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2010年5月21日 (金)

お葬式

この度、無事祖母のお葬式が終了した。

祖母は沢山の親類に囲まれて、沢山の綺麗な花を手向けられ、本当に幸せに旅立って行った。

あれから祖母の当時の容態について詳しく聞いたところ、亡くなる時は全く苦しまなかったという。

腎臓に大きな石を作り、それが転んだか何かの拍子で腎臓の厚い壁(内臓の中でも最も厚い壁なのだという)を突き破った際、そこから尿などの毒素が出てきてしまい、身体中を駆け巡って毒が回り、既に腎臓の中にできていた癌まで飛び散って転移してしまっていたという。しかし検査では、それらが上手い具合に膿みで隠れて全く癌は発見されないでいた。

そんな最悪な身体の状態だったにも関わらず、ちょっと腎臓の辺りがおかしいなと思っただけで、本人は全く痛みを感じず、ぎりぎりまでピンピンしていたのだという。

尚の事、寿命だったのだろうなあと感じずにはいられなかった。

私の父には、祖母に癌が見つかり余命1ヶ月の宣告を受けてから、癌はもう治せる病気であると、シモンチーニ医師のことや船瀬俊介氏のことをメールで知らせたのだが、癌がもし治ったとしても、腎臓にできた大きな石を取り去る手術が年齢の関係でできないことに変わりはなかった。父は、私が教えた内容についてはやはり驚いたらしく、本当にこれが事実なのだとしたら大変な話だと私に言った。
そういう新しく聞く話についてゆっくり考察している時間もないままに祖母は亡くなってしまった。

享年87歳だった。

最後、余命1ヶ月と宣告されてから2週間するかしないかであっという間に逝ってしまったけれど、それも迷惑をかけたくない、早く心配してくれている親戚達を解放してあげたいという祖母の優しさからくるものではなかったか。

腎臓を病気にしてしまう人というのは、殆どの場合において、対人関係でとてもストレスを溜めてしまう人である。つまり、人一倍、他人に氣を遣ってしまう人なのである。

腎臓は人(じん)の臓器である。人に対して意識したり、人の感情の揺れを敏感にキャッチする場所がこの腎臓という臓器なのだろう。

仕事していたって、家庭生活をしていたって、第一にストレスとして挙げるとしたら、殆どの人が”人間関係”と言うだろう。
それだけ腎臓は日常よく使う臓器であり、一番疲れやすい臓器と言うこともできるだろう。

祖母は9人姉妹の長女として生まれ、両親を早くに亡くしてからは、祖母が姉妹の親代わりとなって一生懸命生活を支えてきたのだという。
それを聞いただけでいかに大変な子供時代だったか容易に想像できる。


ところで、訃報を聞いた翌日は、私も子供と二人で駆け付けて、お線香を上げた。
祖母の顔は軽く化粧を施され、安らかに眠っていた。

我が子は、おばあちゃんのこの状態について察しているのだろうか。
周りの親戚に、南無してね、と声をかけられると、私達の真似をして、両手を合わせ、「南無~」と言った。
この姿がまた周りの涙を誘った。

ただし、お通夜当日は、予想通りおとなしくしてはくれなかった(;´д`)トホホ…
大きな斎場で催されたのだが、いつもとは違う場所に来て異常に興奮していた我が子は、大声を出しては私の腕を飛び出してすぐにどっかへ行こうとしたので、後半は殆ど控え室にいるハメになった。
翌日の告別式は、やむなく保育所に預けて参加したが、それで正解だった(;´Д`A ```

お葬式は恙無く、滞りなく、無事に終了した。
祖母はきっと幸せに真っ直ぐに天国へ向かって旅立ち始めただろう。

49日までの間は、中陰(ちゅういん)とか中有(ちゅうう)と呼び、この世とあの世の狭間の世界にいるという意味。この間に遺族はしっかり供養することで、49日目の満中陰に無事あの世に入り、極楽浄土の世界に行けるという。

詳しくは49日の旅について書かれているサイトやwikiの中陰の項目をご参照。


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