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2010年8月

2010年8月29日 (日)

これが真実

みんなのYES/NO YOMIURI ONLINEより

上記のアンケート結果が真実である。

あのナベツネの息がかかった読売の、新聞の内容とネット上の内容がこうも違うのはどうしてだろうか?

リアルタイムに国民の意志を表示してくれるネットの情報こそホンモノである。

流石にネットのリアルタイムアンケートを不正にいじる程心は腐っていなかったようだ。

でも小沢氏がいかにも悪党であるという内容のサイトやブログの記事が検索で上位に引っかかるのは、やはり検索エンジンがアメリカの思惑通り不正にいじられていると考える。

どちらにせよ、日本国民の意識も捨てたもんじゃないという事を見事に反映してくれたアンケート結果だと思う。

ちなみに以下の結果はLivedoorのもの。


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2010年8月27日 (金)

小沢一郎の講演会

小沢一郎の考え方とは?
どうしてこの人が”強腕”と言われるのか?
その答えは以下の動画を見ればおおよそ掴めると思う。

憂国の大宰相・小沢一郎一新会講演/飄(つむじ風)より

これは6月16日に催された講演会の内容である。

マスメディアから大バッシングを受けていても全然元気な小沢氏の姿と、小沢氏の基本的な理念を知ることができる。
これぐらい強くなければ、この荒波を超えていけるリーダーにはなれないだろう。

出馬表明した小沢一郎。

鳩山前総理と会談した際に、

「鳩山前総理から、”お前が出馬を決めるなら、全力で支援する”というお言葉を頂いて、出馬をする決断を致しました」

というような言い方をしていたのが印象的だった。

鳩山氏は小沢氏を”小沢先生”と敬う一方で、小沢氏は自らを謙遜して鳩山氏を持ち上げている言い方だ。
鳩山氏との連携プレーは強い絆となって強固にこの出馬表明の日まで保たれてきたのだと強く感じた。

小沢氏出馬表明直前まで菅支持を表明していた鳩山氏のそれは、明らかにポーズだったと思う。

早いうちから小沢氏支持を謳ってメディアに叩かれ無茶苦茶に言われるであろう無駄な時間を排除したのだと思う。

”変わらずに残るためには、自ら変わらなければならない”

小沢一郎の座右の銘。

本当の世直しはこれからだ。

小沢一郎を全力で応援しよう。

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2010年8月24日 (火)

西松・陸山会問題の真相(要拡散!)

またまたまた日本一新の会より臨時増刊号である。
暗雲立ち込めるカオスなる政局に真実の楔を差す平野貞夫氏の発言は要拡散事項である。

日本一新の会に新規で会員登録希望の方は、

☆新規登録アドレス http://www.nipponissin.com/regist/mail.cgi

上記から登録可能。

会員に限らず、少しでもピンと来た方は無限拡散にご協力願う。

今回は西松事件および陸山会の収支報告書虚偽記載問題の真相について述べた記事である。
要は、小沢は法律に違反する事なく堅実にやってきたのである。

そう、小沢一郎は完全無罪なのである。

平野氏が、検察が中心となったファッショ体制を非難している。

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臨時増刊号・2010/08/24


◎「日本一新運動」の原点―12(臨時増刊)

              日本一新の会・代表 平野 貞夫

 民主党代表選挙に小沢一郎氏が出馬する可能性が強まるにつれ、党内外から暴論・珍論が噴出している。「検察審査会の結論が出る前に出馬すべきでない」という意見だが、これがマスメディアも交えて「小沢排除」の世論づくりに利用されている。
 そこで、坂本龍馬の「四観三元論」を活用して、西松・陸山会問題を私の立場で総括しておく。

(西松・陸山会問題の真相)

 今年4月、私は『小沢一郎完全無罪』(講談社刊)を緊急出版した。その目的に、自民党政権と特捜検察、そして巨大メディアがタッグを組んだ「検察ファッショ」であり、これでは日本の議会民主政治は崩壊すると警告しておいた。
 特捜検察は、西松事件で一年間にわたり10億円を超えると言われる税金を使い、総力を挙げて小沢一郎を逮捕起訴すべく捜査を行った。結果は、逮捕起訴できず、政治団体「陸山会」の収支報告書の虚偽記載で、秘書を逮捕起訴した。従来の政治資金規正法の運用では、問題にされなかったことだ。起訴となった案件について総務省の担当から何の注意も行政指導もなかった問題である。
 しかし、敢えて強制捜査を行ったのは、特捜青年将校の暴走である。官僚支配政治を改革し、検察の特権を縮小しようとする小沢一郎を葬ろうとする政治的謀略であった。さらに、麻生元首相らが、政権交代を阻止するために「指揮権発動的」なことを行ったが、それでも賢明な国民は、昨年8月の総選挙で、政権交代の民意を明確に表明した。
 そして本年1月、特捜は水谷建設がらみで石川知裕衆議院議員(元秘書)を逮捕し、小沢の「政治とカネ」は新しい事態を迎える。月が変わった2月4日、特捜は「小沢不起訴」を決定した。
 これで一段落かと思いきや、翌5日には、ある人物たちが地検判断を不服とし、東京第五検察審査会に「審理の申立て」を行ったが、あまりにもその手際の良さというべきか、事前に謀られたと邪推すべきか、胃の腑に落ちない思いをするのも私一人ではないだろう。
 そして4月27日、「起訴相当」を全会一致で議決し、小沢を「絶対的独裁者」と、その理由書に書いたことが話題となり、小沢の「政治とカネ」が再びメディアからの攻撃の標的となる。
 私は「指揮権発動的行動」の傍証を得ており、5月22日、高野孟氏が主宰する、「The JOURNAL」に『西松事件・大久保秘書逮捕の真相を究明すべし!』を寄稿した。これはネット上で大反響を呼び、その余韻は今でも残っていて、グーグルで検索すると、3万件強もヒットするとのことである。
 実はこの問題に関して、6月2日は民主党の「司法を考える会」に招請され、詳細な説明を行う手筈になっていたが、折悪しく、鳩山首相の辞意表明で会合は中止となった。
 話題の中心は「第五検察審査会」の奇っ怪な動きである。いずれ真相は明らかになろうが、専門家が現在問題にしていることを紹介しておく。

1、「申立て」を行った人物は、反社会的活動団体所属で、受理したことそのものに問題があったこと。

2、市民代表の審理補助員に、米澤俊雄弁護士という人物を選任した経緯や行動に問題があるといわれている。

 漏れ聞くところによると、関係当局は検察審査会のあり方を含め、小沢問題の処理に困惑しているとのことである。

 以上が「西松・陸山会問題の真相」であり、「検察審査会の実体」である。

 小沢一郎の代表選出馬について、渡部恒三前顧問、岡田外相、蓮舫大臣らが検察審査会がらみで、小沢氏の出馬を妨害・阻止する発言を繰り返しているが、じつに滑稽である。さすがに原口総務大臣が「推定無罪の原則が民主主義の鉄則だ」として、検察審査会の政治利用を批判している。
 認知症が心配されている渡部老人の発言は評の外に置くとして岡田外相と蓮舫大臣の発言は憲法に違反する。このことは、彼らよりも数倍の年月、そして、彼らよりも深く、強く憲法と向き合ってきた私からの警告でもあることを明記しておこう。
 国民から多数の負託を受け、聡明であるべき民主党国会議員が、これらの讒言に影響されるようでは近代政党とはいえないし、負託された国民への裏切りであることも明確に指摘しておく。

(小沢氏が「政治とカネ」で追求される理由)

 小沢氏は、田中角栄、金丸信、竹下登の後継者といわれる負の遺産を背負いながら、自民党政治を崩壊させてきた。その恨み・辛みと、嫉妬の固まりが虚像となって、いわれなき攻撃を受けているのが、「小沢攻撃」の本質である。
 小沢一郎の政治資金についての考え方は、父親・小沢佐重喜氏の信念に基づいており、誠実に法を守っている。政敵やメディアが報道するのは断じて事実ではない。政治団体が不動産を購入することも、法に基づいた浄財の有効活用のためであり、俗説に惑わされるべきではない。
 「政治とカネ」で小沢氏が批判される切っ掛けとなったのは、平成12年4月、自由党が保守党と分裂した時である。政党助成金を含む党の資金を保守党にも分配するという小沢党首の意向に、私が強く反対して分配できなかったことがその要因である。
 強い批判を受けたが、すべて自分の責任として一切弁解しない。こういうことが誤解されて、メディアの標的になり続けているのである。

(民主政治を危うくする情報操作)

 8月23日の夜から、小沢一郎の代表選出馬はないとの情報が流され始めた。菅支持派からのもので、鉢呂氏を入閣がらみで選対本部長にすることで旧社会党を取り込んだ。仙石官房長官と川端氏の関係で旧民社党の支持を取り付けたというものだ。
 これに影響されて、各メディアも口を揃えて「小沢の出馬はない」とのコメントを始めるようになったが、これほど議会制民主政治を冒涜するものはない。このメルマガで幾度も述べてきたが、代表選挙は理念・政策で争うべきであり、旧来の手法である人事で離合集散をくり返せば、これこそ官僚支配に終始した自民党政治の復活でしかない。
 菅民主党政権が発足して約3ヶ月、この間、政権交代の党是を放棄し、官僚支配の自民党政治より一層悪質化した。代表選挙は菅政権のままで、国家と国民の存立ができるか否かを問う唯一の機会である。

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この日本に残された時間は少ない。国民が大マスコミとファッショ化した検察達の目論見を見抜き、覚醒さえできたならば必ず切り抜ける事のできる問題である。
この大きなタイミングをまたも逃したならば、リミットまであと僅かか、もしくはもう手遅れになるかも知れない。
もう私達は官僚の、そして官僚を上で操るアメリカの奴隷でいる必要はない。
日本の財産や価値の高い文化や平和の精神や美しい自然をこれ以上貪りつくされる必要はない。

日本を救うのは、日本を愛して止まない私達日本人である。

日本を本来の日本に戻したならば、そこから世界の平和は移写拡大していくだろう。

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民主党が分裂している真相(要拡散!)

はたまた日本一新の会より臨時増刊号が配信されてきた。こちらの記事は無限拡散希望の重要記事なので是非読んでもらい回覧して頂きたい。


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☆新規登録アドレス http://www.nipponissin.com/regist/mail.cgi

上記から登録可能。

年会費は5000円、月会費は500円(複数月可)。

少しでも小沢グループを応援したい、平野貞夫氏の意見を見ていきたいという方からの登録を待っている。


今民主党が、小沢派と反小沢派(菅体制)に分かれているのは、何も今に始まったことではないのだという。
小沢氏率いる自由党のあった時代に、鳩山氏率いる民主党との合併話があった時から、内部分裂の兆しは見えていたのだという。
菅体制にいるネオコン派が民主党を一つにさせない状況を作り出しているようだ。
以下転載する。

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臨時増刊号・2010/08/23

◎「日本一新運動」の原点―11


              日本一新の会・代表 平野 貞夫

 坂本龍馬が北辰一刀流の思想である「妙見信仰」を学び、会得したなかに、「四観三元論」がある。ものごとの本質を見極めて、判断・行動するというものだ。これを応用し、国難の渦中にありながら、無責任にも迷走中の「民主党の本質」を論じてみたい。
 「四観」とは、ものごとを、
1、「高観」高いところから観る、
2、「離観」離れたところから観る、
3、「影観」隠れたところから観る、
4、「光観」見えやすいところから観る、
 により、客観的に観察・認識して本質を掴めという教えである。
 「三元」とは、例えば「黒と白」とは絶対的対立ではなく、黒に光を強く当てると灰色となり、白に近づく。「黒と白」をコントロールしているのは「光」であり、これをして「律」とか「中庸」という。
 人間社会の諸問題は、「律」が何であるかを探しあてることにある、といっても過言ではない。「律」とは、古代中国では「一筋の道」を意味し、和訓では「のり、さだめ、おきて」を意味する。さらに、説文解字には「均しく布くなり」とあり、特別の意味を持つ漢字であることも付記しておこう。

(民主党と自由党合併の真相と苦難の道)

 現在の民主党混迷の原因は、民・由合併時の原点にあることから、まずはそこを検証しておきたい。
 平成14年11月、当時の鳩山代表が提唱した合併の提案には、「国家と国民のため」という崇高な思想があった。自由党の小沢党首は、その心意気に感じ、無条件で了承したが、肝心の民主党内がまとまらず失敗し、鳩山代表辞任の引き金となった。
 その後、菅代表となって合併協議を引き継いだが、議論は進化せず、平成15年5月に協議の打ち切りとなった。菅代表には、鳩山氏が有していた「思想」の欠落があったからである。
 一方の自由党は、6月に入ってから民主党との合併は行わないと決し、秋にも予定されている総選挙と、翌年の参議院選挙を自由党独自で戦うべく、候補者擁立などの準備に入った。ところが同年七月中旬、菅代表が唐突にも自由党との合併話を蒸し返してきたのだが、これには民主党内の複雑な内部抗争があり、今日の問題の原点はここにある。

 当時、鳩山グループに所属していた合併派の友人から相談を受けたが、菅執行部と鳩山グループとの間に、党のあり方について深刻な意見の対立があったという。合併に消極的な菅執行部を鳩山グループが激しく突き上げ、九月には民主党を離党して、自由党と合流したいとの動きが始まったというのだ。これからは私の推測だが、菅代表はこの鳩山グループの動きを察し、機先を制して唐突に小沢自由党に合併協議を申し込んだのではないか。菅代表と小沢党首の極秘会談は続き、7月二十三日深夜、民主党の条件を丸呑みして協議は成立した。
 私は、菅代表が党内権力を維持することだけを目的とした合併話であることを知っていたから、この話には反対だった。しかし、小沢党首は「このまま自公政権が続くと国民生活は崩壊する。日本に与えられた時間はもう少ないのだ」と語り、「必ず民主党で政権交代をしてみせる」と宣言し、自由党内をまとめた。

 民・由合併の時点で、鳩山と小沢の間では「自公政権を崩壊させ、国民生活を守る政権を創る」という基本戦略を共有していた。しかし、当時から、民主党内には小泉政治に同調するネオ・コン派が暗躍しており、菅体制は党内派閥のバランスをとる「弥次郎兵衛」が実情であった。
 その後、年金問題や郵政民営化などで党内外は紛糾する。前原代表の就任で「小沢一郎の出番はない」といわれるようになった時、件の「偽メール事件」が勃発した。
 急遽、小沢代表の登板と指導により、民主党は変貌し、小沢―鳩山―菅のトロイカ体制が組まれ、平成19年、「逆転の夏」と命名した参議院選挙を勝利し、政権交代への道筋を明らかにした。
 先を急ぐことから、この間の経緯は端折るが、小沢代表の「政治とカネ」の問題はこの歴史の中から出てきたものである。
 検察は、この約一年間、10億円を超える費用と多大な人員を駆使した西松事件の捜査も小沢本人を起訴するには至らなかった。
 要するに、事件的要素はなかったのである。
 問題となっている検察審査会への告発も、受理することが疑問視される人からのものであるといわれているし、小沢一郎を政界から排除することで既得権を維持しようとするのは、旧体制官僚や巨大メディアだけではないことは、民主党政権の閣僚たちが、小沢一郎の代表選出馬を阻止すべく、珍言暴言を繰り出していることからも明かであろう。

(民主党の党是に反する菅首相の言動!)

 6月4日に菅直人氏が代表に就任した民主党は、はたして議会主義政党であるのか否か、疑問を持つのは私一人ではないと思う。
 昨夏、政権交代が実現できたのは、「官僚支配政治の改革」、「国民の生活が第一」の政治を行うことを国民に約束したからである。菅首相はそれらの約束を反故にして、小泉政治の再現を連想させる弱肉強食の、ネオ・コン官僚政治を復活させた。さらには「消費税10%増税を平成12年度中にも実施」と暴論を提起し、参議院選で惨敗した。これらは先の政権交代で約束した党の基本方針に明らかに違反している。
 政党運営の基本に照らせば、明らかな党規違反であり、菅代表・枝野幹事長・玄葉政調会長は党紀委員会に提訴され、その責任を追及されるべき立場にある。政党のよって立つべき基本方針や党是が、いとも簡単に反故にされ、遵守されないようではその政党に信頼は生まれないし、そしてまた将来性もないことは自明である。
 自衛隊、日米安保違憲を党是としていた日本社会党が、自社さ野合政権のために党内論議も経ずして、一夜にして党是を変更し、その2年後に崩壊したのは記憶に新しいし、この歴史的事実を、民主党に所属するすべての議員諸氏は忘れてはならない。
 同時に、9月14日に行われる民主党代表選は、民主党の党是に反した菅代表の責任を問うことが最重要課題であることを、党員・サポーターの皆さんも、深く心にとどめて欲しいと切望する。

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この文章を読むと、民主党の内部のからくりが明らかになる。
小沢氏は、鳩山グループの考え方に賛成し、民主党と組んだということ。しかも民主党の案丸呑みで。
小沢氏は、決して自分の意志をむりくり押し出して前面に掲げていくタイプの政治家ではないということがこれで良く分かる。小沢氏は本当に心意気のある、国民のための政治をしようとしている政治家を上手く持ち上げて、自分は表にしゃしゃり出ることなく、どう官僚支配政治を終わりにして、国民主導の無血革命を遂行するかにだけ心血を注いできたといえる。その国民主導体制を表に立って実行するにふさわしいのが鳩山氏だと考えた。
しかし、残念なことに、アメリカが尚も必死で自国の崩壊を食い止めようと踏みとどまっている状態でタイミングを逃し、普天間基地問題を解決させることでそれを起爆剤にして国民主導体制をかっさらうはずだったにもかかわらず、沖縄県民の意志に応えられずに終わってしまい、一度は奥に引っ込みざるを得なかったのだ。

相変わらずメディアが伝える世論調査では、小沢氏は全く支持されてないという風になっている。
更に、検察審査会にかけられている人間が代表になるのはおかしい、もしその後起訴されたら日本の恥だと言って憚らない目立ちたがり屋でお金が欲しいだけのジャーナリスト達が五月蝿く吠え回っている。

しかし事実は真逆である。

もう国民は、大衆を煽って混乱の道に誘おうとする大きなメディアの波には乗ってはいけない。

真実を見抜き、それに向かって皆が「こっちが真実だ!」と指差せば、一瞬で政治は変わる。
大概表に流れている情報は、自分の権力を維持して利益を損ねたくない人間どもが躍起になって流しているものに過ぎないということは、今まで自分が書いてきた記事を鑑みても、火を見るよりも明らかであろう。

メディアで吠え回って世界全体を不自然な方向に持っていこうとしているのは、不自然な商品を作って売りつけようとする、或いは、不自然な盛り上がりや不自然な脅威を大衆に植え付けて真実を見えなくしようとする、あらゆる業界のトップや大資本家、そしてそれらを操っている大財閥なのである、ということが、これで良く良く分かったであろう。

もうお金は生きていくのに必要なだけあればよい。

もう不自然な物に囲まれる必要もない。

本来の自分に戻り、本来の自分らしさを維持できる国民主体の政治を、中央集権国家から徐々に地方分権に変えて、一人一人の国民の声が確実に届く政治をしていけばよい。

ただただ、これだけなのである。

そして、ただのこれだけを実現する為に、芯のある政治家達が自分の命すら危険に晒しながら裸一貫で頑張ってくれているのである。

そういう政治家達を、国民は全力で支えていくべきなのである。

これからも、小沢一郎とその盟友、平野貞夫から目が離せない。


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2010年8月21日 (土)

植物工場計画

同じくハーモニック・トラストさんのメルマガからの転載です。
本当に自然の力でできた完全な野菜と、不完全な野菜、皆さんはどちらを食べたいですか?
完全を選ぶことは、自然を選ぶこと。
不完全を選ぶことは、不自然を選ぶことに他なりません。
政府の目論む「植物工場計画」とは何なのでしょうか?

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安全な食べもの。
安心して口にできるもの。


前時代の消費者の関心は「カロリー」、それが今や「安全性」にシフトしている。
安全な食べものへの関心は日増しに高まっているのです。


食べたものが血となり、肉となっていくのだから、なるべく危険なものは口に
したくない。それはもはや確固たるニーズ。


でも、その前に立ちはだかるのは「値段」の問題。

高いし、もったいないし、他に出費だってあるわけだし……

これらがいつだってセットになるわけです。


安全性にこだわれば、手間ひまだって当然かかる。手抜きとごまかしを排除するの
だから、値段はどうしたって高くなってしまう。これは経済の原則からみても、
極めて自然なことといえるのです。


「より良いものをより安く」、それは極めて不自然で困難なことがら。にも
関わらず、この実現に向けた取り組みが進行しつつあるのです。


その名は、「植物工場計画」。


これは農水省が約150億円を投じて行うプロジェクトで、出資には名だたる
大企業がその名を連ねています。現在50ヶ所にある施設を今後3年で150ヶ所に
増やすといった壮大な計画。まさに官民挙げた「国家プロジェクト」、その名に
ふさわしい陣容といえます。


無農薬の野菜を安定して生産、しかも安い価格で供給。このことを最大のテーマに
進められているのです。この課題の実現に向けての最大のポイントは、「スピードと効率」。
非効率なものは、すべて排除する、このことで実現を可能にしようというわけです。


非効率なものとは何であるか?それは「自然界」といえます。太陽、土、雨、
気温や湿度、気象条件、これらは単なる障害物に過ぎないというわけです。


それもそのはず、太陽はいつだって気まぐれ。晴れたり曇ったりと効率が悪くて
あてにならない。だから排除の対象とする。代わりに完全屋内施設で人工照明を
使えば、24時間好きなだけ作物に光を照射できる。このことで「光合成」がより
活発に促進され、「日照不足」の心配もなくなるというわけです。


屋内工場だから台風の心配だって一切ない。気温や湿度も空調でガッチリ管理。
季節感は犠牲になるけど、その変遷に左右されることはない。養分の消化吸収も
「水耕栽培」にして液体肥料を注入する。栄養のカタマリを根っこからダイレクト
に吸収させれば、一気に肥大化が実現する。土から固形の養分を吸わせている
ようでは時間がかかってしまうというわけです。


これまで農業は“生命産業”といわれてきました。ある意味、自然任せ、でも
それでは安定しない。手間とヒマ、コストばかりがかかってしまう。だから
あたかも自動車を作るかのように、機械的かつ効率的に作物を生産する。この
ように人類の英知を結集し、無農薬での栽培を可能とするのが「植物工場計画」
というわけです。


確かに農薬を使わないわけだから、「安全」とはいえるのでしょう。
でも、本当にそれで良いのでしょうか?無農薬ならばそれでいい、毒がなければ
それで良い、しかも安いのだから文句はないだろう、そう言わんばかりの計画と
いえます。


やはり、人間の“浅知恵”に過ぎないのではないか?と率直に思ってしまうのです。


日本人は、世界で“最も難しい消費者”といわれています。安ければ!量が多ければ!
それだけでは日本の消費者の心をつかむことができないと説明されます。
外国の大手スーパーが日本進出を控えてきた理由は、日本人の独特な「自然観」
にあるともいわれるのです。


具体的には、「鮮度」や「旬」へのこだわりです。こうした鋭敏な感覚は外国人
には理解し難いものだといわれるのです。


「鮮度」とは、食べものを「生命」としてとらえる感覚です。食べるとは単純に
胃袋を満たすだけのものではなく、高くて強いエネルギーをとり入れることを
意味している。命あるものを命あるうちに、その感性が「鮮度」には込められ
ているのではないかと感じるのです。


もう一方の「旬」は私たちの季節感を表しています。四季の変化に富んだ世界でも
稀有な気候風土が育んだ、季節ごとの恵みを大切にするあり方。その作物が一番
生き生きとして美味しい、それを指し示す指標こそが「旬」。これも食べものを
生命として捉える感覚ではないか思うのです。


「鮮度」や「旬」に込められた食べものることの定義。「食とは何か?」その
答えが込められていると感じます。


四季の変化に恵まれ、豊かな気候風土のもとに膨大な時間をかけて育まれた独特の
自然観。石器時代から、人口密度がもっとも高く、豊富な食用植物の恵まれた
私たちの国。魚にしても、「刺身」を日本料理の頂点に置いてきた食の伝統とも
密接にリンクしていると思います。


自然界を教師に考えれば、「植物工場」は反自然以外の何ものでもありません。
それは旬や鮮度に込められた、私たちの自然観とは相容れないものであると
感じます。植物工場、サプリメントなどの機能性食品、枝葉末節とも言える極端に
細分化された栄養至上主義。こうした機械化され、機能化されるかのような
「食」のあり方。これに対して私たちの自然観はどのような答えを出すのか?
そのことが問われているようにも感じます。


問題は植物工場を私たちが本当に望むのかどうかです。もっと言えば、それを
食べたいと思い、継続して買い支えるのかどうかにかかっているのです。


購買とは、単純にモノの売り買いに留まりません。私たちの現在・未来、子々
孫々に至るまで影響を与える行為とも言えるのです。それはその商品への支持を
意味し、スポンサーカードを引くことに他なりません。“清き一票”を投じる、
そのようにも言えるのではないかと思います。


今回は「自然観」について考えてみました。

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”完全=ホンモノ=愛=自然=本来の自分”

これさえ分かれば、私達の本来の生き方が分かる。
私達の完全な生き方が分かる。
それは野菜を作る過程でも同じ。選ぶ過程でも同じ。
そして本来の自分とは完全なのである。ホンモノなのである。
自然に生きられたら、愛に生きられたら、私達はそれだけでもう完全無敵な光の存在なのだ。

もちろん、完全を目指すまでには不完全さを選び取る過程も必要である。
それだけ不自然なものに当たり前に囲まれて私達は暮してきたのだ、という証拠である。
いきなり完全を得ようとすれば、その高らかな壁の前にすぐに挫折してしまいかねない。
一歩一歩、確実に、堅実に、私達は完全を目指していこうではないか。

不自然なものから自然なものへシフトをするということ。
これは今の混沌とした時代に生かされている私達に課せられた、静かで壮大な革命なのである。

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2010年8月19日 (木)

市販の発酵食品の落とし穴

引き続き自然栽培野菜情報です。同じくハーモニック・トラストさんの許可を得てメルマガを転載させて頂いています。

今回は発酵食品について。
本来時間を長く長くかけて天然の菌により熟成させたものが発酵食品だが、市販の商品は時間をかけずにスピーディーに大量生産したものが売られている。そのワケと危険性について説明してくれている。

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私たちの暮らしに欠かせないのが「発酵食品」。


味噌や醤油、お酒、お酢、納豆、そしてパン、こうしたもののことですよね。大地からの恵みである、お米や野菜や果物、または肉や魚、これらのものに微生物たちが入り込んで熟成していく。これらをまとめて発酵食品というわけです。


普段から忙しいあなたのこと、なかなか発酵についてじっくり考える機会も少ないと思います。そこでブドウを例に考えてみましょう。


ブドウの皮にはさまざまな微生物が住みついています。中でも天然の酵母菌がたくさん生息しているのですね。そしてその酵母菌が活動しやすい環境を人が整えてあげるとワインに変化していきます。そこからまた時間が経過していくとお酢(ビネガー)になっていくわけです。


その重要な役割を果たしてくれているのが天然の菌たちなのです。


発酵食品の良し・悪しを分けるポイントは2つあります。


1つは「素材」で、もう1つは熟成に要する「時間」です。


素材が悪ければ発酵できずに腐敗してしまいます。農薬・化学肥料、さらには粗悪な有機肥料などの影響で今の素材は発酵できず、腐敗してしまうものになっているのです。


素材が悪いと腐敗していく。それならばいま売られている味噌や醤油などはみんな素晴らしい素材を使っているのでしょうか?そうではなく、化学的に操作・培養された菌が使われているのです。


天然の菌たちを操作培養し、強力な発酵菌を作り出す。これにより劣悪な素材でも強制的に発酵させることができるようになっている。現在売られている発酵食品はほぼ100%、このようにして作られているわけです。
(これについては詳しく知りたい方は「無料レポート」をご申請ください)


もう1つのポイントの「時間」についてですが、菌たちは素材をエサに私たちが生きるために必要なさまざまな物質を作り出してくれます。そしてそれは私たちの身体に欠かせない恩恵を与えてくれています。アミノ酸などのさまざ
まな有機酸、ビタミン、ホルモン、酵素といったさまざまな物質を作り出してくれているのですね。


時間が長ければ、この量が豊富になっていきます。だから私たちは素材がしっかりとしたもの、さらには長期熟成されたのものを選ぶのが賢い選択になるというわけです。


いまお酢ならばわずか1日、味噌・醤油なら2週間~1ヶ月で作られるケースが多いのが実状です。でも発酵に必要な時間は本来決まっているのです。


おおよその基準とすればお酢ならば最低6ヶ月、味噌ならば10ヶ月、醤油ならば1年、これが最低ラインになるのです。


しかし時間を短縮し、コストを下げるという至上課題の前に操作・培養した菌を使い、さまざまな方法を駆使して速醸する。だからこそお酢198円とか、醤油1本398円といった値段で売ることができるというわけです。


いまの発酵食品は本来の力を望めない、弱いものに成り果てているといわざるを得ません。その結果、数多くのサプリメントを使って、足りない栄養を補う、そういうご時勢になっているのです。


これは「有機」、「無添加」と書かれた素材であっても事情は同じです。大元の発酵菌が操作されていることに違いはないわけです。


私たちは本来の力を持った食品とはなにかについて考える必要がありますね。

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あまり発酵食品について考えたことがなかったので、一度読めばそりゃそうだという内容だが、読み始めは正直盲点を突かれた感じがして思わず唸ってしまった。

発酵食品は身体に良いとか、健康に欠かせないとか良く言われるものの、市販のイワユル化学培養発酵食品では健康に役立つどころか、寧ろ有害かも知れない事実を見せられてしまった。私もスーパーに行けばなるべく無添加だとか有機だとか書かれてあるお味噌を買うようにしていたが、発酵の過程で化学操作された菌を使っているということまではついぞ気付けず、ハーモニック・トラストさんに出会うことができて初めてその落とし穴に気付かされたのだ。

発酵食品をしっかり摂っていさえすれば大丈夫、という常識はこれで見事に覆されてしまった。

だからこそ、ホンモノの発酵食品を摂らなくてはならない、ということである。

日本の伝統あるお味噌や醤油などの健康的な発酵食品も、化学という名の毒牙にかかればチカラを失ってしまう。日本の素晴らしい食文化を見た目だけのものにしてしまった今の文明は早急に改革させられねばならない。
そして今、地道にコツコツ、それこそ小さなところから長年かけて熟成させて大きくさせてきたハーモニック・トラストさん達のようなホンモノのエネルギーを放っておく訳にはもういかないのである。

ホンモノを見極めよ。

これが私達のこれからの絶対使命である。

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2010年8月17日 (火)

平野貞夫氏臨時提言(拡散希望)

私が会員になっている日本一新の会より、臨時増刊号が先日配信されてきた。
9月の代表戦前の混沌とした政局の静かなる目論見を代表・平野貞夫氏が指摘する。
拡散希望との事でどんどん回覧して欲しい。

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2010/8/15

◎「日本一新運動」の原点―9(臨時増刊)

              日本一新の会・代表 平野 貞夫

 9月14日の民主党代表選をめぐって、党内外が緊張してくるのは当然のことであり、特段の話題にもならない。今朝の毎日は「政局『凪』でリラックス」と見出しを付した記事を書いているが、「的外れ」とだけは指摘しておこう。
 さても、憲法で基本的人権が保障され、かつ「言論と行動の自由」も明確に保障されているわが国では、個人の資格で何を言おうと、何をしようと自由であることはいうまでもない。
 だがしかし、国政を担い、就中外務大臣という要職にある人物の問題発言については、きびしく警鐘を鳴らし、先例とならない手立てを採っておくのが、長い間国会事務局に身を置いた私の役目であり、引いては日本一新運動の根幹にも関わることであることから、臨時増刊として一筆を認めた。

(岡田外務大臣発言の重大性!)

 8月13日に朝日ニュースターの収録番組で、岡田外務大臣が小沢一郎氏の民主党代表選出馬に関して「検察審査会の結果が出ていない段階で、『首相』になり、審査会が起訴相当、不起訴不当と結論を出すのは考え難い」と述べたと報道されている。この岡田発言の意図するところは「検察審査会の結論が出ない段階で、民主党代表選に出馬(代表に選ばれれば『首相』となる)するのは避けるべきである」ということを、婉曲にいったものである。 
 岡田外務大臣の、政治家としての見識や判断に幼児性があることは斯界ではよく知られていることであり、些末なことに驚くには値しないが、この度の発言は、立法・行政・司法という三権分立を定めた憲法の基本原則さえも知らない何よりもの証拠となる。憲法を遵守する立場では、本来三権は緊張関係にあるもので、特に司法権との関係でいえば、最高裁の最終判断が決定するまでの間は「推定無罪」とするのが、庶民であってもイロハのイである。従って、それを知らなかったとすれば、それは庶民以下の存在でしかなく、国政の要職を務めるには不適である。
 百歩譲って、それらを知って上での岡田発言なら、小沢一郎という政治家の言動に干渉し、行動を制約し、その政治生命を奪うことを意図していると断ぜざるを得ない。
 よって、この発言は、先に批判した菅直人氏の「小沢は、党のためにも自分のためにも、日本のためにも静かにしておけ」という暴言と同根・同質のものでしかない。

 検察審査会の結論と政治家の行動とはまったく別次元の問題である。岡田氏の論理に従えば、検察が仕組んで、首相にしたくない政治家を検察審査会で棚ざらしすれば阻止できることになる。これは「検察ファッショ」として別の機会に論じたことから割愛する。
 小沢一郎の「政治とカネ」の本質は、麻生政権が検察を使って「小沢潰し」を図り、マスメディアが鐘と太鼓でそれを煽りつづけ、かつ、検察審査会で棚ざらしにしたものであり、それはとりもなおさず、岡田外相の思惑どおりの展開となっているが、如何・・・・。
 私はここまで馬脚を見せられると、菅首相や岡田外相に腹を立てる気にはならない。それは彼らが良質な政治家ではなく、日本の民主政治や、国民利福にはものの役に立たない人たちだと見限ったからである。
 この時期に、「無性に腹が立つ」のは民主党所属国会議員、特に、小沢グループと称される政治家たちにである。猛暑に呆けたのか!、もっと怒り、抗議するのが君たちの「いまの仕事」ではないか。

(国家危機に対処する代表戦と思え!)

 猫の首輪ではあるまいに、コロコロ首相を変えるのは確かに褒められたことではない。しかし、歴史観もなく政治や経済にも洞察力がなく、日本の歴史に残る「政権交代」を実現した「国民の生活が第一」の公約をかなぐり捨て去り、消費税の増税という官僚政治に、「みごと」の三文字を冠して取り込まれた菅政権が続けば、それは、はるかに国益を違え、国民を辛苦の谷底に突き落とすこととなる。
 菅首相の最大の問題は、財務官僚から振り付けられた「財政再建」をひたすら叫び続けていることにある。日本が国家的存亡の危機にあるという認識に欠け、「財政再建」に拘れば、財政再建はおろか、現下の国家危機をさらに深刻にするという洞察力に欠ける。
 いまこの時期は、総合的な国家危機解決対策を実現しなければならないのが常識中の常識である。小沢一郎は十七年前『日本改造計画』を世に出し、大ベストセラーとなった。それは、ポスト冷戦下の国家戦略であり、以後、日本の政治はこれを軸に動いたといっても過言ではない。
 
 いま、国際社会は大きく動いている。ポスト〝ポスト冷戦〟といわれる世界での国家戦略を、次の代表戦で議論するべきだ。その構想を持ち、同時に、実行できる行動力と、より以上に求められる胆力を保持しているのは小沢一郎だけであり、多くの国民はそのことをよく知っている。
 オバマ米大統領は〝グリーン同盟〟という新しい政治を構想し、軍縮と金融資本規制と、福祉環境政策を断行している。欧州でも経済危機の中〝トランス・ハーモニー〟(調和資本主義)の政策を思考するようになった。
 小沢一郎は平成18年9月の民主党代表選挙で、「私の政見」を発表しているが、そこでは、「人間と人間、国家と国家、人間と自然との『共生』を国是とする」と宣言して代表となった。
 これこそが「日本一新運動」の理念である。敢えて民主党の小沢グループ国会議員に告げる。一日も早く『共生社会』への政策を立案して、小沢一郎が生命を懸けて活動できる環境を創って欲しい。これこそが、昨夏の政権交代の大義であり、いま君たちがなし得る最大の仕事、それも歴史に遺るであろう大事業のさきがけである。
 今こそ「指示待ち」を排し、ひとりひとりの奮起を熱望するが、昨夏には300有余の議席を委ねた、国民大多数の意志であることも併せて認識して欲しい。

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国民が望んでいる本来の政治を実現させる為にこそ、小沢一郎と、それを支える小沢グループの躍進が必要不可欠である。あぐらを欠いている暇はない。小沢氏本人任せばかりではリーダーと言えども足元おぼつかなくなる。小沢派の政治家達が一丸となって国民の声をしっかり受け止めて”国民の生活が第一”の政策を実現して欲しい。

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2010年8月11日 (水)

種苗マフィア?!

タネについてのハーモニック・トラストさんからのメルマガ2回目です。こちらも合わせて読んで下さい。

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こんにちは。
今日はタネの2回目です。


背の高い人がいる。反対に低い人もいる。
細身の人もいれば、恰幅の良い人もいる。


人それぞれさまざまですよね。


にも関わらず、スーパーで売られている野菜はみんな同じ。何だか自然の生き物の定めに反しているようにも感じます。今回は個性をなくした野菜たちについて考えてみます。


【品種のバラエティー】
大根といえば、おそらくほとんどの方が青首大根を思い浮かべるのではないでしょうか。個性に乏しい、いわば可もなく不可もない品種といえるかもしれません。いまやほとんどがこの青首大根になっていますが、以前はそれぞれの地域に適した個性あふれる品種がたくさんあったのです。


三浦大根は有名ですが、大蔵大根、聖護院大根、練馬大根、源助大根、赤大根、このようにたくさんの品種が存在していました。また色も白に限らず、赤や青といった具合にバラエティーに富んでいたわけなのです。


それがこの50年弱の間に、青首大根ばかりになってしまいました。一体何が起こったのでしょうか?


理由はずばりタネ、ここに行き着きます。タネの操作に比例して、地域の個性的な野菜が姿を消えていきました。タネの操作といってもピンと来ないと思いますので、説明したいと思います。


【効率が最優先された】
例えばトマト、段ボール箱にMサイズで24個ピッタリ入るようにタネが設計されています。キュウリは箱に何本、キャベツだと6玉という具合です。これは産地からトラックの荷台に効率よく入るようにタネが設計されているのです。


大きさがバラバラだと、輸送時に箱の中で動いてしまい野菜に傷がついています。またスーパーなどで販売する場合、形が揃ってなければ値札を1つずつ変えなければなりません。こうした効率の問題も理由に挙げられます。


でも一番はタネ・農薬・化学肥料がセットになったことによります。


一斉にタネを播き、一斉に収穫できる。虫・病気が出れば農薬で駆逐する。自分でタネを採るのはできることならやりたくない、そんな作業、だからタネ屋から買う。こうした事情によりタネを買う行為は当たり前になっていきました。そして個性ある野菜が姿を消していったというわけです。


【自然はバラける】
生き物は本来的にバラけるものなのです。大きいのや小さいのがいて、背の高いものや低いのがいてこそ生命は繋がれ守られていきます。何があっても良いように、「俺がダメでもお前頼むな」という具合に遺伝情報をバラけさ
せるものなのです。これをみんな同じにし、野菜から個性を失わせてきたのがこの間の歩みというわけです。


そしてみんな同じであるからこそ、不作になればすべてが不作。値段が一気につり上がり私たちの財布を直撃します。小松菜一把が500円ということも、こうしたタネの事情も横たわっているのです。


毎年タネ屋から買わなければ作物を作れない、これは農家がタネ屋の支配下に置かれることを意味します。タネの問題はあまり意識されませんが、私たちはもっと関心を持つ必要があります。

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お友達からも聞いた話だが、日本の、或いは世界でも、必ず業界にはマフィア連中というのがいるのだそうだ。
例えば牛乳マフィア。例えば食肉マフィア。
これらについても書きたいと思う。
そして今回このメルマガで出たのは、なんと種苗マフィアか!!(苦笑)

いやあ、ほんとに恐ろしいね、こういう連中に操られて、目の前に出されたものを何も考えず、ただ美味しい美味しいと私達は食べてきたんだからね。

とにかく全ての目に見える物事や出来事の裏側にが一体何が隠れているのか、そういう洞察力を身に付けていって欲しいと切に思う。

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2010年8月10日 (火)

ほんとのタネは8年かかる

野菜作りの始まりはタネから。これは基本中の基本。しかし、そのタネが最初から問題があるのではないかという指摘についてのお話。同じくハーモニック・トラストさんのメルマガを転載させて頂いてます。

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さて、今回からのテーマは「タネ」。

農薬や添加物の危険性はすっかり定着してきたように感じます。


でもタネについてはどうなのでしょうか?
あなたはタネの安全にまで気を配っていますか?


タネの段階で農薬などの薬剤漬けになっているとしたら・・・、あなたは無関心でいられでしょうか?


「タネの安全」そんなところにまで注意を払わなくてはならないの?」
「そこまではさすがにこだわれないなぁ~」


【食べないで下さい!】
そんな風にお感じになるかもしれません。でも考えてみればタネは“生命の源”です。人間でいえばお母さんのお腹に宿った新しい生命です。
お腹の中の赤ちゃんがもし薬まみれになっているとしたら・・・。あなたは黙っていられるでしょうか?


よくホームセンターなどで家庭菜園用にタネが売られています。袋の裏を見ると「食用・飼料用には使用しないでください」と書かれているものをよく見かけます。


「ふ~ん」と思わず流してしまいそうですが、少し考える必要があります。その理由は殺菌剤や着色料など、薬剤処理をしているから食用しないようにと言っているわけなのです。


試しにトウモロコシやホウレン草などのタネを買ってきて、コップに水を入れ落としてみてください。すると水の色に変化が出ます。真っ赤に染まったり、紫色になったり不思議な光景が広がります。その不自然さにはきっと驚きを覚えるのではないかと思います。

【買うのが当たり前!?】
これは病気予防や発芽する率を高める目的で施されているのです。また収穫量の拡大・品質の維持、こうした目的の元に薬剤が施されているのですね。また栽培が始まった後の農薬の使用量を減らすといった目的で、タネの段階から薬漬けにしておくわけです。


この状況で「減農薬!低農薬!」といってみても、果たして意味があるのか?と首を傾げざるを得ません。生命の始まりから健全であるとはとても言えないわけですから。


昔の農家は自分でタネを採り、乾かし、選抜し、自分でかけ合わせを行なっていました。


それが今ではすっかり、種苗会社からタネを買うことが当たり前になっているのです。自分でタネを採っている人は、ほとんど皆無、それが今の農業の現実です。


【最低で8年】
農家にとってタネ採りは想像以上に手間のかかる作業です。発芽するかどうかも不安定で、何とか芽が出ても成育するかどうかといった心配もあります。時間も手間も余分にかかり、効率が悪くなってしまうからです。タネを採る作業、乾かす作業、タネの温度や湿度管理、タネ採り用の畑も用意する必要があります。スピードや効率が優先される社会の中で、そんな面倒なことをしていれば乗り遅れてしまうというわけです。


さらにタネは長い年月をかけて土の状況を読み込みます。読み込みが完了するには最低でも8年はかかります。特に自然栽培は肥料も農薬も一切使わない農法です。外からの補助がないわけですから、時間をかけてタネを土に合わせなければならないのです。今から始めて8年待たなければならないわけですから、少しでも早い取り組みが必要です。


私たちナチュラル・ハーモニーも農家にタネを採ることを働きかけています。もちろん生産者の負荷を考え、全部自分でタネを採れとはいっておりません。


今世紀は「環境と食料問題」の世紀と言われています。農薬や肥料に目を向けるのと同時にタネについて、もっと関心を向ける時期に差し掛かってきています。遺伝子組み換え食品が問題になっていますが、これはつまるところ、「タネの操作」であるわけなのです。

今回はタネについて考えてみました。

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自然栽培野菜を作っている農家では、なるべく自家採取するように努力して下さっていて本当にありがたいと思う。でもとても大変な作業なので、まだ不完全である事も否めないとのこと。

自然栽培を始めて、更に自家採取をしてから本当の自然栽培の種の完成にかかる時間は最低で8年とのこと。

それだけ私達は、化学物質(農薬・肥料・薬剤)で土やタネを汚染し続けてきたという事実にしっかり向き合わなければならないのだと思う。

メディアが垂れ流す、あれを食べると健康になれる、これを食べると病気が予防できる、などという食べ物の効果を謳う番組に惑わされてはいけない。その前に、食べ物がいかに汚染されて私達にとって本当に必要な栄養が抜けてしまった形だけの代物になっているのかを見過ごしてはならないからである。

根本を忘れて表向きの見栄えや格好ばかりに囚われると足元を救われる。それが今の日本人である。

農業の現状は社会の縮図である。

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2010年8月 9日 (月)

硝酸性窒素の危険は葉野菜だけじゃない

硝酸性窒素は葉野菜ばかりに含まれている訳ではないという。次に送られてきたハーモニック・トラストさんのメルマガを紹介しよう。

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前回は硝酸性窒素の危険性について詳しく見てきました。
肥料の歴史があったればこそ、これまで人類は食をつないでこれました。
現在の私たちも生きる糧を得れているといえます。
でも、もしより自然な食生活があるとしたら・・・
私たちは常に次のステップを知る必要があるように思います。


前回、硝酸性窒素の危険性は何となく理解できたけど、葉野菜1把を一日で食べ切るはずがないじゃない。生で食べずに茹でたり焼いたりすれば良いのでしょう?


そう思われたかもしれません。


【他の食べものにも・・・】
でもそうカンタンにもいきません。なぜなら硝酸性窒素の危険性は葉野菜だけに限らないからです。他の野菜やお茶、そして飲み水にまで含まれているのですから。毎日のいろんな食べものや飲みものから、体に蓄積されていくことになります。


野菜の硝酸性窒素は肥料の与え過ぎが原因で起ります。肥料とは植物にとっての三大栄養素、「窒素・リン酸・カリ」を主な成分にしているもののことです。中でも窒素は植物にとって「成長促進剤」、だから一番重要視されている成分です。有機肥料であれ、化学肥料であれ、肥料とは窒素が軸、これに違いはないわけです。


肥料は作物への養分供給を目的に使われます。そこに貫かれている思想は「より多く・より速く!」、このことに尽きるのです。特に有機肥料は生産者の勘を頼りに使われますので、一反(300坪)当り何トン、作り手によっては何十トンという量が使われるケースも少なくありません。


何十トンとなればトラック何台分でしょうか・・・、これはいいたくはありませんが、自然界にはなかなかありえないことで、不自然と言わざる得ない側面があります。


【自然界は自然栽培】
植物は本来自分に必要な窒素を自分で取り込む能力を持っています。それができなければ植物は、太古の昔にとっくに亡んでいたはずです。地球上の植物、そのすべてに人間が肥料を与えることなど、とても不可能ですから。


これはどんなに文明が発達しても不可能であり続けるでしょう。野菜も植物、だから必要な栄養分を自らの力で取り込むだけの力が備わっているのです。


実際に自然の野や山のどこにも肥料は入っていません。動物の糞や死骸が入ることがあっても、一ヶ所に集中することはありません。しかも何十トンも入ることはないのです。それでも植物たちは栄養失調になることもなく、逞しい姿を見せてくれています。


必要な分の窒素を自分で取り入れ、取り入れた分を吸収し生命を維持する。これが本来の、そして自然な植物の姿です。つまり自然界は無肥料自然栽培であるわけです。


【肥料の質と量】
硝酸性窒素の問題は、いかに過剰な肥料を与えているか?このことを物語っています。この数値は、植物の自然な成育過程を無視した結果ともいます。より速く!より多く!こうした人間の都合を植物に強いた結果ともいえるのです。


自然のルールや食べる人の安全が犠牲になっているといえるのかもしれません。無論、これまでの時代背景は安全よりも、腹を満たすことにありましたからこれもやむを得なかったのだとは思います。


前回述べた、牛の大量死事件は牧草に大量の肥料を与えたことが直接の原因とされているのです。


問題は肥料のクオリティーにあります。有機のものでも、低い数値が出るものもあります。傾向として言えるのは、植物性の肥料を使った場合は数値が低めに出ます。一方、動物性の肥料を使った場合は高い数値が出る傾向があります。


つまり「無農薬」なのか、「減農薬」なのかを問うことも確かに大切なのですが、同時に「どのような肥料がどのくらい使われたのか?」についても疑問を持つ必要がありますね。


【朝採り野菜の危険性】
もちろん肥料を入れない自然栽培の野菜だからと言って、常に低い数値が出るとは限りません。これはその畑で肥料をやめてから何年になるか、または自然栽培を始める以前にどのような肥料を使ってきたか、これらによって数値は変動します。肥料をやめてから年月が経過した畑の野菜は、低い数値になる傾向があります。
年数と土の中にこれまで入れてきた肥料や農薬などの不純物をいかに抜いていくか、この時間の質と長さの積み重ねができているほど、硝酸性窒素は少ない傾向があるようです。


また、硝酸性窒素は太陽光線によって分解されます。「朝採り野菜」が良いかのように思われがちですが、硝酸性窒素の問題を考えると決してそうとは言い切れません。日照によっても変わるので、夏場と冬場の葉野菜では残留濃度は変わってきます。またビニールハウス栽培ですと、どうしても太陽光線が弱くなるため、硝酸性窒素は分解されにくくなります。


【環境も汚してしまう】
硝酸性窒素は植物の成長にとっても欠かせない物質です。問題は、その「量と質」にあります。必要のないものまで、過剰に野菜に与える行為が、「毒」となって人間に返ってくる。さらに畑の肥料成分が地下水に染み込んだり、雨などで河川に流出し、それが私たちの飲み水やハウス栽培で撒かれる水として循環を繰り返すわけです。


「有機」を含めた日本の農業の現実は、硝酸性窒素の汚染を雪ダルマ式に拡大していると一面があります。有機をやるにしても、可能な限り肥料は少ない方がいいわけですね。


「ブルーベイビー症候群」はこの顕著な例で、一つはホウレン草に含まれていた硝酸性窒素、もう一つは茹でるための水道水に含まれていた硝酸性窒素、いわば二重の毒性が原因となって起こった事件だと考えられています。


【畜産県と糖尿病】
アメリカ・コロラド大学のコストラバ博士の研究によれば、硝酸性窒素は発ガン性物質やブルーベイビー症候群に限らず、「糖尿病」の原因物質であると指摘しています。実際に日本の人工透析患者の上位県は大規模畜産地域(1位鹿児島、2位熊本、3位宮崎)とビニールハウスなどの大規模施設農業地域と重なっています。施設農業とはビニールハウスなどを指す言葉です。


なぜこうしたことが起こるのかといえば、畜産からの糞尿が有機肥料として畑に使われることが原因と考えられます。畑の土からの窒素成分が地下水を汚染し、それが硝酸性窒素たっぷりの水道水となって飲み水や
作物の栽培に使われていく、まさしく「負の循環」の結果というわけなのです。


もちろん、これまでに牛乳を飲まず、肉をまったく食べていない人は極めて少なく、多くの人が畜産業のお世話になったことは否めないといえます。


肥料・農薬においても、同じことがいえます。
また前回の繰り返しになりますが、来年から肥料・農薬をやめることをすべての農家ができるかといえば、現実には不可能です。


だとするなら、有機であれ、減農薬であれ、一般の栽培であれ、まだまだ本当に貴重な食料だといえます。


しかし、地球環境にも、体外環境にも重大な影響を及ぼす硝酸性窒素の危険性を私たちは正面から見つめる必要があるように思います。私たちは肥料について真剣に考えなければならない時期に差し掛かっているのです。


また葉野菜を茹でれば確かに硝酸性窒素は軽減されます。がしかしその茹で汁が再び河川を汚し、土を汚してしまうのです。何が自然で何が不自然か、このことを軸に日々の食材を選択していく必要があると感じます。


肥料も農薬も使わない自然栽培を少しずつ広め、準備しておく必要性を感じ私たちは活動しています。

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硝酸性窒素は必要な量だけ野菜に含まれているべき物質。しかし肥料の与えすぎにより野菜に含まれる硝酸性窒素が無駄に増加し、それが土壌を汚染し、地下水を汚染し、水道水へ渡り、また私達の体へと入っていく悪循環。これは硝酸性窒素に限ったことではなく、他のあらゆる化学物質全てに言える話である。

有機栽培でも家畜の糞尿などの動物性の肥料を使っている野菜は、家畜が食べる餌そのものに大量に肥料を使っているというだけでなく、家畜が食べた餌に含まれるあらゆる化学物質が糞尿という排泄物に一番溜まっているので、普通の農薬を使った野菜よりも危険になる可能性があるとの指摘もあった。有機だから安全ではないのだという。
また、最近は家畜を早く肥やす為に動物性の餌(肉骨粉など)を食べさせる事例も多くなっている。本来は家畜は草食動物なので、植物性の餌を食べるのが普通だが、そういう不自然な事をやって育った家畜の糞尿はもっと危険になってくる。もちろんその家畜の肉も危険であることは言うまでもない。

いかに私達はそういう事を知らされずに、また知ろうともせずに、政府やメディアの”これなら安心”というキャッチフレーズを鵜呑みにしてそこに投資してきたのかという事実をまざまざと見せられた気持ちになった。

だからこそ、私は自然栽培野菜や自然栽培米や味噌を、できうる限り食べ続けることにしたのである。

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2010年8月 8日 (日)

日本一新の会

当ブログで前述していた通り、間もなく平野貞夫氏が中心となって展開する、小沢一郎の改革を支援する為の「日本一新の会」のサイトが発足します。

新規で会員になりたい方はこちらから申請願いますとのことです。

尚、会費は年会費が5000円、月会費が500円(複数月可)とのことです。

サイトの開設自体は9月末の予定だそうですが、現在はメルマガを運営中ですので、会員になった方から随時メルマガが送られてくることと思います。

また、8月8日の朝は平野貞夫氏がテレビ朝日の生番組「サンデーフロントライン」に出演予定だそうです。入会を考えている方はご覧になってみて下さい。

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2010年8月 5日 (木)

自然栽培の葉野菜は緑が薄い

さて、少しずつハーモニック・トラストさんのメルマガの内容をお借りしてブログを書いていきたい。

自然栽培の葉野菜は、緑が薄い。

確かに私のところに届く自然栽培の葉野菜は、緑が薄い。

しかし市販に売られている葉野菜は、大概緑が濃い。

この違いについて明確に解説してくれているので、紹介したい。

ハーモニック・トラストメルマガより転載
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【賢明な人は火を通す ~現代食べ合わせの危機~】
「硝酸性窒素」とは小松菜やほうれん草、チンゲン菜などの葉野菜に多く含まれている物質です。分かりやすく言えば、葉野菜を食べた時に感じる苦味やエグミ、その味の正体はこの物質によるものなのです。


葉野菜は生で食べることを極力避けている、必ず火を通す、そういう方も多いと思われます。何気なくやっている・・・、たとえそうだとしても、それは極めて賢明な処置と言えます。硝酸性窒素の毒性は「青酸カリ」に匹敵するとも言われているのですから。サラダブームもきちんと素材を選ばない限り、危険度は高まってしまうわけです。


「肉を食べたから、その倍くらい緑の野菜を食べましょう」、食卓のよくある光景ではないでしょうか。シーンとしてはお母さんが子供に言い聞かせる言葉だと思いますが、実はこの組み合わせには「危険がある」と言わざるを得ないのです。


なぜなら肉や魚に含まれるたんぱく質「アミン」と硝酸性窒素が化合して、「ニトロソアミン」という強い発ガン性物質に変化してしまうことがあるからです。


肉・魚に限らず、体内にはこのアミンが貯蔵されているので、硝酸性窒素たっぷりの野菜は極力避けなければなりません。アミンは肉や魚を焼いたり、煮たり加熱調理をすることで、さらに増加していくことが分かっているのです。


野菜に含まれる硝酸性窒素は口の中で「亜硝酸性窒素」という物質に変化します。実際に白菜100gを食べた後の唾液を測定してみると、通常の5倍から10倍くらいの亜硝酸性窒素が測定されたという報告があります。それが加熱して増加した肉や魚のアミンと化合し、「ニトロソアミン」に変化するわけですから、注意が必要です。


【赤ちゃんが青くなっていく・・・】
強い発ガン性の他にも、硝酸性窒素は酸欠・窒息状態を引き起こします。代表的なのは幼児が青くなって死んでいく、「ブルーベイビー症候群」という急性症状です。


これは今から約40年前、アメリカでホウレン草の“裏ごし”を食べた幼児が次々と窒息死する事件が起きました。300人近くが急性症状にかかり、39名が亡くなった。血液中の酸素を運ぶヘモグロビンの働きを阻害した結果として起こる病気で、「メトヘモグロビン血症」と名づけられています。


毒への耐性は体重に比例します。だから小さいお子さんがいる家庭では細心の注意が必要です。また北海道で、硝酸性窒素を大量に含んだ牧草を牛が食べ、急性の酸欠で大量死した事件が10年ほど前に起きました。他にも糖尿病やアレルギーの原因物質として警告を発する研究者もいます。


私たちは硝酸性窒素の過剰摂取、その危険性を正面から見つめる必要があります。そしてこの物質を食卓から、いかに減らしていくか、このことを真剣に考えなくてはならないのです。それは日々の食材をいかに選ぶか? ここに賭かっているのです。


WHO(世界保健機構)は硝酸性窒素の安全基準を定めています。「安全基準」とは一日の摂取量が基準値以内ならば、一生摂り続けても問題がないと考えられる量のことです。その数値は体重1kgに0.836mg(体重50kgの人は0.042g)です。つまりこの量を超えるとリスクであるという警告です。※注1


ヨーロッパでも安全基準を設けているのですが、日本ではいまだ定められていません。


こういう状況ですから、硝酸性窒素への関心が低くても仕方がないのかもしれません。しかしこの数字はあくまでWHOの基準値に過ぎないことを抑えておく必要があります。日本人は世界的にも類のない野菜好きですので、より一層の注意が必要となります。


狂牛病などの影響で、「もっと野菜を!」というムードが強いのですが、野菜ならば何でも良いことにはならない。イギリスでは環境教育プログラムを定め、小・中学生に硝酸性窒素の危険性を教えています。子供たちに指導し、食や環境への意識を育てています。他国の良いところは素直に見習う姿勢が大切です。


肥料の投入量によって硝酸性窒素の含有量は上下していきます。私たちは有機か、無農薬かというところにどうしても目が向きがちです。でも使われた肥料がどれくらいの量であったか、またどのような肥料を使ったかを問うことも極めて重要であると思います。


もちろん、どんな野菜でも食べるときは感謝して、ありがたく楽しくいただきたいものですし、腹を満たすことができるのは何ものにもかえがたい。また、肥料や農薬を使わない農産物で全世界、全国民の人口分を今すぐまかなえるわけでもありません。


そういう意味では、現状、肥料や農薬をつかった栽培も必要なのだといえます。


でも、一方で食におけるリスクを知り、向かうべき方向性を把握することは、とても重要だと思うのです。


今回は硝酸性窒素の危険性について述べてみました。


※注1
なぜこんな中途半端な数値なのかというと、WHOは「硝酸イオン」数値を基準にしているからです。硝酸イオン中の「硝酸性窒素」を割り出すとこの数字になります。

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"硝酸性窒素"なんて、私自身も初めて耳にした。しかもこの物質が青酸カリに匹敵するなんて、こんな事絶対に自分で調べでもしなければ教えてはもらえない。

この”硝酸性窒素”が、市販の葉野菜の緑色を濃くしている原因だという。
化学肥料を入れれば入れるほどこの物質の値も自動的に増える。

この”硝酸性窒素”。じゃあ葉野菜は火を通して食べれば問題ないと思われるかも知れない。しかし実際はそんなに甘くはないのだという。

次は、その問題点について紹介する。

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2010年8月 3日 (火)

孤独から開放された日

最近また旦那の仕事が忙しくなり、土日まで出勤という状態になってしまった。

以前にも土日出勤が続いたことがあって、お金を稼げるのはありがたい反面、振り替え休日もなく連続して仕事するのはどうかと思うし、更に自分が靈氣の勉強に出掛けている間は旦那に子供を見てもらっているので、勉強に出掛けるのも断念せざるを得ず、複雑な気持ちだった。

今回もまたしばらく勉強に行けないのかな、行かなくちゃ厳しい所なので上に上がるのを認めてもらうのもまた遠のきそうだし、など考えてしまった。

少し前までは、うちの親もたまに見てくれた。

しかし、最近になって、私の勉強を理由に子供を預かるのは利用されているみたいで嫌だとうちの母が文句を言い出し、しかも「私そういう氣の世界とか大嫌い」と突然言い出して見てくれなくなってしまった。
なんで今勉強に行かなくちゃいけないのかをまず理解してもらえないし、自分ばかりやりたい事をやって子供の面倒を親に押し付けているというイメージが母の中で大きくなってしまったのだろう。
理解してもらいたいと思うけど、ヒーリングを体験してみてよと言うと嫌がるし、とにかくこういう類のものは如何わしいと思って毛嫌いしているので、話を心から聞いてくれようとしないのである(その割には祖母の新興宗教には静々従って親類で集まるとお経も唱えているようなのだが)。

そういうことなら仕方がないので、旦那に毎回子供を見てもらっていた。
勉強会行く時にも託児所に預けて、という方法も一時は考えた。しかし、ただでさえ保育所に預けて親から離しているのに、土日まで託児所を利用するというのは考えられなかった。なんとか家族で協力してやっていきたかった。

そんな旦那は、私が一生懸命やっているこの靈氣の勉強に、少しずつ興味を示してくれたみたいで、最近ヒーリングに通い始めるようになった。氣の流れがよくなれば初伝を伝授してもらうことができるので、それを目指すと言ってくれた。うちの家族の大進歩だと思った。

しかしここに来て、もうそんなことはないだろうと思っていたはずの旦那の休日なし連続勤務。

お姑さんが肝臓に癌が転移した事をうちの母に伝えた時、「自分で治すなんて反対よ! 国立がんセンターに行って診てもらった方がいいわよ。近所や親戚の人で、放射線と抗がん剤で治ってる人がいるんだから大丈夫よ」とメールで言ってきたので、私は「一度治ったと思っても再発する可能性は否定できない。だけど自分自身で治せたらお姑さんが今までやってきた副業にも自分にも自信が持てるし長生きできると思うよ。テレビのCMで製薬会社や化学メーカー、洗剤業界ばかりやってるのは何故かというと、メディアとそういった業界と医療界が利害で繋がっているからだということにそろそろ気付いた方がいいよ。病気が自己治癒能力で治せるとテレビが放送したらそれらの業界も医療界もやっていけなくなるから隠しているんだよ」という話をメールしたら、それからなしのつぶて。その直後の話だったのでタイミングが悪いと思いながらも、旦那が土日も仕事なので子供を一度見てもらえないかとお願いしたところ、案の定完全無視されてしまった。

うちの母も大人気ないことするなあと思いながらも、とても悲しくなってしまった。

子供の遊びの相手もしてあげられない程、久々に落ち込んだ。

子供は私に蹴りを入れたり髪を引っ張っても動じないので、泣き叫んで、そのうち私のお腹を枕にして寝てしまった。

翌朝になり、相変わらす母からは連絡がなく、思わず朝から友人のYさんに愚痴を書いてメールしてしまった。

その後、子供と2人で買い物など出掛けようと準備していたら、Yさんから返信が来た。

「私でよければ子供を預かるよ」



ええええ~っ?!( Д) ゚ ゚




そんな返信予期していなかったので本当にびっくりした。

確かにYさんに預かってもらえれば、Yさんの家は行き先にほど近いところにあるので勉強の間だけ見てもらえればいいし、以前一緒に靈氣の勉強をしたことがあるので、私の勉強に出たい気持ちについても理解をしてくれているし、とても信頼できる。

でも友人に子供を見てもらおうなんておこがましいのではないか?
そこまでして私は自分の目的を果たしたいのか?

自問自答を繰り返した。

でも今出れば勉強会にも間に合う。
行けるのに敢えて行かない事を選択するなら後悔して1日を終えてしまいそうだ。
そして最近なかなか会えなかったYさんにも会える。

今回だけ、この言葉に甘えてしまうことにした。

と思ったらなんだか感動して涙が出てきてしまった。母に理解してもらえない悔しさを洗い流すようにどんどん癒されてきた。なんて恵まれているのだろう。こんな友人に出会えて私は幸せだなあ。

そうと決まったらすぐにYさんに電話した。
Yさん本人は、子供は元々好きだし、今日は用事もないし、Junちゃんの子供に久々に会いたかったからいいんだよ~と、そんな大した事じゃないみたいに言ってくれたけど、私にとってはYさんが女神に見えるほどありがたい事だった。

急いで洗濯物を取り込んで、1時間半はかかる距離を子供を連れて電車に乗った。
我が子が1時間半も耐えられるのか心配だったものの、子供は随分大人しく乗っていてくれた。
いや~我が子にも感謝☆

無事到着してYさんと食事の後子供を預け、勉強に参加。
殆ど人見知りしない我が子は、泣きもせず私と別れた。
こんなに最初から幸せな気持ちで勉強したのもとても久々のことだ。
最後、皆の前で一言言う時に、思わず泣いてしまった。
そしたら皆が背中に手を当ててくれた。また癒された。

最近落胆するような事の方が多かった。心が疲れていた。孤独すら感じた。

しかしこの出来事を契機に、私は愛されているからここに生きていられるんだという事を改めて感じた。

私が今勉強している事は、そんな簡単に周りに分かってもらえるものではないということは、最初から分かっていたつもりだった。だけど、いざ突き放されたり無視されたり嫌な顔をされると、思った以上にしんどかった。

だからといって、やめる訳にはいかない。だって、今やっている事は、私が生まれる前にこれをやるんだと決めてきたことだから。私がこれをやめる事は、自分を殺す事だから。

Yさんも、うちの旦那も、我が子も、師匠とその仲間達も、靈氣を理解してくれようとしている人達も、そうでない人達も、みんなみんなありがとう。

理解してくれる人達があるから、支えられて続けていかれる。

でも理解してくれない人達がいるから、理解してもらえるまで頑張ろうと思えるんだね。

全ての人達が私の原動力になっているんだね。

全てで一つって、こういう事なんだね。

感謝。

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