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2010年8月 3日 (火)

孤独から開放された日

最近また旦那の仕事が忙しくなり、土日まで出勤という状態になってしまった。

以前にも土日出勤が続いたことがあって、お金を稼げるのはありがたい反面、振り替え休日もなく連続して仕事するのはどうかと思うし、更に自分が靈氣の勉強に出掛けている間は旦那に子供を見てもらっているので、勉強に出掛けるのも断念せざるを得ず、複雑な気持ちだった。

今回もまたしばらく勉強に行けないのかな、行かなくちゃ厳しい所なので上に上がるのを認めてもらうのもまた遠のきそうだし、など考えてしまった。

少し前までは、うちの親もたまに見てくれた。

しかし、最近になって、私の勉強を理由に子供を預かるのは利用されているみたいで嫌だとうちの母が文句を言い出し、しかも「私そういう氣の世界とか大嫌い」と突然言い出して見てくれなくなってしまった。
なんで今勉強に行かなくちゃいけないのかをまず理解してもらえないし、自分ばかりやりたい事をやって子供の面倒を親に押し付けているというイメージが母の中で大きくなってしまったのだろう。
理解してもらいたいと思うけど、ヒーリングを体験してみてよと言うと嫌がるし、とにかくこういう類のものは如何わしいと思って毛嫌いしているので、話を心から聞いてくれようとしないのである(その割には祖母の新興宗教には静々従って親類で集まるとお経も唱えているようなのだが)。

そういうことなら仕方がないので、旦那に毎回子供を見てもらっていた。
勉強会行く時にも託児所に預けて、という方法も一時は考えた。しかし、ただでさえ保育所に預けて親から離しているのに、土日まで託児所を利用するというのは考えられなかった。なんとか家族で協力してやっていきたかった。

そんな旦那は、私が一生懸命やっているこの靈氣の勉強に、少しずつ興味を示してくれたみたいで、最近ヒーリングに通い始めるようになった。氣の流れがよくなれば初伝を伝授してもらうことができるので、それを目指すと言ってくれた。うちの家族の大進歩だと思った。

しかしここに来て、もうそんなことはないだろうと思っていたはずの旦那の休日なし連続勤務。

お姑さんが肝臓に癌が転移した事をうちの母に伝えた時、「自分で治すなんて反対よ! 国立がんセンターに行って診てもらった方がいいわよ。近所や親戚の人で、放射線と抗がん剤で治ってる人がいるんだから大丈夫よ」とメールで言ってきたので、私は「一度治ったと思っても再発する可能性は否定できない。だけど自分自身で治せたらお姑さんが今までやってきた副業にも自分にも自信が持てるし長生きできると思うよ。テレビのCMで製薬会社や化学メーカー、洗剤業界ばかりやってるのは何故かというと、メディアとそういった業界と医療界が利害で繋がっているからだということにそろそろ気付いた方がいいよ。病気が自己治癒能力で治せるとテレビが放送したらそれらの業界も医療界もやっていけなくなるから隠しているんだよ」という話をメールしたら、それからなしのつぶて。その直後の話だったのでタイミングが悪いと思いながらも、旦那が土日も仕事なので子供を一度見てもらえないかとお願いしたところ、案の定完全無視されてしまった。

うちの母も大人気ないことするなあと思いながらも、とても悲しくなってしまった。

子供の遊びの相手もしてあげられない程、久々に落ち込んだ。

子供は私に蹴りを入れたり髪を引っ張っても動じないので、泣き叫んで、そのうち私のお腹を枕にして寝てしまった。

翌朝になり、相変わらす母からは連絡がなく、思わず朝から友人のYさんに愚痴を書いてメールしてしまった。

その後、子供と2人で買い物など出掛けようと準備していたら、Yさんから返信が来た。

「私でよければ子供を預かるよ」



ええええ~っ?!( Д) ゚ ゚




そんな返信予期していなかったので本当にびっくりした。

確かにYさんに預かってもらえれば、Yさんの家は行き先にほど近いところにあるので勉強の間だけ見てもらえればいいし、以前一緒に靈氣の勉強をしたことがあるので、私の勉強に出たい気持ちについても理解をしてくれているし、とても信頼できる。

でも友人に子供を見てもらおうなんておこがましいのではないか?
そこまでして私は自分の目的を果たしたいのか?

自問自答を繰り返した。

でも今出れば勉強会にも間に合う。
行けるのに敢えて行かない事を選択するなら後悔して1日を終えてしまいそうだ。
そして最近なかなか会えなかったYさんにも会える。

今回だけ、この言葉に甘えてしまうことにした。

と思ったらなんだか感動して涙が出てきてしまった。母に理解してもらえない悔しさを洗い流すようにどんどん癒されてきた。なんて恵まれているのだろう。こんな友人に出会えて私は幸せだなあ。

そうと決まったらすぐにYさんに電話した。
Yさん本人は、子供は元々好きだし、今日は用事もないし、Junちゃんの子供に久々に会いたかったからいいんだよ~と、そんな大した事じゃないみたいに言ってくれたけど、私にとってはYさんが女神に見えるほどありがたい事だった。

急いで洗濯物を取り込んで、1時間半はかかる距離を子供を連れて電車に乗った。
我が子が1時間半も耐えられるのか心配だったものの、子供は随分大人しく乗っていてくれた。
いや~我が子にも感謝☆

無事到着してYさんと食事の後子供を預け、勉強に参加。
殆ど人見知りしない我が子は、泣きもせず私と別れた。
こんなに最初から幸せな気持ちで勉強したのもとても久々のことだ。
最後、皆の前で一言言う時に、思わず泣いてしまった。
そしたら皆が背中に手を当ててくれた。また癒された。

最近落胆するような事の方が多かった。心が疲れていた。孤独すら感じた。

しかしこの出来事を契機に、私は愛されているからここに生きていられるんだという事を改めて感じた。

私が今勉強している事は、そんな簡単に周りに分かってもらえるものではないということは、最初から分かっていたつもりだった。だけど、いざ突き放されたり無視されたり嫌な顔をされると、思った以上にしんどかった。

だからといって、やめる訳にはいかない。だって、今やっている事は、私が生まれる前にこれをやるんだと決めてきたことだから。私がこれをやめる事は、自分を殺す事だから。

Yさんも、うちの旦那も、我が子も、師匠とその仲間達も、靈氣を理解してくれようとしている人達も、そうでない人達も、みんなみんなありがとう。

理解してくれる人達があるから、支えられて続けていかれる。

でも理解してくれない人達がいるから、理解してもらえるまで頑張ろうと思えるんだね。

全ての人達が私の原動力になっているんだね。

全てで一つって、こういう事なんだね。

感謝。

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