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2010年6月

2010年6月28日 (月)

靈氣三昧修業三昧

前回のブログをアップしてからすぐに、なんと保育所から電話がかかってきた。

「お子さんが今熱が37.7℃ありまして・・・」

わおおお、きたか、これが今流行りの熱が出たり引っ込んだりする熱風邪の実態なのか・・・。

と結構ショックだった。

確かに3日前の熱はすぐにヒーリングで下がったのである。
そしてしばらくは何事もなくずっと元気だった。

ただ、平熱が普段よりはやや高いかなあ、とは思った。
でも夏の暑さのせいかも知れないとも思った。

しかししかし、ウィルスは完全に撲滅された訳ではなく、今か今かとまた体内を蠢く機会を伺っていたのだった。

そして今回また熱が上がってしまった。

といっても子供そのものは普段のように変わらず元気そうだということだったので、そのまま様子を見てもらうことにして、私は仕事に出掛けた。

遂にその日は保育所に呼ばれることなく無事に仕事を完遂できた。
昼寝している間に熱が38℃くらいまでいったものの、起きて夕方再度測ったら、37.3℃まで下がったというのである。

う~ん、流石は親孝行な我が子。と親バカぶり発揮。

翌日は念のため、旦那の親に子供を預けて仕事に行った。
しかしその日は37℃ちょいくらいで推移していた様子。
夕方はもっと熱が下がったのでもう治るのかと思ったら、夜は少し熱が上がった。

翌日は自分は仕事そのものがなかったので、子供も保育所を休ませて様子を見た。

そしてもちろんヒーリング三昧。
子供の寝ている時に、自分の睡眠時間を削ってまでヒーリングに時間を費やした。

翌日は、37℃ちょいくらいの熱が続いた。これはヒーリングしても殆ど変化はなかった。
ただいろいろ家の用事で出掛けなくてはならなかったので、子供を連れてあちこち行ったが、その間に熱は36.6℃まで下がった。

どうやら寝ている時に熱が上がって、動いている時に熱が下がるという特殊なウィルスらしい・・・。

そして熱の本番ぽいのがやってきた。
夜勝手に寝てしまったので、そのまま布団へ運び、ちょっとおでこを触ったら、結構熱くなっていた。
測るとなんと、38.5℃。
またもヒーリングしなくちゃとそのまま手当て。
よく見ると、両耳の後ろのリンパが腫れて膨らんでいた。
1時間ほどヒーリングすると、更に熱が上がったような感じになった。39.2℃までいった。
どうしよう? これ以上ヒーリングしてていいのだろうか? 好転反応(回復に至るまで一時悪化したような状態になること)だったらいいのだけど・・・・・・。
でももう自分も限界だった。眠いのだった。

これまでもそうだけど、眠い時にヒーリングしても、段々うとうとしてきてしまって集中力がなくなり、返って良くない。自分にある軸もぶれるし、下手すれば悪いものをもらってしまうかも知れない。そんな事がたまにあった。
そういう時は殆ど効果が出てないように感じた。
あまりがむしゃらにやり過ぎても自分を疲弊させてしまうだけだなあ。
もっと自分の軸を真っ直ぐにして無心でやることが確実にできれば、もっと分かり易く効果が出てくるのかも知れないなあ。
そんなことを思った。

子供の事は心配だったけど、もう諦めて自分も寝ることにした。

そして翌日。

朝起きた子供の熱を測ると、まだ熱があった。38.2℃だった。
これは観念して、もう一度病院に連れて行くしかない。
そして仕事も今日は休もう。自分も疲れてしまった。子供と大人しく過ごそうと思った。

病院では、「これだけ熱が上がったり下がったりしてるので、体温をグラフにしてきて。それから出された薬はしっかり飲みきらないと、薬を具合の悪い時だけ飲ませたのでは、病気の過程が変わってしまってこちらも判断しにくくなってしまうから。今回は耳の後ろのリンパの腫れがあって、風邪だけとも言い切れないので、とりあえずリンパの腫れを抑える抗生物質を出しますので飲んで下さい」などいろいろ言われる。

もちろん薬は殆ど飲んでいない。
一度親に預けた時に、2回入れたのみだった。
今回は抗生物質が出てしまった。抗生物質こそ飲ませたくないなあ。
ここは何としてでももう再診するはめにならないように治ってもらわなくっちゃ。

しかし、どうも病院を去る頃には熱が引けてきたようだった。おでこが熱くない。
帰宅して熱を測ったら、なんと、36.5℃まで下がっていた。

そして、それ以降はもう熱が上がる様子は全くなかった。
本当に熱が下がってしまった後は、寧ろおでこは少々冷たく感じられた。

なんとか病気を克服できたのだろうか? 殆ど自然治癒力で乗り切ったのだろうか?

翌日になると、耳の後ろのリンパの腫れが大分引けてきた。
子供も元気そうだったので、仕事のないこの日は子供を連れて買い物に出た。
しかし、今度は顔の両頬に赤い湿疹みたいなのが出ていることに気が付いた。
ようく見ると、背中にも出ていた。

うわわ、伝染性の病気じゃないよね?!
買い物から帰って、ネットで調べた。
熱が続いた後に出る湿疹は、麻疹や風疹や水疱瘡などの伝染性のものだけでなく、普通の風邪でも出ることがあると書いてあった。

しかし念のため、もう一度病院に行った。先日行った病院は休みだったので、実家近くの病院へ車を走らせた。
そこでは、伝染性のものかは原因が分からないので特定できないと言われてしまった。
そして普通に飲み薬と塗り薬を渡されて終わってしまった。
病院によっても本当に医者の対応のなんと違うことか・・・。

しかし背中の湿疹は夕方には少しずつ引けてきていた。
ここは薬を飲まずにヒーリングだけはして経過を看た。

翌日になると、背中は殆どなくなり、両頬だけちょっと残ってる状態になってきた。
耳の後ろのリンパの腫れも殆どなくなった。
そして夜には大分湿疹がなくなってきてしまった。

・・・母ちゃん、ほっとした~~~(;;;´Д`)ゝ

もう熱も全然ないし、湿疹も殆ど消えてきたし、今度こそ、今度こそ、この厄介なウィルスとおさらばできるんだねえ。あとは便が緩いのと、朝起き抜けに出る空咳がなくなれば完全完治だと思う。

とりあえず我が子よ、よくやった!!

結局1時間で完全完治なんて、まだまだひよっ子の私には高すぎる目標だったけど、全く手応えがなかった訳ではないし、いろんな学びの時間になったことは間違いなかった。
もっと何度でも靈氣を実践して、子供の病気がまた始まっても振り回されずに対応できるようになりたい。
自分のヒーリング力だけでなく、子供の自然治癒力を信じ切ってあげられるようになりたい。

ブログもやっと更新できました(^-^;

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2010年6月22日 (火)

靈氣で子供の風邪を治せ

このブログでもなんだかんだ子供の病気がネタになる。
それだけ保育所で流行のものをことごとくもらってくるので、その度に薬はどうしようとか、仕事はどうしようとか、それについて考えるのが自分の中でストレスになっていた。

お陰で靈氣の勉強への参加も思うようにいかない事が多々あった。
流石に家族が病気している時に放置して出掛けられない。

久々に出た勉強会で、師匠に言われた。

「風邪なんて1時間もヒーリングしてたら治っちゃうよ」

え?この私でも???

今の靈氣力でも治せるって???

まだあまり自分の靈氣の実力が、病気を治癒する程まではいっていないと思い込んでいた。
だからホメオパシーも使いながら、時には不本意ながら薬も飲ませながら、病気は子供のペースで治っていくものではあるけど、それでもなるべく早く治ってくれたら助かるという気持ちでなんとかその場を凌いできた。

そりゃあ、靈氣で病気が治せたら、自分がそれをすることができたなら、どんなにいいことか。
それはずっとずっと思っていた。
でもまだまだそこまでに至らないと思って靈氣だけで病気に対処しようとするのを端から諦めていたのだった。

子供に対しては、先に宣言した通り、できるだけ毎日、子供の寝ている時に、5分でも10分でも20分でも時間のある限りヒーリングして、外からやってくるウィルスなどの異物を体外に出すように努めてはいた。

しかし、もっともっと靈氣をしろということ。

そうかも知れない、とにかくやってみないと、実行して確かめてみないと、そう思った。

そしてその時はまたもタイミング良くやってきた。

ちょうど自分は仕事がない日に子供は歯科検診で保育所に預けないといけないという日があり、そういう事ならと思って久々に子供を連れずに久々の友人と会ってきたのだが、その友人と別れて少しした後に、保育所から電話がかかってきた。

「お母さんすみません。お子さんの熱が39度ありまして・・・」

「分かりました。これから向かいます」

そして保育所へ行って子供を引き取り、念のため病院で診断を仰いでから自宅へ戻った。

またも、最近は突然熱が出て、下がったと思ってもまた上がるというような熱風邪が流行っていると保育所の先生が言っていた。
病院先でも、こういう風邪が流行ってるんだよね~と、またかという感じで医者に言われた。

とりあえずは今流行りの風邪だということが分かったのでほっとした。

もちろん、処方された薬は飲ませず、子供が遊びに夢中になっている時、その後昼寝を始めた時にヒーリングをやってみた。

帰宅した後は既に熱は38度弱まで下がっていたのだが、また熱が上がる可能性があるということなので、とりあえずがむしゃらにヒーリングしてみた。

総合するとおそらく3時間近くはヒーリングしただろう。この日と翌朝はヒーリングにかなりの時間を費やした。

とりあえずこの日の晩は、37度ちょいくいらいで推移していた。
それくらいの体温なら、保育所では預かってはくれる。
しかし、また上がる可能性を無視できなかったので、念のため翌日は旦那の両親に子供を頼んで仕事に行くことにした。
途中で保育所から呼ばれても、デイサービスで入浴の仕事をしている時は簡単に抜けられないからだった。

結局翌日はそのまま体温も上がることなく、37度弱くらいで推移し、子供も元気よく遊びまわっていたと聞き、母親としてほっとしたのだった。

正直この件だけでははっきりとは自分の靈氣が十分に機能したのかを見極められなかった。
でもまあ元気になったんだからいいか、とそういう感じだった。

もっともっとはっきりと靈氣の力を目にしたのは次の日の朝だった。

もう熱が上がることはないだろうかとやや心配だったのが、次の日の朝に現実となった。
私が先に目覚めて、おもむろに子供のおでこに手をやると、かなり熱くなっていた。

これはやばい、と思い、そのまますぐにヒーリングを開始。

実は、最初に熱が出た時は、どこの部位をやればいいのかよく分からなくて、頭部をヒーリングしたりもしたが、どうも頭部をヒーリングしてると、熱氣のある手のひらを直接熱で熱くなっているおでこに当てるので、返ってもっと熱くなっていくような感じを受けた。しかしそれでも頭部も含めて肺とお腹をヒーリングしていたのだが、今回は頭部はやめて、肺とお腹を一度にずーっとヒーリングしていた。小さい子供なら、肺とお腹を一気に手当てできるのでとても効率がよい。

すると、段々おでこの熱が取れてきたのである。

ぽっぽとほてっていた手足も段々熱が取れてくるのが分かった。

このまましばらく、約40分くらいヒーリングした。

熱はほぼ完全に下がってしまった。37度あるかないかくらいになった。

今回は、流石に自分でもびっくりだった。

あまりにスマートに治っていったから。

ただしかし、この熱風邪をもらう前から残っていた咳は、まだたまに出た。

でも熱に関しては再び上がることはなくなった。

熱は下げられたが、咳や鼻水に関してはもう少し自分の靈氣力を高める必要があるのだろうか。それとも、咳や鼻水は風邪の後遺症的なものだから、少しは出るのは仕方のないことなのか。
それに関しては、今後も何度も子供の風邪に対してヒーリングして確かめていくしかないだろう。
その行為が全て自分の肥やしになるのだから。

とにかくもっともっと靈氣を実践して、自信をつけなさいと師匠は言いたいのだなあと思った。

そうだ、使わなければ自信も持てない。

一番極めるべきは、靈氣。これが私の使命なのだ。

師匠に背中を押されて少しまた自信がついた。今後も頑張って実践していきたい。

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2010年6月17日 (木)

嫁姑の縁は靈氣だった?!

実は先週も我が子が保育所から風邪をもらってきてしまった。

今回の風邪は、熱が続いた後に、咳が続くというしつこいタイプの風邪で、保育所でも、近所でも流行っていた。

案の定、我が子も多分に漏れず、ひいてしまった。

そして案の定、私もまんまと感染してしまった(。>0<。)

いやはや、私にとっては今年5回目の風邪である。ただ私の場合、熱は急激に上がって翌日には下がったのは良かったが、咳だけが結構続いた。なかなか痰が上に上がってこないのである。
お陰で右の肋骨が咳のしすぎで痛くなってしまった。

結局我が子は熱が3日間ほど続いたので、最近は大儀なく預かってくれるようになった旦那の両親に見てもらって仕事に行き、旦那の両親が用事がある日だけ仕事を休んだ。咳だけになってからは普通に保育所に通わせた。

もちろん、病院には行ったのだが、薬は親バカの情けで2回ほど飲ませた。旦那の親に見てもらった時は、やはりいろいろ言われてしまうので薬を持っていった。

その後、お姑さんに電話した時に、子供の風邪を巡ってまた論争になる。
「風邪引いたなと思った時、すぐ風邪薬を飲ませれば早く治るんだからそうしなさい」と最近の口癖はこれである。お姑さんの言い分では、すぐ飲めば少ない量で風邪を治せるんだからいいじゃないという事だ。
何度でも言われ、即薬という考え方に疑問を持っていた私は耐え切れずに反論した。
「私はすぐ薬というのではなく、本当に酷い時だけ薬を与えるようにして、極力自分自身で風邪を治せるようにした方が後々健康でいられると思っています。基本的には、風邪くらいでは薬を飲ませたくないんです」
するとお姑さんは、「風邪くらいと言うけど、風邪は万病の元と言って、風邪からいろんな病気を招くかも知れないんだから、風邪こそ氣を付けないといけないのよ」と言ってくる。
そして私は再び反論。
「風邪から他の病気を招くことはないですよ。(風邪からくる結膜炎・中耳炎・気管支炎・肺炎などはあったにしてもそれは風邪が続いた結果であり、他の病気を招いたとは私は考えない)風邪は風邪なんです。」
「じゃあ熱で苦しんでいてもほっといていいの?」と言ってきたので、私は仕方なく、「そうですね」と答えた。お姑さんはややびっくりしていた。
でももちろん本心ではない。本当はおせっかいな程なんとかしてやりたくて仕方ないのである。しかしその過度な助けが子供を駄目にしてしまうんだと私は言いたかっただけなのだ。しかも薬という極めて安直な方法で。
だからこそ、私が身に付けた靈氣療法で、少しでも症状を緩和する努力はしているつもりである。
お姑さんは続けた。
「とにかく過信するのだけはやめなさいね。ましてや貴方だって風邪引いて薬も飲まずに仕事してたら余計大変じゃない。返って辛くて後から大変なことになるかも知れないわよ。貴方こそ薬も使って早め早めに治さないと」
もちろんお姑さんの言い分も分からない訳ではない。心配して言ってくれていることも痛いほどよく分かる。しかし安直な方法に依存していては自分の目標に到達できないのだ。
「それに、薬を飲ませたくない気持ちも分かるけど、やっぱり貴方が仕事だからと言って私達に子供を預ける以上は、こちらも責任があるんだから、必ず医者に行って診断を仰いでくれなくちゃ困るわよ」
それも正にその通りである。それは私の負い目である。止むを得ない。
その点については了解しているとはっきりとお姑さんに言った上で、更に私は言った。
「私は薬による副作用が嫌なんですよ。返って眠たくなったり身体が重たくなって仕事に支障をきたすんです。だから私こそ風邪くらいでは薬はもう飲みたくないんです。幼い頃は寧ろ好んで薬を飲んできたので、今はそれを体外に出してしまいたいんです。それに過信はしていません。だからこそこの間も話したように靈氣を勉強しているんです。もう身体に手を当てればどこが痛いとかも分かるようになってきたんですよ」
と、ここまで言うと、お姑さんが間髪入れずに言ってきた。

「あら、私だってできるわよ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・Σ( ̄ロ ̄lll)ナントッ!!

実は、お姑さんが似たようなパワーを持っているんじゃないかな~という事は、薄々感じていた。
しかし、お姑さんからはそういう話は聞いた事がなかったので、私からも聞くことはしてこなかった。

お姑さんは、前述した通り、見えない力を使った商売をしているのだが、私の前で話すのは、そこの会社のグッズや栄養食品を使った力についてばかりだった。

ただしかし、まだ私が結婚したばかりで、初めて一人で実家に呼ばれた時のこと。
お舅さんはいなくて、お姑さんと二人きりになり、お姑さんが商売で使っている、会社のマークの入ったシールを持ち出してコップに貼り、そこに水を入れて少し経ってから、
「普通の水と味が違うでしょ」
と言って私に味見させた。

もちろん私はこの頃よりもっと以前から、見えない力については興味があったし、それに関する本は率先して読んできた。中学生の頃、『ピラミッドパワー』という本を読み、実際に付属の紙製のピラミッドを方角を決めて置き、その中にお酒やコーヒーなど変化の分かり易いものを入れて、ピラミッドに入れた方がアルコールやカフェインが抜けた味になる事を確かめたことがある。
また、ピラミッドの頂点に紐をつけた5円玉を吊るしたら、円を描いて動くのを確認したこともある。

だから咄嗟にそれらの類のものかとは分かったのだが、私は反射的に、というか直観的に、というか、もしここで水の味が変わったと言ったら、そのままお姑さんのやっている商売に私も関わるように誘われてしまうんじゃないかという恐怖が先走り、自分の感覚を意識的に閉ざしてしまった。

そして、首をかしげなから、「うーん、あまりよく分かりません」と答えてしまったのだった。

更にお姑さんは、同じく会社の立体化されたマークが埋め込まれた人工の水晶玉を持ってきて、これを触って何か感じないか聞いてきた。

私はやはり、「うーん、あまりよく分かりません」と答えてしまった。

更に更に、その次の事はおぼろげにしか覚えていないのだが、確か私の身体に手をかざしてきたような気がした。
何か暖かい感じがしないかと確か聞かれたので、やはり私は「よく分かりません」と答えたのだったと思う。

そしてお姑さんは、じゃあ仕方ないか、という感じで漸く諦めて私を開放してくれた(;´Д`A ```


・・・そうか、やっぱりというか、びっくりというか、お姑さんも同じく宇宙エネルギーをそこの会社の所長さんに入れてもらったのかと思った。
そしてその通り聞くと、「そうだ」と答えた。

お姑さんは続けた。
「あなたも私と同じような世界に入って、不思議な力が存在する事を知ったのだから、きっと貴方も何かあるのかも知れないわね」
私は、「確かに、何かお姑さんとは縁があるのかなあと思います」と言った。しかし、何かあるとは何なのかとは心の中で思った。
更に私は「確か結婚したばかりの頃、お義母さんにエネルギーが感じるかやってもらった事があったけど、その時は何だか良く分からなくて」と言ってみた。
そしたらお姑さんは、「それはね、分かる時期というものがあるの。その時はあなたはまだ分からない時期だったのよ」と言ってのけた。

・・・・・・ああ、そうですか・・・・・・(;´▽`A``タラー

まあいいや、そういう事にしておこう・・・。

それからお姑さんは、まるで呪文のようにゆっくりと、「この世には本当に不思議な不思議な事がいーっぱいあるのよ。不思議な不思議なことがね~~。ふふ」と言い、更に「こういう力を使ってると、いつも周りから、貴方のとこはいつもいい事ばかり起こるって不思議がられるのよ。うちのお父さん(お舅)も始めはこういうの毛嫌いしてたけど、最近は効果があると分かったみたいで、たまに私に求めてくるのよ。こういう世界を受け入れたら瞬間に物事は良くなっていくのよ。ふふふ。こういう話はまた今度ゆっくりね~」と語りかけ、約1時間半にも渡った電話での長話がやっと終わったのだった。


ああ、なんだかパンドラの箱を遂に開けてしまったような気分になった。

これから新しい嫁姑の静かな闘いが始まるような、湿っぽい予感が・・・。

ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ


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2010年6月13日 (日)

小沢一郎の腕の見せ所はこれからが本番だ!

昨日の小沢一郎に関する読売新聞の記事を見て、なんだかほっとしてしまったのは私だけではないだろう。

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「辞任タイミングはセーフ」小沢氏、再生に決意

2010年6月12日(土)21時58分配信 読売新聞


 民主党の小沢一郎前幹事長は12日、和歌山市を訪れ、連合和歌山幹部に参院選への支援を要請するなど地方行脚を再開した。

 出席者によると、小沢氏は自身と鳩山前首相の辞任について「もうちょっと早ければ」と言いながら、「でも、鳩山さんと話してああいうタイミングになった。ぎりぎり、タイミング的にはセーフかな」と述べ、参院選への好影響に期待感を示した。

 小沢氏はこの後、和歌山県田辺市の熊野古道を約15分歩き、記者団に「熊野の地は再生、よみがえりの地で、病気、肉体的に病んだ人がここへ来て再生するという地だ。我慢を、努力を続けることが大事だということを再認識した」と「再生」への決意を表明。

 「自分は常に無私、自分の心を捨てて政治に取り組んできた。ポジションに何も固執していない」と語り、「私も総理(鳩山氏)も、政治家としてのけじめをつけるという気持ちで身をひいた。国民が『よろしかろう』という風に判断してくれればいいなあと思う」と心境を吐露した。

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再生への決意が最後の小沢氏のコメントに溢れ出ている。やっぱりこんな尻すぼみでの去り方は小沢一郎らしくない。絶対に何かがあるに違いないと思っていた。小沢さんはこれからこそやってくれる。本当の真の日本の平和と自立の為に、小沢氏と氣のおけない仲間達で、絶対にやってくれると、そう強く感じた。


ライジング・サン(甦る日本)の記事より、佐藤優氏と副島隆彦氏による緊急出版がなされるとの内容を発見。
重要な本になりそうだ。早速こちらにも転載させて頂く。

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2010年06月13日
posted by kriubist 副島隆彦 × 佐藤優 緊急出版のお知らせ


普天間基地問題と政治と金を理由に鳩山由紀夫氏と小沢一郎氏が突然辞任しました。 これには米国・官僚・民主党内:反小沢親米小泉系売国議員による仕組まれたクーデターということが広がりつつあります。

この日本の緊急事態において、副島隆彦氏と佐藤優氏による共著が緊急出版されます。

副島先生によれば今月20日頃に発売になると予告されていましたが、既にアマゾンやセブンイレブン系の通販で予約開始しています。

おそらく内容はこのクーデターの真相や読み、また今後における私たちへのやるべきことを提示してくれているのではないかと思います。

以下、簡単に副島氏が、氏のサイト「学問道場」(重掲)に書かれていたことの1部を転載します。

(転載貼り付け開始)

副島隆彦です。 6月2日(水)の午前9時半の鳩山首相の突然の辞任がありました。小沢一郎幹事長「あたなも辞めてください」という鳩山発言が、新聞・テレビ報道のとおり本当にあったか無いかは分からないが、この事態に対して、私の考えを、書いておきます。これで、「党・幹事長の再任なし」を既成事実化しての、小沢一郎との刺し違(ちが)え、道ずれ であろうかと、議論されている。

鳩山・小沢体制を破壊しようとする、日本のオール官僚たちのクーデターの悪だくみが、実現しつつある。これにテレビ・新聞(マスゴミ)からの 包囲網からある。そして、それらを大きくアメリカの日本謀略部隊が、上から指揮している。 

 今日6月4日に、民主党の 衆議院・参議院の両院議員総会で、次の代表(党首)が正午過ぎには決まります。菅直人(かんなおと)氏で決まりだろう。 そして菅氏 は、小沢一郎を幹事長に再任しない。

 菅直人新代表は、増税(消費税の値上げ)を言うことで、財務省とアメリカの言う事をよくきく人間になった。 それで、愛国者・亀井静香大臣とケンカになった人間だ。ダークサイドに落ちたのだろう。これ以上は、今は、書きません。

 私は、佐藤優(さとうまさる)氏との共著の対談本を、 緊急出版するべく、目下急いで仕上げています。 早ければ、20日ぐらいには、発売になるでしょう。 まだ仮のタイトルですが、「小沢革命政権で日本を救え  日本の主人は官僚ではない」 となるでしょう。

 私、副島隆彦の今の時点での考えは、以下のとおりです。  

 「小沢一郎を 前面に押し立てて、正面突破を図る」 という作戦は今は採(と)るべきでない。敵の術中に嵌まる決戦主義(けっせんしゅぎ)の無謀 は避けるべきである。 南北戦争の時の、南軍(コンフェデレーション)のリー将軍は、メキシコにまで戦略的撤退をして逃げ伸びるべきだったのだ。 そうしたら、北軍は、兵站線(へいたんせん、補給路、ロジスティックス)が続かなくて、2年で退却してゆく。 

 原住民による持久作戦こそは、人民戦争の基本だ。それを、リー将軍は、決戦主義に陥って、敵陣深く、なんと首都ワシントンDC のすぐ近くの、ゲティスバーまで攻め込んで完璧に敗北した。 決戦主義は採ってはならない。

 今が、日本国民の踏ん張りどころだ。 敵たちの幾重にも敷かれた、包囲網の外側に逃げなければならない。 

 アメリカによる 菅直人氏 や 岡田克也氏までもの 取り込みによる、日本の国民革命派 への包囲網は、 7月11日(日) 参院選 の結果としての民主党の一定の勝利までは、じっとして甘受すべきだ。

 大事なことは選挙での勝利です。そして さらにあるという 9月の代表選まで、雌伏(しふく)するべきである。 今は 静かにしていて動かないという 小沢一郎 の決定にすべての、こころある人々が忠実に従うのが、正しいと思います。 


(転載終わり)


真の改革を成し遂げるには誰かが犠牲になったりイバラの道があるのは常である。 相手(敵)は米国だけでなく、この同じ日本人の血が流れている日本人の中にも多くいて、そしてそれらの者御たちが権力を持ち、それを行使できる立場にいて日本人が全員一致団結しにくいところが厄介な状況でもある。

しかし負けるわけにはいかない。 負けるわけにはいかないから、あえて小沢氏は退いたのだろう。 織田信長も負け戦ばかりであったのと同じように、このクーデターは負けの中の1つでしかない。

あとは小沢氏と米国・官僚支配から独立するために戦略を立て、『運』を我々の臣下に就かせるだけだ。『運』が我々の上に立ってはならぬ。  

緊急事態、緊急出版であるから賞味期限はそれほど長くはない。 だから早めに読まれたほうが良いと思う。

私はすでにアマゾンで予約しましたので、後は熟読した後に感想や私なりの考えも書こうと思っています。

是非、みなさんも読むべきだと思います。 

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よ~し、私も予約するぞ!

小沢一郎の、これからの動きを固く信じて、私はここは辛抱して民主党に1票入れるだろう。
本当に、ここは涙を飲んで・・・。

裏の裏の、そのまた裏まで読まなくては、本当の日本の自立への道を開拓することがどんなに困難で、いかに日本がアメリカの束縛を受けてきたのかを理解したことにはならない。

誰だって、日本が再生することを望んでいる。

ダークサイドに落ちた菅直人だって、最初はそういう思いだったはずだ。

だからこそ、決してブレることのない小沢一郎とその軍団を支え続けて、菅内閣のやり方をなるべく早い段階で阻止しなければならない。

小沢一郎は死なない。

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2010年6月11日 (金)

第二の官僚支配政治が始まる・・・

遂に亀井大臣まで辞任してしまった・・・。
また気概のある政治家が一人裏へ引っ込んでしまった・・・。
民主党が、国民新党の悲願であった郵政改革法案の成立を、選挙で忙しいことを理由にして先送りにしてしまったことが原因。
選挙後に必ず成立させると菅内閣は言うけれど、成立の直前で官僚の、いやその上のアメリカの都合のいいように変えてしまう懸念がある。郵貯のお金がアメリカに流れる仕組みが小泉政権の時に成立しているのを亀井氏は変えたかったのだが、阻止されてしまうかも知れないのだ。

ああ、またまた官僚の言うこと何でも聞きます内閣発足か。

消費税増税を唱えて、更に形だけの事業仕分けをして、菅氏の側近荒井氏に事務所費問題が発覚しても、小沢氏の時ほど騒がれない。支持率の急激すぎでおかしすぎるV字回復。これからは官僚と協調してやっていくと所信表明で言ってのける。どこまでも国民の思いに逆らった内閣。
こんな内閣に期待しているとまた痛い目に遭う。

小沢グループは選挙の時だけ票取りに使われ、その後親米派に一部の小沢グループが取り込まれてしまうという予測があるが、本当にそうなってしまうのだろうか。
誰ももう同じ政治の繰り返しに目を瞑って異議を唱える政治家は現れないのだろうか・・・。

以下、拡散希望の記事を転載する。

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l「田中角栄が政治への意欲を失った時と同じ状況か」


「飲水不忘掘井水」

(中国人は)水を飲むときに井戸を掘ってくれた人の恩を忘れない

中国は、日中国交回復に尽力をしてくれた田中角栄という政治家に、

最大限の敬意をもって接しており、

鄧小平は来日のたびに目白を訪問して、

失脚後の田中角栄に挨拶に訪れているほか、

92年の田中角栄の訪中時には、国賓級の最大限の歓待を行った。

晩年の田中角栄は、自分の感情をコントロールできなくなっており、

中国からの要人訪問や、20年ぶりの訪中時に、

泣き崩れている様子が、映像に残っている。

中国の田中角栄に対しての敬意というのは、

政治的な駆け引きをおいて、

なんというか、アジア的であるなという思いもあり、

私たちも、マスコミのレッテルにのって、

「金権政治家」だと、口汚く田中角栄をののしるまえに、

彼が築き上げてきた中国との信頼関係を、

感謝をすることも、忘れてはいけないと思う。

1972年の日中国交回復は、冷戦の最中でもあり、

台湾の存在も、考えるとこれはたいへんな決断であった。

いずれにしても、角栄の日中国交回復がなければ、

その後の日中関係は、ソ連との関係、北朝鮮との関係のように、

いまだにギクシャクしたものであり、

ましてや、相互で貿易高が一位になるというような、

劇的な発展を遂げることはなかっただろう。


本当に信頼関係を回復するには、やはり時間がかかるからだ。

さて、私は田中角栄のすべてを肯定するものではないが、

それでも、戦後史の政治家を振り返った時に、

田中角栄は、自立自存の日本を目指した

国民政治家の代表格ではなかったかと思う。

田中角栄より前に、自立自存を目指した政治家となれば、

鳩山一郎や、石橋湛山にまで遡らなければいけないし、

角栄以降で考えると、

橋本龍太郎が多少、意地を見せたということになろうか。

終始一貫して、対米自立の姿勢をみせているのは、

やはり小沢一郎でもある。

結局、角栄は、

中国の油田開発をすることでエネルギーのバランスをとろうとしたり、

ソ連との関係改善も彼なりに目指したりもした。

よって、モスクワでブレジネフ書記長と会談をしたり

中国との国交回復という偉業を成し遂げたり、というわけだが、

今も当時も変わらない気もするが、

やはり、アメリカにとっては、属国の日本の首脳が、

アメリカを飛び越えて、大国との外交を進めることをよしとせず、

ロッキード事件という謀略を仕掛けて、

つぶしたことは、当時のキッシンジャー国務長官も後年、取材で認めているし、

日本の検察、マスコミを動かして、抹殺を図り、

また、自民党側でも三木首相が自らの内閣の延命を目論んで、

指揮権を積極発動して、田中角栄の政治生命をつぶしたわけだ。

「金権政治家」とマスコミにレッテルを貼られ、

表舞台での活躍の道が閉ざされた角栄はある種の院政ということで、

田中派による派閥政治を強化する。

中曽根政権も当初は「田中曽根内閣」と言われ、

官房長官にも、田中派の後藤田を送り込んだわけであるが、

考えれば、この頃から日本の政治構造は歪みを生じはじめたのかもしれない。

中曽根は親米ではあるが、

彼なりに自立自存の日本を目指そうともしたのだろうが、

後ろ盾の一人が、CIAと癒着した読売新聞グループの総帥のナベツネであり、

結局、自立自存の日本を目指したところで、

アメリカの要求を丸呑みさせられ、軍事マターは当然だとしても、

その後の経済条件の要求など、もはや交渉さえ難しくなっていくのか。

中曽根政権の時は、「日米貿易摩擦」と、

まだ「摩擦」という状況をつくれる外交力が日本にはあった。

しかし、橋本の失脚、小渕の突然の謎の死を経て、

コイズミ首相になってからは、アメリカの完全な傀儡になってしまい、

これは政治だけでなく、マスコミもそうなんだけれども、

日本は米国債を円安の最中、買わされつづけ、

国内の法改正も、内政干渉を受け続け、

「年次改革要望書」という指令書の下、

アメリカのネオコン、新自由主義者にとって有利な形に歪められ、

今のようにどうしようもない状況になってしまった。

私はこういう田中角栄の失脚や、中曽根の立ち回りや、

ナベツネ(当時から君臨している)の存在、

90年代以降、台頭してきた売国派の官僚や、

または、新自由主義の果実を手にしようという、

経営者としての倫理観を失った経団連をみると、

なんとも、今の日本は複雑骨折した状態だな・・と思う。

相当に、この構造は深刻である。

よって、政治史の流れをみても、

菅が自らの野望のために、小沢を裏切って、

アメリカや、マスコミ、官僚の後押しを受けて、

民主党内のネオコン派、新自由主義者たちと、

野合政権をつくったことも、歴史の必然といえば必然か。

閑話休題、

かなり話はそれたが、もとに戻る。

アメリカや、検察、マスコミにつぶされても、

それでも、負けなかった

田中角栄が、最終的につぶされてしまったのは、

1985年2月7日に、竹下、金丸を中心に、

田中派の幹部たちが「創政会」(竹下派)を旗揚げしたことだ。

小沢一郎もその裏切りの輪の中にいた。

(ただし、小沢はその後、裏切ったメンバーの中では、

 唯一、田中から許され、

 毎年命日には角栄の墓を参拝している。

 だから、田中眞紀子との関係も良好である)

角栄は、自身は、佐藤栄作に許されて田中派を立ち上げたのに、

まるで腹心や、弟子、仲間たちに完全に裏切られる形で、

自らが失脚する様子に激怒と、落胆を繰り返し、

朝からウイスキーをあびるほどに飲んで、

竹下派の立ち上げから三日後に、脳梗塞で倒れてしまった。

角栄が政治への意欲を失ったのはこの時である。

さて、

アメリカからの属国からの脱出を目指し、

自立自存の日本を目指し、独自路線を歩もうとした瞬間に、

「虎の尾を踏んだ」とされて、アメリカからつぶされる。

その手先としては、検察と、マスコミ。

マスコミについては、CIAに取り込まれているから、

当然といえば当然か。

菅政権はそのうち普天間問題も、政治問題として扱わなくなり、

官僚改革も不十分なまま、財務省の思惑通り、消費税増税に舵をきるだろう。

そして、増税にあえぐ、日本の内需はますますシュリンクするだろう。

いつのまにか、菅政権の中心には、

小沢一郎と反目してきた仙谷と、枝野が居座って、

新自由主義者の玄葉光一郎が成長会長入りした。

おそらく、郵政民営化反対を唱え続けてきた

国民新党も連立から外され、

参議院選挙後は、みんなの党と、「民みん連立政権」が樹立される流れだ。

そして本質的な官僚改革なんて絶対にしないだろうし、

これはそもそもアメリカが望んだ政権の形だろう。

マスコミ改革もしないし、日米密約もこれ以上明らかにならない。

普天間問題も、マスコミは報道を制限され、ニュースにのぼらなくなるはずだ。

既得権打破と、日本の刷新を求め、小沢一郎を支持する有権者の中には、

それでも、小沢一郎は強いから、再び先頭に立って戦ってくれる

という希望的観測をもっているが、

はたして、それはどうだろうかと、私は考えている。

幹事長退陣後もそうだったが、

昨日、久しぶりにカメラの前に姿をあらわした

小沢一郎は、明らかに気力を失って、苦悩している人間の顔だったし、

皆さんの前に出るのは「最後」だと、マスコミに繰りかえす。

菅直人や、民主党内の同志の裏切りに怒りを覚えるとともに、

とはいえ、参議院選挙での仲間の勝利を考えると、

何もいえずに、ただひきこもるしかないのだろうなと思う。

結局は、田中角栄がオールドパーを連日浴びるように飲んで、

脳梗塞に倒れたときも、仲間や側近に裏切られたことが原因で、

政治にやる気を失ってしまった。

小沢も、あのときの田中角栄と同じ心境なのだろうか。

そうであれば、もう立ち上がることはできないのかもしれない。

やはり、われわれ有権者が、小沢に頼りすぎるのではなく、

今度は逆境にある小沢一郎を助ける方法を、何か考えなければいけないと思うが。

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田中角栄の孤独を背負った小沢一郎。

小沢一郎はもう、真実を語ることもなく、このまま政界を去ってしまうのだろうか?

小沢一郎ウェブサイトの掲示板では、毎日沢山の国民が小沢一郎の失脚について憂えている。これだけ小沢一郎が無実で真の日本の自立を目指している事を知っている国民がいるのかと思って私も少しは救われた。

我々国民が、気概ある政治家は誰かを見抜いて支えていく必要性を改めて感じた。

立ち上がるのは私達国民である。

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2010年6月10日 (木)

民主党にもう未来はない?!

これはいよいよ見直す必要がありそうだ。

民主党は、小沢グループ排除の方向で一気に方向転換し、日米合意も当然のような物言いでそのまま進めるという姿勢を崩さず、あげくの果てに、増税は当たり前的な風潮を作り出そうとしている。
これ以上アメリカにお金を貢いでいいのか。
でもアメリカに付き従う民主党の輩はそれによってお餞別がもらえるのである。
自民党と同じじゃないか!

何のために小沢一郎が苦労して脱アメリカ政権を誕生させたというのだろう。
小沢は失脚させられたのか。
それとも、その先のもっと遠い未来まで見越しての、幹事長辞任だったのか。
これは小沢氏本人にしか分からないことだろう。

親中親日でアジアの共同に情熱を注ぐジェイ・ロックフェラー4世との連携はもう絶体絶命なのだろうか。

アメリカは崩壊寸前で、金融界がレバレッジ作戦をしてなんとか生きながらえているという。
もしアメリカが世界の予測通り、既に崩壊していたら、小沢の脱アメリカ作戦は成功したのかもしれない。
しかしデイビッド・ロックフェラーはどうもまだまだ世に憚り続けるご様子。
日本の意志薄弱な政治家達は、この人の言う事には逆らえないのだ。

以下、森本卓郎氏のネット上の論文を転載する。
(森永卓郎の戦争と平和講座より)


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これは鳩山クーデターであり、小泉構造改革の再来だ
 

 2010年6月2日の民主党両院議員総会で、鳩山総理が辞意を表明した。辞任の最大の理由は、米軍普天間飛行場の移設問題だった。「最低でも県外、少なくとも県外」と鳩山総理は言い続けてきた。しかし、鳩山総理は5月28日に、普天間飛行場の移設先を「辺野古周辺」とする自民党政権が作った移転計画をそのまま丸呑みした日米共同声明を発表してしまった。

 鳩山総理とともに、国外への移転を主張しつづけた社民党の福島瑞穂党首は、政府方針の閣議決定への署名を拒否した。その結果、鳩山総理から大臣を罷免された。結局、社民党は連立政権から離脱することになったのだが、これは、あまりに理不尽な罷免だった。なぜなら福島党首は、鳩山総理を同じことを言い続けたに過ぎなかったからだ。

 しかし、もっと理不尽だったのは、鳩山総理が、辞任する条件として小沢幹事長の退任を要求したことだ。普天間の問題は、鳩山総理が自分の言葉を守らなかったことが非難されたのだ。責任はすべて鳩山総理にあり、小沢幹事長には一切ない。それどころか、小沢幹事長は「マニフェストを変えてはならない」、「社民党との連立を解消してはならない」と言い続けていた。そして、福島党首に「鳩山総理よりも、君の言うことの方が、筋が通っている」と話したというのだ。誰が考えたってそうだ。昨年、衆議院選挙で示した民主党のマニフェストには、「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書いてある。ここから、どうやって自民党政権案の辺野古移設受け入れという発想が出てくるのか。

 実は、罷免された後、5月31日に、私がコメンテータをしているTBSの情報番組に福島党首が国会からの生中継で出演してくれた。そのとき、毎日新聞の岸井成格さんが、福島党首に突然質問をした。「鳩山総理の心変わりは、昨年12月だったのではないですか」。

 福島党首は、明らかに動揺した。実は昨年12月に、福島党首は「政府が辺野古沿岸部への移設を決めれば連立離脱を辞さない」という発言をすでにしている。この時点で、福島党首は鳩山総理の異変に気付いていたのだろう。そうでなければ、内閣の一員が、そんな発言をするはずがないのだ。

 明確な証拠があるわけではないが、かなり以前から鳩山総理は「辺野古」に決めていたのではないか。そうだとすると、県外移転を模索するという鳩山総理の芝居に、国民は付き合わされてきたことになる。さらに勘ぐれば、総理就任直後に、オバマ大統領に「トラスト・ミー」と言った時点から、辺野古に決めていた可能性さえ否定できないのだ。

 それでは、なぜ鳩山総理は、決着期限の直前に、突然辺野古を持ち出したのか。私は、最初から小沢幹事長をつぶすために辺野古を使おうとしていたのではないかと考えている。

 昨年の衆議院選挙の際に発表された民主党のマニフェストは、小沢マニフェストだった。そこに流れる平和主義、平等主義の思想は、民主党の市場原理主義者グループにとっては、耐え難いものだったし、社民党の存在も目障りだった。

 もし、鳩山総理が辺野古を強行すれば社民党の離脱は目に見えている。そして、鳩山総理が辞任するタイミングで、小沢幹事長を道連れにすることができれば、社民党と小沢グループという目の上のたんこぶを一気に「始末」することができるのだ。辞任は参院選直前までひっぱる必要がある。小沢グループが民主党から出て行っては困るからだ。

 実際に、鳩山前総理はその通りに行動したし、後任の菅直人総理が作った内閣、そして党役員の人事は、前原・野田グループという市場原理主義者たちのオンパレードとなった。

 菅直人総理も6月3日の記者会見で、小沢一郎前幹事長について「しばらく静かにしていただいたほうがいい」と小沢カラーの一掃を示唆し、普天間問題についても、「日米合意を踏まえて対処していく」と辺野古を既成事実化してしまった。


 実は、民主党政権以来、私はとても嫌な感じがしていたことがある。それは、テレビやラジオで小沢氏の擁護と取られる発言をすると、猛烈な非難や嫌がらせを受けたことだ。その感じが、ちょうど小泉内閣のときに小泉総理を批判すると受けた非難や嫌がらせと、とても似ていたのだ。

 私は小沢氏と交流があるわけではなく、人物そのものは、よく知らない。ただ、民主党政権誕生以来から小沢氏にかけられた政治とカネの疑惑については、釈然としない気分が続いていた。それは、小沢氏に向かう得体の知れない力の存在があったからだ。

 2009年3月に、西松建設の疑惑関連で、小沢氏の公設秘書である大久保隆規容疑者が逮捕され、起訴された。新政治問題研究会、未来産業研究会という西松建設OBが代表を務める政治団体から、小沢氏の事務所は政治献金を受け取っていた。そのことは、政治資金報告書にもきちんと記載されていたが、政治団体の実質的な支配者は西松建設だったのだから、西松建設からの献金だと書かなくてはならないというのが検察側の主張だ。そうした技術的な面は、私はよく分からないが、はっきりしていることは、これらの政治団体からは、自民党の大物議員を含めて、少なくとも19人の政治家が献金を受けていた。にもかかわらず、それらの政治家は一切おとがめを受けていないという事実だ。当時、元警察庁長官で官僚トップの漆間巌官房副長官が西松建設の献金問題で「自民党側は立件できない」と発言したと伝えられたが、まさにその通りになったのだ。

 そして2010年1月15日には、小沢氏の資金管理団体「陸山会」が2004年に取得した土地の購入原資4億円が、政治資金収支報告書に記載されていなかったとして、東京地検特捜部が小沢氏の3人の元秘書を逮捕した。これが小沢氏の「政治とカネ」の問題の決定打となったが、この事件に関しても、不動産の取得に関しては、きちんと政治資金収支報告書に記載されていた。記載されていなかったのは、お金が足りなかった小沢氏の事務所に代わって、小沢氏自身が一時立て替えをしたという部分だけだった。私は、そのことが秘書を逮捕するほどの大きな犯罪だとは思わないし、小沢氏の関与についても、検察自身が嫌疑不十分で不起訴としているのだ。なぜ、小沢氏だけが、こうもねらい打ちされるのか。

 結論を書こう。米国は日本に巨大な利権を持っている。代表例が、思いやり予算だ。駐留米軍の人件費を除くほぼ全ての経費は、日本が支払ってくれる。辺野古に新設される新たな軍事基地も、コストは日本持ちだ。ただ、実は米国が利権を持っているだけでなく、日本にも、日米同盟で利権を握っている人たちはたくさんいるのだ。基地や軍事産業だけでなく、例えば日本の輸出メーカーが安心して米国にモノを売れるのも、日米同盟があってからこそだ。


 そうした日米同盟利権のどこから力が働いているのかは、よく分からないが、日本の大企業、役人、ジャーナリスト、評論家の多くが、その利権で潤っている。だから、小沢一郎のような、中国びいきで、アメリカに立ち向かうような政治家は許せないのだ。

 過去を振り返ると、日中国交正常化を実現した田中角栄元総理や米国の国債を売りたいと言った橋本龍太郎元総理は、人気が高かったにもかかわらず、失脚してしまった。その一方で、親米派の中曽根康弘元総理や小泉純一郎元総理は、長期政権を実現している。

 戦後65年経っても、日本はまだまだアメリカの占領地なのかも知れない。

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鳩山元総理。
結局はアメリカの圧力に屈したし、年末には既に半分以上諦めていたのかも知れない。小沢氏の言う理想社会を作る夢を。
総理に選ばれて、一旦は小沢氏の下で日本の自立に情熱を注いでみたものの、蓋を開けたら地獄道だった。
そして投げ出してしまった。

でもそれを鳩山・親米派民主党議員だけのせいにしてはならない。
私は基本に返る。
とにかくもっともっと国民が声をあげていかなければ到底なし得ない革命なのだということを。
もう民主党だの社民党だの言っている場合ではないのかも知れない。
日本国は今それくらいの逼迫した状況なのだと感じる。

小沢一郎の思いを汲み取れるのは、弱者である一般市民である。
要覚醒の時である。
小沢氏を復活させる事ができるのは、平凡で政治に対してど素人でも、日本を誰よりも愛する私達庶民なのだ。

小沢一郎は、果たして何十手先も読んでこその辞任をしたのだろうか。
しかしその小沢氏の予測をそのまま遂行させる力は国民にこそあるのだ。

こういう気概ある政治家がなんと少ないことか。これは憂える事態。
しかし、政界は日本の縮図である。
つまり国民の考え方そのものが、安直で楽な方楽な方へと逃げる体質になっているから、そんな国民が選んだ政治家も同じ穴のムジナにならざるを得ないのだ。
アメリカの奴隷でいる事に何の不満も持たないで、とりあえず目先がなんとかなればいいや~という意志薄弱な発想が今の日本を作り出しているのだ。
95歳のデイビッド・ロックフェラーが自ら金欠になるか寿命を迎えて失脚の道を辿るのを待っていたら、その間に日米無理心中で沈没は免れない。

本当にこれからの日本の運命を案じて氣が遠くなる思いだが、とにかく希望だけは絶対に捨てないで、未来を祈りたい。

前回の記事で、民主党に投票すると書いたが、正直今は保留である。

今後の平野貞夫氏の動き、政界の動き、ジャーナリズムの動きを見ながら慎重に決めたい。

テレビの論調は、菅内閣持ち上げムードである。
しかしラジオはそうではない。ラジオでは、小沢氏擁護を掲げる人々が結構いる。
ラジオのスポンサーは、完全親米の企業ばかりではないからだと思う。

テレビ・ネット・ラジオ・本・週刊誌・新聞などありとあらゆるメディアを比較することをおすすめする。

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2010年6月 9日 (水)

平野貞夫氏「菅民主党新政権に思うこと」(要拡散)

はたまた平野貞夫氏の側近さんからメールが届いた。
平野氏のThe JOURNALに掲載される論文を拡散願いたいとのこと。
小沢一郎支持者の方は必見のこと。

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前回の「平野爆弾発言」に続く論説です。
The JOURNALに掲載した文章には校正漏れがあり、
筆者校正済のワードファイルと、本人の希望で、
縦組みしたPDFファイルをお届けしますので、前
回同様、それぞれのコメントを付して頂き、議員
会館事務所、あるいは地元の議員事務所宛に送付
頂ければ幸甚です。

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○菅民主党新政権に感じること      
二〇一〇年六月八日 平野貞夫

五月二十八日(金)午後四時頃、JR常磐線で上野へ向かっていたところ、小沢幹事長から携帯電話があった。内容は、国会会期末から参議院選挙に至る政治日程と憲法や国会法、公職選挙法などの運用についての話だった。
夕刻にかけて電話のやり取りがあり、私が感じたことは、参院選挙の環境を良くするため「鳩山首相・小沢幹事長が退陣し、挙党一致体制をつくる」ことであった。

六月四日、民主党両院議員総会で菅直人氏が代表に選ばれ、八日には菅新体制が発足する。民主党や新政権への支持率は、V字型にアップし、予想どおりの展開になった。しかし、挙党一致体制については挙党どころか混乱体制となった。首相交代ドラマについて、さまざまな情報が流され錯綜しているので、私が関わった事実を中心に問題を整理しておく。

(鳩山首相退陣の深層)
六月二日の民主党両院議員総会で鳩山首相は「十日ぐらい前から退陣を考え、小沢幹事長にも自分の指示で辞めてもらう」という主旨の発言をした。これが真実かどうか問題である。私は五月二十八日の小沢幹事長との電話のやり取りで「自分の退陣を犠牲にして、首相に退陣を説得する」との心境を感じとっていた。
小沢幹事長は、自分が悪役になって他人を立てて事態を収拾するのが得意である。鳩山首相は責任を他人のせいにして問題に処してきた政治家である。

想い出を話しておこう。平成十四年秋、鳩山民主党代表が自由党に突然合併を申し入れたことがある。小沢自由党党首は「せめて役員会の了承をとってからにしてくれ」と留保した。
翌朝、鳩山代表から私に「鳩山―小沢極秘会議で小沢さんは、自由党は党名・理念・政策・人事もすべて条件をつけない。丸ごと合併すると言った。これを役員会で発言してよいか」との電話があった。
「それは小沢さんに聞くことで。意見というなら、何にもしらない自由党議員は大騒ぎとなり合併の話は不調となる。小沢は全力を上げて協力するとのことで説明すべきだ」と私は伝えた。  
この時の合併話は、民主党でまとまらず、鳩山代表は引責辞任をした。
今回、鳩山首相の退陣をめぐって、鳩山・小沢・興石三者会談が数回開かれた。六月一日の三者会談で興石参議院会長は参院の審議状況、選挙に臨む候補者の心境を鳩山首相に叱るように説明したと聞いている。この時点で退陣せざるを得ないことがわかったようだ。方法は、小沢幹事長がふりつけていた「鳩山首相が小沢幹事長の首を切る」というやり方だ。会談後の〝親指〟は、そのことで、返事は二日ということで話を持ちこした。

(何故、挙党体制がつくられなかったのか)
この三者会談の夜、鳩山・菅会談が行われたとの情報がある。時期は別にして会談は事実のようだ。
以下収集した情報を整理して、要点を再現すると。こんな感じになる。
鳩山 「やめるので後をやってほしい」。
菅  「わかったが、小沢を切ろう!」というものといわれている。
この夜、鳩山首相は松井副官房長官に、退陣用の演説の原稿の執筆を指示する。
私は、五月二十八日、小沢幹事長と電話でやりとりをした夕刻、菅グループに属する親しい参院議員に、鳩山首相退陣の流れを説明し、菅氏中心の政局となるので挙党一致体制をつくるよう心がけるようアドバイスをしておいたが、まったく逆の方向になったのは残念だ。

六月二日(水)午前九時すぎ、小沢幹事長の代理から電話があり、鳩山首相退陣とその後の政治日程について憲法上、国会法上の運用や前例についての意見を求めてきた。会期末でもあり、参院選挙の日程も固まっている状況だけでなく、朝鮮半島問題、国際的経済危機、災害など危機管理のためにも、政治空白を最小限にするよう意見をいう。

同日午前の両院議員総会で鳩山首相が退陣挨拶する時期まで挙党一致体制が実現できそうになっていた。どうもおかしいと感じたのは、午後二時頃、民主党幹事長室から「官邸は、首班指名を六月八日(火)に延ばしたい」との話が入ってからである。
「そんな発想だから鳩山政権はもたなかったのだ。国民の生命、国家の安全を考えない政治を続けるのかと、言いなさい」と伝えておいた。
情報通によれば、この頃、幹事長周辺に、六月一日の「鳩山—菅会談」の内容が伝わり、挙党一致体制が崩れたとのこと。ここら辺が事実に近いのではないか。
菅氏は二日の鳩山首相退陣を受けて、四日に行われる代表選挙に立候補を表明する。小沢氏は挨拶をしたいという菅氏に会おうとしない。私の推測は「鳩山—菅密談」を知ったからだと思う。

(菅代表の憲法感覚と人間性)
菅氏は立候補の記者会見で、「小沢幹事長は国民の不信を招いたことについて、少なくともしばらくは静かにしていただいた方が、ご本人にとっても、民主党にとっても日本の政治にとってもいい」と発言した。テレビや新聞のコメンテーターなどは「しばらく」とは小沢に甘いといっているが、そんな問題ではない。この菅氏の発言こそ、憲法感覚の欠如と人間性の欠陥を自分で吐露したものである。

(憲法感覚の欠如)
人間は基本的人権として、言論と行動の自由をもっている。まして与党の幹事長を勤め、党の代表として、政権交代に自己を犠牲にして貢献した小沢一郎という政治家に「日本のためにも静かにしていろ」との暴言は見逃せない。この発言は、政治家の言論・活動の自由を侵害するという憲法上、由々しき問題である。日本の有識者、政治家がこのことに気がつかないことが、日本の知的危機といえる。

(人間性の欠陥)
この暴言は、憲法原理に対する無感覚と無知を表すだけでなく、小沢一郎の人間を冒涜したものだ。人間の尊厳がいかなるものか、わかっていない証である。
なんのために、四国八十八ヶ所を巡ったのか。空海の思想が何かを知らない、形だけの信仰なら空海の怒りも強かろう。小沢氏を外すにしろ、言い方がある。「小沢は悪者」と断言したと同じだ。これで政権を担当できると思っていたら大間違いだ。
実は三年前の平成十九年元旦、小沢邸で菅氏は私をつかまえ、国会運営の真髄について質問してきた。当時の小沢代表の意向もあり、その後二年間ぐらい国会運営や政治についてアドバイス役をやった。
率直にいって、菅氏の性格は他人を利用して自分の地位や利益向上に利用するというきわめて自己本位で人間としての礼や信や道に欠ける態度であった。「脱小沢」の選挙劇場を演ずる役者としては適当かもしれないが、日本の社会や国民の生活を一新させることは無理である。

(政治と金とは何か)
菅代表はじめ反小沢グループが、念仏のように言う小沢氏の「政治と金」とは、東京地検特捜部と巨大マスコミがつくり上げた虚像であることは明確である。
特捜が不起訴としたものを、市民目線と称して人民裁判のように操っているのは、旧体制の自民の亡霊たちである。本来なら、菅氏自身が、民主政治の危機として彼らに反論すべき立場であった。それを小沢排除に利用したといえる。市民運動家・ポピュリストの限界で、世論を説得しようとせず、逆に世論を活用して小沢氏を切り捨てる方策に走ったといえる。小沢氏の問題はきちんと収支報告を出している問題への検察権力の意図的関与である。議会民主政治の確立のためには、こんなことを政治が許容してはならないことだ。

(菅新政権で気になること)
菅首相、仙谷官房長官、枝野幹事長という三役揃い踏みで、日本の政治が始まることになる。三人の過去を問おうとは思わない。これからの政治にたいする姿勢次第だ。
しかし、早くも六月七日には、小沢グループの抱き込み人事が始まり、切り崩し作戦が展開している情報がどんどん入ってくる。これも問題である。
菅・仙谷・枝野三氏が進めようとする政策は、新自由主義の思想による「小泉亜流構造改革」の再生、ネオコン政治を私は予感している。
仙谷氏と米国シティグループとの関係はよく知られている。枝野氏がやってきた仕分けはまやかしで、人間性を無視した形だけのもの。民間の小泉ブレーンを活用し、新自由主義に有利な仕分けをしているだけだ。制度の根本を仕分けするものではなかった。

小沢グループは、自由党時代「日本一新十一基本法案」を国会に提出して、共に生き共に幸せになろうという「共生社会」の実現を国民に公約したことがある。
小沢氏が、民主党代表選に出馬したとき、この理念を公約している。これを民主党の理念・政策に生かすことをこれからの活動方針にすべきだ。
「小泉亜流構造改革」の復活を阻止して「国民生活第一」の「共生社会」の実現をこれから、民主党の政治にどう取り入れ、日本に真の議会民主政治をいかに実現していくか、民主党の課題は重大である。
 自民党政権が崩壊し、民主党政権に交代した後、民主党の「ネオコン派」による「小沢排除」が起きると想定していた。
管氏が、代表選の出馬会見で小沢潰しを宣戦布告したことは「共生社会派」にとっては絶好のチャンスである。起用された政策担当者から、小泉政策の評価さえ言外に感じる。これからは、どちらが国民や国家社会の爲になるのか。どちらが本物なのか。民主党の洗濯が始まるのだ。


万人幸福の栞(丸山敏雄著・倫理研究所)に「得るは捨つるにありという言葉がある。
小沢一郎は平成十五年七月、この教訓を活用して自由党を解党、民主党に合流した。今回は鳩山首相を説き伏せ、身を捨てて、参院選挙に勝利して日本に民主政治を確立しようとしているのである。

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なんだか民主党内がもやもやしてきたね。

菅さんが総理になると知った時から、少なくとも鳩山氏の上をいく総理になれるとはとても思えないと感じた。
どうもにやにやしていてスキがある。
どこににやにやしてるんだろう。やっぱ官僚ですか・・・。

鳩山さんの小心ぶりにも平野氏は厳しく言及していて、私も反論はしないが、民主主導の政治にする為の第一歩としての政権交代に導いた小沢氏、その下で最初の内閣として奮闘した鳩山氏のコンビは自民党与党時代のそれとは比較できない力があったと私は思う。
そして今度の菅内閣がとてもとてもその上をいけるとはまずもって考えられないのである。

小沢氏も、今度の内閣は選挙管理内閣であると割り切っている。

私もここは割り切って、民主党に一票を投じたいと思っている。

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2010年6月 4日 (金)

これが鳩山の腹案?!沖縄米軍は減っていく

鳩山総理は辞任した。そして小沢幹事長も・・・。

もちろん、応援してきた私としてはかなりショックな出来事だった。完全にマスコミのネガキャンに潰されたと思った。無知蒙昧な国民もメディアの戦略に呑まれたと思った。これからどうなっていくんだろう。日本の未来は、完全にアメリカの手中で転がされていくのだろうか・・・。

しかし、それにしても、あまりにも唐突であっさりとした辞任劇だったなあ。

しかも辞任発表する前日の鳩山さんは、記者団の前で親指を立ててポーズを取っていた。なんだか余裕の表情にも見えた。

さて、鳩山の言う腹案とは一体なんだったのか?
もしくは、これから実現されるものなのか?
辞任劇の裏に、何か秘策でもあるのか?

どうしてもこれらの希望に満ちた推測が頭から離れなかった。
でも悔しい。小鳩体制を崩壊させられたことに対するショックは今でも大きい。
それにしても、である。

そんな時、また平野貞夫氏の側近からメールを頂いた。
拡散するなとは書いてなかったので、転載させて頂く。

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(2日のメールより)

鳩山総理、小沢幹事長の同時辞任発表は、報道の
無能ぶりを露呈していて痛快だった。
なぜなら、今朝は新聞もテレビも「鳩山続投」で
塗り固められていて、古狸の暗躍を知るへそ曲が
りとしては「ほんとかなぁ」との思いが強かった。

The JOURNALの書き込みを見ると「私も辞めますか
ら、幹事長、あなたも辞めてください」のひと言
に、民主党支援者、就中、小沢支援者はお怒りの
様子だが、それは違うと私は思う。

なぜなら、幹事長職は代表による指名であり、組
織論としては運命共同体である。だから、総理で
あり、党代表が職責を全うできずに辞任する場合
は同時に辞任するのが通例でもあり、それが基本
的な組織運営である。

とここまでは良いとして、逆に小沢が「私も辞め
ますから、総理、あなたも引いてください」とな
った場合はどうだろうか。今朝の毎日の余録を読
むと江戸時代の「押込」について書いてあり、参
照して欲しい。それは「詰め腹」であり、無能で
はあっても、内閣総理大臣としての地位は無論の
こと、鳩山個人にも大きな傷跡となり、向後に禍
根を残す。

余録より「御身持ちよろしからず、しばらくお慎
みあるべし」と言上し、殿さまの大小を取りあげ、
身柄を拘束することを「押込」といった。

これは私の推測だが、小沢は「総理、あなたが私
に同時辞任を迫ってください」と言ったかどうか
は定かではないが、ほぼ同じニュアンスの助言が、
これもどこからかは知らないが、鳩山の耳に届き、
今日の発表になった、というのが筋書きではない
だろうか。
つまり、小沢は鳩山に華を持たせることで「武士
としての魂」を手にしたのである。

それに、あまりの手際の良さに不可思議さを感じ
るのは私一人だろうか。確かに会期末であり、法
案の積み残しもありはするが、辞任発表から代表
戦まで中一日であり、これは常軌を逸している。
翻れば、かなり早い段階でシナリオは書かれ、そ
の準備が万端整ったから発表、という図式とへそ
曲がりは見た。そう見ると、昨夜の小沢のしかめ
っ面も、鳩山のグッドサインも、全て胃の腑に落
ちる。

これで小沢が傷ついたか、そんなことは断じてな
いと私は思う。取り敢えずの総理が、菅であれ、
岡田であれ、それを支えるのは一新会、一新倶楽
部、そしてまだ、いづれにも属していない新人議
員と参議院の多数、それに、鳩山に恥を掻かせず
引かせたことで、鳩山Gも小沢Gと同じ立場に立
つだろう。

加えて、参議院選対策で「小沢抜き」は志慮の外
だが、よしんばそうであったとしても、小沢の秘
書団は全国に散っており、選挙が終わるまでこの
態勢は変わらない。

そしてまた、無役であれば仮に負けても責任を問
われることもない。また、小沢は「手抜き」をし
ない。自分が擁立した候補を中心に、軍団挙げて
の支援態勢をつくる。
幹事長であれば「公平」が頭をかすめるが、無役
であれば「手兵」のみに集中することも許される。
結果はどうか、仮に総数では負けても小沢軍団は
確実に増える。

これも推測だが、小沢Gの衆議院議員は新人が多
く、自分の選挙にも増して参議院選を戦う。それ
はそのまま次の自分の衆議議院選への布石であり、
無駄ではないからだ。資金は・・・・から出るだ
ろうし、現役だから食うには困らない。

小林喜代美議員も道連れになったが、これも定石
の範疇でしかない。経緯を見ていると、連座は免
れず、そこまで引きずって辞職させられるよりも、
ここで自ら引く道をつけてやることで、彼女自信
も次につながる。


(4日のメールより)

今朝(4日)早くに平野さんから「2日間のご無
沙汰でした」と電話が入り、先にお送りした私の
「推測記述」は、ほぼ間違いないことが確かめら
れ「平野の見解としても良い」とのことでした。
その後の展開とともに、もう一度読み返して頂け
れば顛末の裏側が見えるのではないでしょうか。

週明けには平野さんの文章で、その背景が詳述さ
れる手筈ですからご期待下さい。

小沢支援グループとしては、9月の代表戦がひと
つの山場ですが、本命は、来秋ではないかと私は
思います。

理由は、大久保無罪、石川微罪で全てが明らかに
なり、(この秋に公開される政治資金報告書で、
昨夏の総選挙にいたる資金問題が、かなり公にな
るとも思うが・・・)小沢氏が躊躇なく「辣腕」
をふるえるのはその頃かなと推測します。

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これらのメールを読んで、唸ってしまった。ははあ、やっぱり頭のいい政治家っていうののは、先々を読んで行動するものだとは知っていても、将棋で言えば、羽生善治のように、30手も40手も50手も先を読んで動くものなのかなあと関心させられた。
ほんと、この側近さんや平野貞夫氏の予測がそのまま無事に遂行されますように。

そして、私は日米共同声明が発表される前に見ていた松田光世氏のツイッターにある情報が頭から消えずにいた。

ライジング・サン(甦る日本)のサイトより引用させて頂く。

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2010年05月11日 posted by kriubist
新聞・TVの報道よりも松田光世氏のつぶやきこそが真の情報である
テーマ:ツイッター情報

すでに各方面でブロガーさんたちやツイッターを利用されている方には共有されている情報ではあるが、「ドラえもん」こと松田光世氏(菅副総理も元政策秘書)のつぶやきこそが真の情報である。

ツイッターごときに利権を潰されてたまるかと考えているマスゴミや評論家などは、ツイッターはガセネタが多く信用するに値しないなどと「半泣き状態」で吠えているようだ。

すでに水面下では米国務省・国防総省レベルではなく、ホワイト・ハウス(オバマ)が普天間問題に真剣に乗り出してきている。 以下、松田光世氏のつぶやきを転載するが、これを見ればおそらく鳩山首相はウルトラCどころか「どこでもドア」を手にしたも同然の決着が着くことはほぼ間違いないだろう。

あれだけ嘘、捏造で騒いできたマスゴミが、今よりも更に国民から見放されることは間違いないだろう。

世の中儲け話やウマい話がその辺に転がっているわけでもなく、マスゴミの報道を信じる者は大衆が簡単に得られる情報(それこそ嘘・詐欺)をそっくりそのまま鵜呑みにして騙されやすい人たちだ。

こういう人たちは株や金融商品などでも騙されて損して、それでも損したことが恥ずかしくて人様に言えない状況の人たちでもあるだろう。

普天間基地の真相(本当の儲け話=真実)を知りたいのならば、あなたもツイッターに来て情報を共有して下さい。 そしてそれを広めて下さい。 一人でも多くの国民が本当のことを知るために。そして知る権利がある。


(転載貼り付け開始)


matsudadoraemon
鳩山首相が「5月末決着」にこだわる重要な理由をマスコミは報じていない。それは、自公政権が続けてきたグアム移転費用肩代わり分の継続問題だ。今年度予算には計上されていないために、昨年11月のオバマ大統領来日前にルース駐日大使が岡田外相に抗議するなど、ひと悶着あった

鳩山首相は、約4600億円とされる今年度分のグアム移転費用肩代わり分は、1兆円の「景気対策予備費」の内数で見込んでいる。米側が5月末までに移転人員増を飲めば、日本側の負担を増額できるようにそういう予算措置をとった。「トラスト・ミー」と。米側にとっても交渉期限延長は不都合を生じる。

日米双方にとって、普天間問題は、5月末に「一定の結論」を出すしかない課題なのだ。にもかかわらず、米側は「辺野古埋め立て案が最善」というもはや誰が考えても実現不可能なポジショントークに終始し、実質協議を先送りにしてきた。これに腹を立てた小沢さんは、連休中に予定していた訪米を中止。

転機になったのは、皮肉にもキャンベルの「loopy」発言だった。ワシントン・ポスト紙の報道を読売などが「誤訳」(キャンベル自身の言い訳による)し、キャンベルが連休前に急きょ来日して、自分の発言の意図は決して鳩山首相を交渉相手と認めない趣旨ではないと弁明して回った。おわび行脚だ。

キャンベルは、ジョセフ・ナイ教授ら日米関係を仕切る外交評議会の重鎮たちから「交渉に入る前から一国の首相を馬鹿にするとは、外交官失格だ。日米関係を壊すつもりか」と叱責されて、ほうほうの体で日本に来て、連休中の4日からの日米実務者協議入りに「無条件で」応じ、鳩山首相は沖縄入りを決断。

このキャンベルのおわび行脚については、「loopy発言」を誤訳した新聞・テレビは、なぜか報じていない。連休中に、NYから福山外務副大臣が、「その通りです」とツイート返ししてきたのは、この「お詫び行脚」と日米実務者協議がスタートした経緯についてだと福山氏が認めたことも報告しておく。

米実務者協議はまだこれから佳境に入るところ。それなのに、マスコミは、その詳細な経過を伝えずに、結論を勝手に予想してその後の政局ばかり論じている。どこまで劣化すれば気が済むのだろう。マスコミの仕事は、予想屋ではないはずだ。


ナパバレーのいいワインをルース大使からごちそうになったが、政治向きの話はなかったと、小沢幹事長が会見で毎日の報道を全面否定。「二元外交はやらない」という小沢原則通りの答え。米側が、交渉の場に小沢さんをつけたい様子は、伝わってくる。


刊文春のジャパンハンドラーズに偏向したオバマ政権、鳩山政権相手にせずという作り話は、月刊誌の悲しさで発売日には完全に陳腐化してしまった。4日から日本側が提案した「現行案を白紙にしたSACO合意改定交渉」を米側も受け入れ、実務者協議が始まったからだ。すでに辺野古埋め立て案は消滅。


「ゼロベースでの協議」という鳩山提案に米側が乗った以上、日米双方で努力をして出口を探すのは、当然のこと。「おわび行脚」をしたことで、交渉当事者としてキャンベルは首の皮一枚つながったが、米側の意思決定の中枢は、ハンドラーズの本拠地である国務省・ペンタゴンからホワイトハウスに移った。

日米協議開始を後押しした日米関係重視の外交評議会の重鎮たちは、共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリン女史らが「オバマ政権は歴史上最も日米関係を悪化させた」と批判していることを踏まえ、ジャパンハンドラーズの偏った情報に頼らず、大統領自ら情報収集して問題解決に乗り出すよう進言した。


日本ではあまり伝えられていない重要な情報が、グアム・テニアン訪問を終えて帰国した民主党の川内博史議員らの記者会見で飛び出した。テニアンを含む北マリアナ州のフェテル知事が「ホワイトハウスから呼ばれて」5月16日にワシントンを訪問すると川内氏らに語ったと。オバマ大統領が動き出した。


オバマ大統領は、月刊文春チームの脆弱な取材とは全く逆の動きをとりはじめた。鳩山政権と真剣に向き合い、米国内への基地移転費用を可能な限り日本側に負担させ、必要な緊急派遣部隊は日本に残すことで、問題を解決するリーダーシップを示すことが、中間選挙にも有利に働くという計算が働いている。


週刊ポストが、ようやく鳩山政権の「訪沖土下座芝居」の裏側にある本当の腹案を伝えた。内容は、小生が昨年暮れと今年3月に週刊朝日で報じてきた九州の自衛隊基地を再編・日米共同使用化して緊急派遣部隊を「県外移転」するというもの。これは日米実務者協議前に作成されたポジションペーパーだ。


「総理試案」はポジションペーパーで、米側の要望も入れて、最終的に出来上がった成案を「これが腹案でした」と政府案として決定するというのが、「5月末決着シナリオ」。昨日の関係閣僚会議でも大筋その方針が確認され、閣僚の発言が揃ってきた。マスコミはこれから「外交」の本当の姿を見ることに。


日本のすべての自衛隊基地・訓練場を候補地として開放するから、好きなところを選べ、という大胆な方針を12日からの日米実務者協議ワシントンラウンドで提起することが決まったと報じながら、政府の最終案は辺野古と書いている朝日は、それがどれだけ支離滅裂なのか、わかっているのだろうか?


(追記)

普天間や嘉手納だけでなく、横田の返還の話もあります。すべてを交渉のテーブルに乗せる「日米安全保障条約の深化」に関する協議は、5月末にまとまるはずもなく、11月のオバマ来日までに詰めることになります。裁判管轄権密約が発覚した地位協定見直しも。


(転載おわり)

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この記事の内容はどうなったんだろう、そう思いながら自分なりに調べていった。
そして、やっと見つけた。上記の内容を裏付ける記事。

海兵隊のグアム移転費可決=政府原案410億円計上-米下院

重要な話なので上記の内容も以下に転載しておく。

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【ワシントン時事】米下院本会議は28日、国防予算の大枠を決める2011会計年度(10年10月~11年9月)国防権限法案を可決した。在沖縄海兵隊8000人のグアム移転経費を政府原案通り盛り込んだ。
 議会事務局によると、法案はオバマ政権が要求した海兵隊グアム移転費約4億5200万ドル(約410億円)を計上した。移転に伴うグアムのインフラ整備費を上積みできる。(2010/05/29-12:15)

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上記の内容を最初に知ったのは、誠天調書より 5/28の日米合意があってこその5/29の米下院の沖縄在日米軍グアム移転承認 鳩山民主連立政権は 成果をアメリカから もぎ取った。そして社民党の皆様 これからこそ宜しくお願いしますね。というページである。ツイッターで拾った。情報を下さった方ありがとう。

沖縄米軍を確実に縮小していく案が、日米合意の裏側で始まっていたということになる。
マスコミはこんなことを一つたりとも報道しないで、小鳩政権を倒すことにだけ躍起になったことがこれで丸分かりである。
辺野古案を盛り込むことになったのは、これは間違いなく米側の強い脅しによるものであろう。グアムに在日米軍を持っていく話がある一方で、辺野古にこだわる輩がいたのは、小鳩政権を結果的に窮地に陥れたいジャパンハンドラーズの意向であり、それがそのまま官僚を動かし日本のメディアを動かしたということであろう。
それを条件にグアムへの沖縄米軍の一部グアム移動について話を進めることを承諾したということであろう・・・・・・。
もしこの条件を守らなかったら日本に対してアメリカはそれこそ何でもしたのかも知れない。
アメリカは既にお金がない。アメリカの資本は金融業界を皮切りに壊滅的な打撃を受けている。そこでグアム移転に関する費用については日本にお金を出させることを考えた。総理は、お金はいくらでもあるからその代わりより多くの米軍を移動させて下さいと交渉した。そしてそれはアメリカ側も承諾したのである。
松田光世氏は、5月初旬の時点で、辺野古案は消えていると言っていた。しかし、日米のオバマ主導による駆け引きだけでは終わらず、最後の最後で無理やり日米共同声明に辺野古案の捻じ込みをかけてきたのが、ペンタゴンのジャパンハンドラーズだったということのようだ。
と私には解釈できたのだが、どうだろうか。

でも辺野古に基地を作るというのは、沖縄知事がYESと言わない限り無理な話で、総理とアメリカだけの合意では簡単には現実化できない問題であることも間違いない。
ここまで沖縄県民の感情をメディアに晒させたのは小鳩の逆作戦であると考える。

これらが事実だということなら、まだまだ希望が持てる。
国民よ、全てのチャクラを開き、心を開放して、事実に目を向けよ。命がけで国民の前に立って、権力闘争に振り回されずに、既得権益に呑まれずに心で動こうともがいている政治家を支えよ。支える力が強ければ強いほど、政治家の力は本領発揮できる。総理一人で闘っている問題ではなく、正に国民全体の問題なのだから。対岸の火事のごとく政治を見ている人に政治家を批判する権利はない。

これから起こる大きな波を、国民はしっかりとキャッチせよ。

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2010年6月 2日 (水)

自然の力を使う事は依存ではない

私達はこの地球上に近年憚らずに居座ってきた物質文明に依存し、結果的にとても不自然な社会を形成し、不自然な環境に生きている。その状況は今最も過酷である。

しかし私達の魂は、潜在意識では、物凄く自然に戻りたい、自然のままになりたい、あるがままに生きたいという意識を常に持っている。

私達はこの物質文明の中で、常にコントロールされてきたし、また無理矢理にこの社会の”常識”に自分を当てはめようとして、自らを抑圧してきた。

最近はパワーストーンや、癒しを施す為のあらゆるヒーリングテクニック、波動を使った代替療法(フラワーエッセンスやホメオパシーなど)が水面下でじわじわと流行りだしてきた。

それは、抑圧してきた自分を解放したい、本当の自分を取り戻したい、つまり自然に回帰したいという自己の強い表れによるものだと思う。

本来人間は、地球の自然なままの環境の中に自然に順応して、自然に密着した”人間らしい”生活をしてきたのだ。

しかし、いつしか時の権力者によって、自然を崇拝して自然の中で暮らす神々しい文化は古臭いものとして片付けられ、欧米から資本主義などの新しい思想がやってきて、それを基に、欲を満たすことが最優先である物質文明が急速に謳われ始めたのである。

どんどん不自然になっていくなかで、人はその不自然さに振り回され、本来の自分を見失ってしまったのである。

パワーストーンやら、自然療法などを使う行為は依存もしくは他力本願なのでは、と私も考えたことはあった。
しかし、不自然な環境に長らく暮してきた私達世代は、どんなに頑張ってもその不自然さに汚染されてしまっている。その結果、人間の霊的能力は失われ、本来の人間だったら見えていたはずの自然のエネルギーを見ることができなくなり、結果、自然のエネルギー(プラーナなど)を取り込む為の主要なチャクラ(脊髄と頭部に7箇所ある氣の出入り口)が通常よりも小さくなっていたり、氣の取り込み方を歪めてしまっていたり、酷い人では完全に塞がってしまっているのである。
そういう身体を調整し、バランスを取る為には、自然に戻る行為をしなくてはならない。
でもそう簡単に今すぐ住まいや環境を変えることはできない。
家族と喧嘩して勘当されてまで山ごもりするというのも疑問である。
そこでパワーストーンを身に付けたり、靈氣などの自然療法を勉強することは、寧ろ必要な行為であると感じるようになった。

現在よくあるような、現世利益を追求したような新興宗教や霊感商法や占いとは全く違う。
自分の叶えたい事が私利私欲に絡んだものであったならば、パワーストーンや自然療法はそれを叶える為には存在していないからである。

私の場合、パワーストーンは自分のチャクラバランスを整え、オーラを強化する目的も含めて着けている。
自分自身は肉体だけの存在ではなく霊体の存在でもある。ならば霊体も調整する必要がある。その霊体がバランス良く調整された時、初めて自分は本来の自分に戻れるのである。

本来の自分に戻ってできること。
それは、あるがままに生きるということである。
その結果、自分のしたいことが周りのしがらみに囚われずにできるようになり、魂の成長を促してくれるのである。

そう、自然の力を利用するということは、自分の魂を成長させるのが目的である。

従って、決して現世利益が目的ではないのである。

だから、自然の力を利用するということは、魂の成長に必要な試練も当然やってくるということになる。

しかし、その試練も、本来の自分のままに行動できれば、自然に解決できるのである。

自然の力は宇宙の創造主からの贈り物である。

また、私達は一人で生きているのではない。

現実世界では家族に、そして見えない世界では、宇宙の創造主はもちろん、先祖や守護霊にも守ってもらって生かされているのである。

一人だけで生きていると考えていたらそれはエゴである。

依存ではなく、自然と調和するのである。その為に自然の力を感謝して使わせて頂くのである。

寧ろ今まで当然のように不自然に作られた物質に依存してきたではないか。

欲望を満たす為に、自然から離れて、人間が人間にとってのみ都合のよい合理性、効率性を求めた物質を作ってそれを使ってきたこと。依存とはこの物質文明のことを指すのだ。

その依存の結果、人間は自ら自分の首を絞めにかかっている。それが今のこの時代である。

自分が自然のままに振舞えるように、それが自立への階段となるように、自然の力を大いに使おうと思う。

ブランドでもない、誰のものでもない、宇宙の創造主が私達に平等に分け与えた贈り物、それが自然の力である。

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