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2010年2月 6日 (土)

いい悪いはない

我々人類は、元々は一つの創造主の下でこの地上に降りてきた魂なので、意志は皆同じはず。

という事は、それに善悪をつけることが間違っているということになる。

意志はみな一つ。ただ手段や方法が違うだけ。

それらがみな宇宙の法則に適ったものならば、そこにいい悪いは生まれない。

じゃあ今の地球社会にある善悪をつける考え方ってなんだろう?

分かり易い例をいくつか挙げてみよう。


例えば、万引きって悪いこと。

でも、お店に陳列されている商品は、元を辿れば、自然に存在する材料でできた物。

宇宙の法則では、自然の万物は、みんな一様に差別なく平等に分け与えられるべき物。

それを、所有欲によって、お金という地球社会が産んだツールによって、不平等に分け与えられてしまった。

お金の沢山ある人は、自由に物が買える。ぜいたくもできる。

しかしお金が少ししかない人は、自由に物が買えない。

今の日本のように、大不況下にあると、生活必需品すら満足に手に入らない人達まで出てくる。

結果、万引きをしてしまう人達が出てくる。

もちろん、お金がそこそこある人でも万引きをする人達がいるのは、不安だからである。

いつどこでお金が断たれるのか怖い、貯金もしなくちゃいけないのになど考えて、なるべくお金は残しておきたいという思いがそうさせるのだろう。

でも、本当は、お金がなくたって、畑を耕して、田植えをして、もしくは山に暮らすなどしていけば、生きてはいける。

自然の恵みとは無縁の都会に暮らし、全てがお金で管理され、お金がないと生きて行けないようなシステムに完全に呑み込まれると、いざお金がなくなった時に太刀打ちできなくなってしまう。

もし”悪い”のだとすれば、万引きする人達ではなく、寧ろそういう仕組みそのものなのではないだろうか。

このシステムを放棄し、みんなが同じように自然の中で自然にある恵みに囲まれて暮らせば、生きて行けないかも知れないという不安は払拭され、万引きなんか起きず、泥棒も起きず、こういういい悪いは生まれない。


別に例えを挙げると、非行に走る少年少女はどうだろう。

どうしてわざわざ反社会的な行動をして目立とうなど考えるのだろうか。

それは、本当の自分自身を認めてもらえない寂しさからくる。

親が自分の希望ばかりを押し付けて、子供の思いに耳を傾けないでいると、子供はいつしか悲鳴をあげてしまう。

それまでは例え一生懸命親の言う事を聞いて、親に認められようと頑張っていたとしても、子供に意志が出てきて、それが親の希望と食い違うと、それまで一生懸命親に認められるように努力したのに、どうして親は分かってくれないんだと自暴自棄になり、結果的に非行に走ってしまう。

非行に走って悪いことをして目立って、親に心配をかける事で、自分の気持ちに気付いて欲しいと考える。

でも気付いてもらおうとそうするならまだいい。

最近は、親に隠れて非行をする少年少女が多く、そっちの方が問題だ。

それは親が子供の心に無関心だから起こる。

表面上は普通な善良な行いをしているので、問題ないのだろうと、子供の本心に目がいかないでいると、知らないうちに隠れて悪いことに手を出す。
親に自分の意見を言っても関心を持ってくれない。
だからもう自分の意見を聞いてもらおうとは思わない。
でも親にいい顔していれば怒られない。
親に従っている振りをすれば、隠れて自分の好きな事をしてもいいんだと思うようになる。
好奇心の旺盛な子供は、そこでハメをはずして危ない道に手を出してしまう。

でもそれこそ”悪い”としたら、子供ではなくて親の方である。

世間体や周囲の評価、近所との関係などを氣にするあまり、子供を親の希望を叶えるロボットのように育てようとする。
そこに問題がある。

もし宇宙の法則に適った生き方をしていたら、まずそのようにはならない。

子供は親から生まれてくるが、それはあくまで親の身体を媒介にしてこの世に生を受けるだけであり、親とは全く別の意志を持ってこの世に生まれる。
もちろん、親の意志と子供の意志が同じだったら申し分ないが、特に宇宙の法則とは真逆の地球社会に身を置いてきて、それに慣らされた人間が親だった場合は、どうしても同じにはならないだろう。
後世に地球に降りてくる魂ほど、波動が高いという。
それは、これからの新しい地球の時代に適応する為である。

そう、子供の言っている事にこそ、親は耳を傾けて、子供のやりたいようにさせるのが望ましいのだ。

親は特別偉くもないし凄くもない。
後から生まれた子供の方が神の意志を受け継いでいるので凄いエネルギーを持っているのだ。

子供の方が十分宇宙の法則に適った生き方をする事ができるのだ。

最初から親も宇宙の法則に適った生き方をしていれば、子供と意志が食い違うことはないはずなので、子供の非行が起こることはない。

つまり、しっかり心と心で親子のコミュニケーションを取っていれば、良い子とか悪い子という概念が消えるのである。

地球社会で植えつけられる、良い人・悪い人という概念は、あくまで宇宙の法則(神の意志であり、愛そのもの)に逆らった考え方である。

本来、人間はみな神の子である。

つまり人間はみな愛そのものである。

どんなに形相の悪いオヤジにも、犯罪者にも、ニートにも、その人の中心には”愛”がある。

愛を持っていない人はいない。

愛に逆らったルールの中で生きていくから、愛から離れてしまったような人間が増えるのだ。

でも、自分が実は愛そのものだった事に気付けば、いつでも愛と一体になることができる。

愛と一体になる悦びを知った時、一瞬でその人の罪は消える。

つまり、皆が愛と一体になれば、警察も病院も学校もいらなくなるのだ。

そして、いい悪いという概念が本当はないのだという事を知るのだ。


いい悪いで全てを判断してはいけない。

犯罪をしたから悪い人と断定したら、自分がいざ犯罪をしてしまって悪い人のレッテルを貼られた時、たった一つの犯罪だけでそう言われる事に物凄く違和感を覚えるだろう。
それまで生きてきた人生の全てを否定されたような気分になるだろう。
そして、犯罪をした理由を聞いて欲しいと願うだろう。
そうやって人を絶望の淵に追い詰める行為が、良い事だと言えるだろうか?
いくら地球社会のルールとはいえ、軽い罪なら更正の機会を与えてもらえるが、物凄い罪深い犯罪の場合は、今の日本だったら死刑もありえる。
本当は人が人を裁くことはできない。
同じようにこの地球に降りて魂の修行に来ているだけなのに。
何故死刑と言って殺されなければならないだろうか。
そしてまた、裁く人、処刑する人の魂の質がいかほどのものなのだろうか?
更に、長年に渡って繰り返されてきたであろう冤罪についてはどう説明されるのか?
何の罪もない人間を犯人に仕立て上げ、独房に入れてしまうのは、絶対に許されない。
テレビで報道されている沢山の犯罪が全て本当の犯人を捕まえ、正しい裁判がなされているとは到底言えまい。
そういう過ちが起きるのは警察の怠慢ではないか。
警察の怠慢ほど悪いことはないのではないか??


逆に言えば、いい悪いで判断する人は、相手からもいい悪いで判断されてしまうのだ。

それは、波長が合うから。

いい悪いで判断されたくないのなら、いい悪いで判断するのを止めることだ。

それが宇宙の法則である。

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