったんだという事実を知るのである。

そう、守るものは何もない。

初めから、何もなかったのだ。

それが、「色即是空、空即是色」の心なのである。

だからもう、無駄に”氣の塊”を守るのはやめませんか?

だって、神様が既に私達を守って下さっているのだから。

創造主が創って下さったこの世界で自由に遊べばよいのである。

そう、いかに心を遊ばせ、心のままに飛び、心のままに踊り、心のままに駆けることができるか。

ただそれだけが、創造主である神様の喜びであり、私達神の子の喜びなのである。

沢山泣いて、心が透明に輝き出すと、そこに光が差し込み、今までにない至福の思いが込み上げてくることだろう。

それが、愛である。

自分が本当の愛に氣付き、本当の愛で生きられるようになると、自分の周りにも本当の愛で輝いている人達が集まってくる。

良い循環がやってくる。

全ての歯車が合って、自分の波動も周りの波動も美しい螺旋を描いて上昇する。

自分の人生が美しい螺旋を描き出したら、自分の生まれてから死にゆくまでの螺旋の描き方が球体に近付くように強くイメージして日々を過ごそう。

1本の不動の直線に均等にまとわりつく美しい螺旋をね。

1本の不動の直線とは、自分の生きる姿勢そのもの。

少しでも歪むと綺麗な球体にはならないからね。

本当に5次元の世界がすごいなって思うのは、過去の出来事も、今より先の行いによって修正できるということである。

過去では本当に感謝の氣持ちを持つことができず、不平不満だらけで過ごしてきたのに、本当の愛に氣付いてその愛に沿った行いをするようになると、過去の出来事がそのまま”本当の愛に氣付き、行動していく為の素晴らしい経験”に摩り替わっていくのである。

そして、過去の体験で得たスキルや感覚的なものが今に活かされるのである。

だから、本当の愛に氣付いた時から、それまでの経験が全て無駄なものではなかったと知るのである。

だから無駄に”氣の塊”を抱えるのはやめましょう♪

意味分かったかな?( ̄ー+ ̄)ニヤリ

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2011年1月 4日 (火)

先祖供養は自分供養

皆さん、明けましておめでとうございます。

さて、今年は皆さんにとってどんな年になるでしょうか。

心より世界平和をお祈り致します。


ところで、私は今年に入ってから、少しずつ準備してきた先祖供養を遂に始めた。

といってもまだまだ、師匠に頂いた供養の手順を丸暗記できた訳ではないので、おぼつかないのだが・・・。

お経の最初に唱える開経偶(かいきのきょうげ)。

次に唱える懺悔文(ざんげもん)3辺。

そして般若心経を唱えられるだけ唱える。

次に光明真言を21辺。

更にお念仏・お題目のどちらかを21辺唱える。

最後に密法奉上5辺唱えて終了。

一見大変そうだけど、慣れれば難しいものではない。

この一通りのお祈りを朝・晩行う。

できるだけ子供にもやらせた方がいいとのこと。

師匠も幼い頃から両親と一緒にやっていたのだという。

もちろん、うちの旦那も一緒に・・・。

でも旦那はなかなかお経を唱えるまではいかない。

せいぜいリンを鳴らしてお線香を燈して手を合わせるのがいいところ・・・。

本当にやる気あるの?と言うと、やる気はある、と言うのだけれど。

とりあえず旦那がやるやらないは置いておいても私は朝・晩毎日やるようにしようと決めた。


先祖を供養するということ。

それは正に、自分自身を供養する事に等しい。

私はここで前述した通り、私の直近の前世は実父方の祖母に違いないと思っている。

祖母と祖父は戦時中に強い絆で結ばれたものの、祖母が出産後ほどなくして結核で亡くなってしまい、戦争中に満州で出会って短い時間を過ごした後は悲しい別離を迎えてしまう。

祖父は祖母の分まで頑張ろう、祖母が産み残してくれた子供を無事に育て上げようと、シベリア抑留に遭っても生き抜き、無事帰還を遂げるが、本当に愛する人と再婚した訳ではなく、というよりも再婚後も亡くなった祖母への思いを断ち切れず、完全に満たされた思いで全生涯を送ったとは決して言えなかったと思う。

今回、仏壇は本当に簡単で手作り感覚のもの。

そこに師匠に頂いた木の札にご先祖様の名前を書いたものを御位牌として立てた。

その御位牌だが、師匠がスタッフに持ってこさせた木札は4つあり、1つは旦那側のご先祖様、1つは旦那側の水子霊、1つは私の実父側のご先祖様を書くように言われたのだが、最後の1つの木札には、師匠は唸りながら「うーん、これは何を書いたらいいのだろう。4つ持ってきたことには意味があるのだから・・・」と少し考えた後、「じゃあ祖父と祖母の戒名を仲良く2列に書いて下さい」と言った。

師匠に言われた通り、4つめのお札には、祖父母の戒名を書いて他の木札と共に仏壇に並べた。

祖父母の魂が1つになって浮かばれますように。

旦那方のご先祖様が本当の意味で成仏を遂げて、未来の扉を開いていけますように。

私の実父方のご先祖様も然り。

そして、水子霊に関しては、どこのご先祖にも必ずいるものなので、ご先祖様と共に必ず水子の霊も供養するようにと師匠に言われた。

私の継父方の先祖は供養しなくていいのかと尋ねると、そこまでやるのは大変だから、ひとまず血筋の先祖供養を行うようにとのことだった。

ふーん、そうなんだ。

もちろん、周りの仲間に聞くと、人それぞれ供養の内容が若干違っているようだった。

でも基本は自分の血筋のご先祖様と水子の供養が必須のようだった。

先祖供養をすることで、自分自身も楽に生きられるようになってくるとの師匠の弁。

本当にそうだと思う。

ご先祖様方がカルマとして残してきたいろんな事柄に対して、ご先祖様の存在によって今に命を受けて奇跡的に生かされている私という魂が、代わりにそれらを清算していくことによって、ご先祖様自身の存在も浮かばれるし、自分自身の魂も浮かばれるのだから。

更に言えば、前述した通り、自分に命を吹き込んでくれた無限大のご先祖様の存在の中の幾つか(それこそ個人差はあるが、何十、何百、何千、何万、何億という単位の魂の数)が正に、自分自身そのものであったということは言うまでもない。

そうやって繰り返し繰り返し、自分達はあらゆる存在に姿を変えては地球の歴史を塗り替えてきたのである。

全ては密接に繋がっており、関係のない出来事は1つもないのだ。

今自分の目の前に起きている事は全て必然なのであり、自分が招いて起こしているのである。

先祖供養は、正に自分供養。

自分供養がそのままアセンションになる。

先祖供養の詳しい方法を知りたい方はメールを下さればお答えしたいと思います。

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